太陽を追いかける月のように

あらんすみし

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俺の朝は早い。
毎朝6時には起床して、家事全般と川口青年のために朝食を作らなければならないからだ。
ひととおりの家事をこなしたら、最近始めた近所の倉庫でのアルバイトに行かなければならない。
2人とも無職で収入が無くなった俺たちにとっては、貴重な収入源だ。
帰宅したら、朝には出来なかった家事や夕飯の支度をし、そんなこんなで気がつけば夜も更けている。

そして今朝もまた、俺のスマホのアラームが鳴り響き、新しい1日が始まった。
はずだった。
しかし、その日の朝、目が覚めた俺は何故か指一本動かす事が出来なかった。
止まらないアラーム。しかし動かない体。動かせるのは目だけ。俺は起きているのか?それともこれはまだ夢の続きなのか?金縛りにでもあっているのか?
そうこうしているうちに、川口青年が俺の部屋のドアをノックする。
「福山さん、起きてください。遅刻しますよ」
俺は、彼の問いかけに返事ができない。助けを求めたいのに、声すら出せない。
「開けますよ」
ソッとドアが開いて川口青年が部屋の中を覗く。川口青年と目が合った。俺は必死に目で彼に救いを求めた。
「どうしたんですか、福山さん!?」
川口青年が俺を抱きかかえるも、依然として俺の体は動いてはくれない。
「動けない」
蚊の鳴くような小声でそう言うのが精一杯だった。
「待ってて下さい!すぐ救急車を呼びますから!」
俺は動けないまま、病院に搬送されることになった。

「血液検査もレントゲンもCTも、全く異常はありませんね」
医師は検査結果を見つめながら唸った。
病院に搬送されてから、午後には動けるようにはなった。あの倦怠感も、今では嘘のようだ。
「でも先生、確かに指一本動かす事が出来なかったんです」
「精神的なもの、かもしれませんね。一度、心療内科を受診してみたらいいですよ」
心療内科・・・俺の頭には、その言葉が黒いシミのように広がっていくように、心を陰鬱なものに変えていく。
そして、受診した結果くだされたのは、鬱病という結果だった。
川口青年に続き、俺までメンタルをやられてしまったことに、俺たちは現実の厳しさに打ちのめされる想いだった。
「どうしましょうか?」
川口青年が不安な胸の内を呟く。俺も、内心これからどうするか、どうなるのか不安で堪らなかった。
川口青年を支えていく。そう誓った矢先に、それがこんな結果になるとは。
こんなことで、俺はこれから先、川口青年を支えていくことが出来るのだろうか?
そんなことを考えて運転していたら、つい対向車線にはみ出してしまい、危うく対向車と正面衝突するところだった。
「少し休みましょう、疲れているんですよ」
俺は、同じ鬱病で苦しんでいるはずの川口青年に励まされた。あの日、俺が彼を励まそうとかけた言葉も、彼にはこんなふうに感じられていたのだろうか?
家に帰った俺たちは、これからのことを話し合うことにした。
しかし、考えても考えても、互いにいいアイデアは思い浮かばなかった。
「すいません、俺が癌になった上にメンタルまでやられたせいで、福山さんに余計に負担をかけたせいで、福山さんまでこんなことになってしまって」
「俺が好きでやってたことだ、お前がそんな風に責めなくていい。全ては俺の弱さがいけないんだ」
お互いに自分を責めることしかできない。
「これからどうしますか?」
「とりあえず、バイトは辞めてしばらく休養するよ。こんな体調じゃ、仕事に行っても迷惑かけるだけだろうしな」
それからも川口青年は、ひたすら「すいません、すいません」と涙ながらに自分を責めて謝罪した。
俺も、彼を追い込んでしまったように感じて、心の中で何度も彼に力になれなかったことを謝罪した。 
明日からいったいどうなるのだろうか?そんな答えの出ない禅問答が、俺の頭の中をずっと巡っていた。



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