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夏
初夏の薔薇の庭で
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本格的な夏が近づくころ、王宮殿の庭ではピクニックが三日間にわたって行われる。大がかりな芝居の装置や子供向けの遊具なども出され、招待客たちは夏のはじめの爽やかな日を楽しむのだ。
その、初日。朝から出かける準備に忙しいエリアス公爵邸の車寄せに、黒塗りの大型馬車が停まった。
「パルマローザ、お前に迎えがきているぞ」
父公爵に呼び止められ、幼い従妹の靴ひもを結んでやっていたパルマローザは立ち上がった。
「迎えが?どこから?」
ふむ、と公爵は口元を隠す仕草をした。
「それが、グリード殿下じきじきにお越しだ」
苦虫を噛み潰したような表情は、可愛い娘をぞんざいに扱う婚約者をあまりよく思っていない証拠なのだが、パルマローザはそんな父の腕をそっと触って
「大丈夫ですわ、わたくし、上手くやります」
と微笑んでみせる。
「なにも、あんな男でなくとも」
と、公爵は言うが彼女は首をふり、
「あの方にも良いところはありますのよ、お父様」
と手を振って立ち去った。
「……あるのか?あの馬鹿皇子に?」
頼み込んで1ヶ月結婚式を遅らせたが、出来たのはそこまで。公爵は娘が去ったほうを、見続けていた。
◇◇◇◇◇◇◇
グリードは馬車でも宮殿でも、むすっとした表情で無言のままパルマローザをエスコートしていた。
かといって宮殿についても、側を離れることもなくずっと後ろをついてくる。
「どうかしましたの?」
何故ついてくるのか、と暗に揶揄したのだがグリードはそれを、話してもよいと促されたと思ったようだ。
「来てくれ」
手を引かれ、ピクニックの会場から少し外れたバラ園の中へとひきこまれた。
「グリード様?」
なかなかのスピードで歩いてゆくため、徐々にパルマローザは息切れをしてきた。
「あの、グリード様、ちょっと、まって」
とうとう足が縺れたあたりでグリードは立ち止まり、振り返った。
美しく波打つ金の髪が、額に張り付いている。やはり彼も汗をかいているらしい。
「パルマローザ、あの手紙のことだけれど」
手紙?と彼女は胸を上下させながら口元にハンカチをあてた。まだ初夏とはいえ、夏にこんな運動をする習慣のない令嬢であるパルマローザは、すぐに頭が回らなかった。
「このあいだ、手紙を貰ったろう」
ああ、とパルマローザは思い出した。
「え、ジェリークッキーはお口に合いませんでしたの?……お兄様にも差し上げてしまいましたが、もしや何か不都合が?」
え?とグリードは動きをとめた。
「クッキーの話ではなかったんだが……あの手作りクッキーを、兄上に?」
ええ、とパルマローザはうなづいた。グリードの表情に圧倒されて、あわてふためく。
「あの、ちゃんと毒味の方を通しましたのよ?本当はグリード様とわたくしのぶんだったのですが、お会いできなかったので、帰り際お兄様にお会いして……それで……」
徐々に声が小さくなる。
「美味しくなかったんですの?」
ぽつり、と尋ねられてグリードは首をふった。
「いや、うまかったよ、さくさくほろほろで、ジェリーも上手にねっとりしていた。だけど、君の手作りを……」
言いかけて、なんの話だったかな?と頭をかいた。
ざわざわと、薔薇の茂みが風でそよぐ。ふとグリードは、膝に手をやって立つパルマローザに気がついた。
「向こうに泉がある。座ろう」
と、今度は優しく手をひいたのだった。
その、初日。朝から出かける準備に忙しいエリアス公爵邸の車寄せに、黒塗りの大型馬車が停まった。
「パルマローザ、お前に迎えがきているぞ」
父公爵に呼び止められ、幼い従妹の靴ひもを結んでやっていたパルマローザは立ち上がった。
「迎えが?どこから?」
ふむ、と公爵は口元を隠す仕草をした。
「それが、グリード殿下じきじきにお越しだ」
苦虫を噛み潰したような表情は、可愛い娘をぞんざいに扱う婚約者をあまりよく思っていない証拠なのだが、パルマローザはそんな父の腕をそっと触って
「大丈夫ですわ、わたくし、上手くやります」
と微笑んでみせる。
「なにも、あんな男でなくとも」
と、公爵は言うが彼女は首をふり、
「あの方にも良いところはありますのよ、お父様」
と手を振って立ち去った。
「……あるのか?あの馬鹿皇子に?」
頼み込んで1ヶ月結婚式を遅らせたが、出来たのはそこまで。公爵は娘が去ったほうを、見続けていた。
◇◇◇◇◇◇◇
グリードは馬車でも宮殿でも、むすっとした表情で無言のままパルマローザをエスコートしていた。
かといって宮殿についても、側を離れることもなくずっと後ろをついてくる。
「どうかしましたの?」
何故ついてくるのか、と暗に揶揄したのだがグリードはそれを、話してもよいと促されたと思ったようだ。
「来てくれ」
手を引かれ、ピクニックの会場から少し外れたバラ園の中へとひきこまれた。
「グリード様?」
なかなかのスピードで歩いてゆくため、徐々にパルマローザは息切れをしてきた。
「あの、グリード様、ちょっと、まって」
とうとう足が縺れたあたりでグリードは立ち止まり、振り返った。
美しく波打つ金の髪が、額に張り付いている。やはり彼も汗をかいているらしい。
「パルマローザ、あの手紙のことだけれど」
手紙?と彼女は胸を上下させながら口元にハンカチをあてた。まだ初夏とはいえ、夏にこんな運動をする習慣のない令嬢であるパルマローザは、すぐに頭が回らなかった。
「このあいだ、手紙を貰ったろう」
ああ、とパルマローザは思い出した。
「え、ジェリークッキーはお口に合いませんでしたの?……お兄様にも差し上げてしまいましたが、もしや何か不都合が?」
え?とグリードは動きをとめた。
「クッキーの話ではなかったんだが……あの手作りクッキーを、兄上に?」
ええ、とパルマローザはうなづいた。グリードの表情に圧倒されて、あわてふためく。
「あの、ちゃんと毒味の方を通しましたのよ?本当はグリード様とわたくしのぶんだったのですが、お会いできなかったので、帰り際お兄様にお会いして……それで……」
徐々に声が小さくなる。
「美味しくなかったんですの?」
ぽつり、と尋ねられてグリードは首をふった。
「いや、うまかったよ、さくさくほろほろで、ジェリーも上手にねっとりしていた。だけど、君の手作りを……」
言いかけて、なんの話だったかな?と頭をかいた。
ざわざわと、薔薇の茂みが風でそよぐ。ふとグリードは、膝に手をやって立つパルマローザに気がついた。
「向こうに泉がある。座ろう」
と、今度は優しく手をひいたのだった。
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