太陽を追いかける月のように

あらんすみし

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俺が君の支えになる

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川口青年が実の母親から拒絶されてから、朝食を作るのが俺の新しい日課になった。
それと言うのも、あの日から彼がすっかり変わってしまったからだ。
ずっと部屋に引きこもる事が多くなり、ご飯もろくに食べず、みるみるやつれていくのが目に見えて分かった。
放っておいたら、何も食べずにそのまま餓死してしまいそうだった。
だから俺が食事を作り、彼の部屋の前に置いておく必要があった。
作ったご飯はいちおう食べてくれるのが、唯一の救いだった。
そんな日々が続いたある深夜の出来事だった。
突然、彼の部屋から大きな物音がして俺は目を覚ました。
「どうした?何かあったのか?」
俺が呼びかけても、彼の部屋からは何も応答が無かった。
「開けるよ」
俺はそっとドアを開けて部屋の中を覗き込む。
すると、そこには手首から血を流して倒れている川口青年の姿があった。
「なっ・・・どうした!大丈夫か!?」
俺が倒れている川口青年を抱き抱えると、彼の顔は真っ青だった。まだ息はある。
俺は急いで119番に電話をして、救急車を呼んだ。
救急車の中で、俺はひたすらに祈ることしかできない自分がもどかしかった。
自分では彼を支えているつもりだったが、全く支えられていなかったことを痛感させられた。
幸いなことに、川口青年の命に別状は無かった。傷も浅く、医者は明日にでも退院していいと言ってくれた。
ベッドの上で寝息を立てる川口青年を見つめながら、俺は改めて彼を全力で支えることを誓った。
それから1時間ほど経過しただろうか?川口青年が目を覚ました。
「気づいたか?」
「ここは?」
眠りから覚めたばかりの川口青年は、まだ自分の状態が把握しきれていないようで、うつろな目をしながら目だけを動かして辺りを見ていた。
「病院だよ。あまりビックリさせるなよ」
俺は、務めて明るく声をかけた。
「そうですか、失敗しちゃいましたか」
川口青年の言葉には、力も感情もこもっていなかった。
「何でこんなことしたんだ?」
俺の問いかけに、川口青年はしばらく沈黙していた。そして、少ししてその瞳から涙が一筋流れ落ちた。
「だって、俺は誰にも必要とされていないから」
川口青年の瞳からは、絶え間なく涙が溢れて、枕を濡らす。
「何を言っているんだ!ちゃんとお前を必要としている人がいるじゃないか!秋山さんも、俺も、お前のことが好きで必要なんだ!」
俺の苛立ちのこもった言葉に、川口青年は向こうを向いてしまった。少し、強く言いすぎたのだろうか?しかし・・・。
「ごめん、少し強く言いすぎた」
激動の夜は、静寂を取り戻して、やがて朝を迎えた。

「鬱病、ですね」
それからもリストカットを繰り返す川口青年にくだされたのは、鬱病という病だった。
あれからもより一層塞ぎ込む川口青年のことが心配で、俺が半ば無理矢理に病院で診てもらったのだ。

「福山さん、俺は気が狂ったんですか?」
無精髭をたくわえ、すっかり正気を失った川口青年がポツリとつぶやく。
「そんな事ない。ちょっと疲れただけだ。ちゃんと治療すれば、また元気になる」
俺の励ましが彼に届いているのか、隣で見ていても判然としなかった。
「大丈夫だ。俺がついているから。俺は、何があってもお前の味方だから」
川口青年からは特に反応は無かった。
これからどうするか。できるだけ側に付いていてやりたい。俺は迷った末、ある決意をした。

翌日、俺は会社を辞めた。
俺を引き留める者も多かったが、今は何より川口青年のことが最優先だった。
不安もあったが、なぁに、仕事なんてまた探せばいいんだ。
「ただいま」
俺は、川口青年にはしばらく在宅勤務にすることにした、と嘘をついた。
そうしなければ、余計に彼に精神的負担を強いてしまうと思ったからだ。
この日から、俺たちの関係はより強いものになっていった。
いつ何時も離れず、俺は懸命に川口青年の世話をした。
食事を作り、掃除をし、洗濯をし、風呂にも一緒に入って彼の体を洗ってやったりもした。並行して癌の治療のために、病院にも一緒に通院した。
昼間はできるだけ会話をするように心がけた。
その甲斐があったのか、彼がそれ以降リストカットをすることは無かった。
そして、常に俺がいるという安心感もあったのか、表情も取り戻していき、体重も見た目も以前の状態に戻りつつあった。
俺は、もっと彼に良くなってもらって、以前のような元気を取り戻してほしい、そのためにももっと頑張らなくてはならない、と思うようになった。
俺は、隣でテレビを観ながら笑っている川口青年を見ながら、強くそう思った。
それこそが、今の俺の全てであり、生きる希望であり、喜びとなっていた。

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