公爵家令嬢と婚約者の憂鬱なる往復書簡

西藤島 みや

文字の大きさ
4 / 24

宮殿の回廊にて

しおりを挟む
この皇国の皇帝の城はあまり高い建造物ではないが、広大な敷地をもっており、まるで迷宮のように白い回廊が宮殿から宮殿へと、張り巡らされている。それらの回廊から見えるいくつもの庭には、皇帝の権勢を誇るように滝や湖、遠い国から取り寄せた珍しい木や花、動物が配されていた。

「パルマローザ、来ていたのか」
宮殿の回廊に置かれた謁見待ちのベンチにかけて、書き物をしていたパルマローザに声をかけてきたものがある。
「……拝謁いたします、おにいさま」
パルマローザはたちあがって軽く膝をまげた。

この国の皇太子、ラウレスだ。公爵令嬢であるパルマローザと、皇子たちは幼いときからの付き合いで、とくにラウレスはパルマローザを気に入っており、兄と呼ばせるほどなのだ。
「グリード様から、母にと体に良い珍しいお茶を頂きましたので、お礼を申し述べに参りました」
それを聞くと、皇太子は他人がみても分からぬほど僅かにだけ表情をくもらせ、パルマローザと並んでベンチへ座った。

「弟が、お母上にとはいえ君の家に贈り物とは、随分珍しいこともあるな」
それを聞いたパルマローザは、ふふ、と少し笑った。
「子供の頃はよく公爵邸でふざけまわって、母に叱られたりしておりましたからね、グリード様にも幼いころの思い入れのようなものが、母にはあるのでしょう」
手にしていたペンで、白紙の便箋をひっかく。何をかくべきか、困っているようだ。
「『なにが運命の乙女だ浮気野郎』とでも書いてやればいい」
ええ?とパルマローザはラウレス皇太子をみあげた。悪戯っぽくわらったラウレスは、いまだ白い便箋を指差す。

「それをここで書いている、ということは、グリードのやつ、君に会わずに追い返そうとしたんだろう?」
皇太子は首をふった。
「愛というのは植物と同じ。種をうえ、水をやって世話をして、はじめて花も実もつけるというのに」
あら、とパルマローザはほほに手をあてた。
「おにいさまにもそんな方が?この国にもとうとう春がくるのかしら?」
ええ?とラウレスは眉をよせた。
「これでもグリードやジェンキンスと同じくらいには浮き名を流しているつもりだったんだが?」
それをきいたパルマローザは、声をあげて笑った。

「嫌ですわおにいさま、おにいさまがとても真面目な方なのは、この国の民なら皆知っておりましてよ?それに、あの二人があまりに浮わつきすぎなのですもの、真似など必要ありませんわ」
ちょっと苦々しげに笑ったパルマローザに、そうか、とラウレスはその白金の髪をかきあげた。
「なんにせよ弟には君にはもう少し礼を尽くして接するよう伝えておく。グリードには勿体ないくらいの女性だとね」

美しさでは弟には敵わずとも、優しい表情が皇后譲りだといわれるラウレス皇太子は、まるで本物の妹をみるような暖かい眼差しでパルマローザに微笑みかけた。思わず頬を染めたパルマローザは、恥ずかしそうに、口のなかでもごもごと
「ありがとう、ございます」
と礼をのべた。




しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

婚約者の幼馴染って、つまりは赤の他人でしょう?そんなにその人が大切なら、自分のお金で養えよ。貴方との婚約、破棄してあげるから、他

猿喰 森繁
恋愛
完結した短編まとめました。 大体1万文字以内なので、空いた時間に気楽に読んでもらえると嬉しいです。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

皇后マルティナの復讐が幕を開ける時[完]

風龍佳乃
恋愛
マルティナには初恋の人がいたが 王命により皇太子の元に嫁ぎ 無能と言われた夫を支えていた ある日突然 皇帝になった夫が自分の元婚約者令嬢を 第2夫人迎えたのだった マルティナは初恋の人である 第2皇子であった彼を新皇帝にするべく 動き出したのだった マルティナは時間をかけながら じっくりと王家を牛耳り 自分を蔑ろにした夫に三行半を突き付け 理想の人生を作り上げていく

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さくら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

婚約破棄を伝えられて居るのは帝国の皇女様ですが…国は大丈夫でしょうか【完結】

恋愛
卒業式の最中、王子が隣国皇帝陛下の娘で有る皇女に婚約破棄を突き付けると言う、前代未聞の所業が行われ阿鼻叫喚の事態に陥り、卒業式どころでは無くなる事から物語は始まる。 果たして王子の国は無事に国を維持できるのか?

【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

えっ私人間だったんです?

ハートリオ
恋愛
生まれた時から王女アルデアの【魔力】として生き、16年。 魔力持ちとして帝国から呼ばれたアルデアと共に帝国を訪れ、気が進まないまま歓迎パーティーへ付いて行く【魔力】。 頭からスッポリと灰色ベールを被っている【魔力】は皇太子ファルコに疑惑の目を向けられて…

処理中です...