不忘探偵2 〜死神〜

あらんすみし

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長田貴司について

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はじめまして。長田の元妻の佐倉美咲と申します。
はじめに約束していただけませんか?
もう、長田のことで私たち親子を訪ねて来ないでいただきたいのです。
子供も年頃になり、あの人のことを忘れかけてきたので、また昔のことを蒸し返されると娘のためにも困るんです。
なぜって?それは、まだ幼い娘にあの男は平気で手をあげることがあったからです。
そのせいか、娘は誰かが手を挙げただけでも当時の記憶が蘇って、動悸や息切れが激しくなって苦しんでいるのです。
私も、何度も手を出されました。
結婚前はとても温厚で優しかったんですけどね、次第に会社で責任のある立場になっていくと、仕事でのストレスが溜まっていたのか家で私達に当たることが増えてきました。
今でも鮮明に思い出します。あの人の暴力に怯えていた日々を。
あの人、最初は子煩悩な優しい、理想的な父親であり夫だったんです。
休みの日は、あの人は仕事でどんなに疲れていても、私たち家族のために時間を割いてくれました。
娘を授かった時は本当に喜んでくれて、私もこの人と結婚できて良かった、と思いました。
でも、次第に彼の本性が垣間見えるようになってきました。
初めのうちは娘のために耐えていたのですが、次第に怒りの矛先が娘にも及ぶようになってきて、私は娘を連れて福島のDVから逃れてきた人を匿う教会のシェルターに身を寄せることになりました。
だけど、そこもどうやって嗅ぎつけたのか、あの人は私たちを連れ戻しにやって来ました。
私と娘は、間一髪でそこを逃れ、全国の施設を転々としました。
あの頃は、あの人の執念深さに心の底から震えていました。私達には、ただあの人の存在に怯え、逃げることしかできませんでした。
その後、家を出てから2年後でしょうか、私は信頼のおける弁護士さんのおかげで、長田とは無事に離婚することができました。
長田もさすがにそこで観念したのか、私達に付き纏うことをやめてくれました。
今思い返してみても、あの頃は地獄と例えてもいいくらい辛い思い出の日々でした。
初めからあの人の本性に気づいていたら、きっと結婚もせずに、娘にも辛い想いをさせることもなかったと悔やまれます。
きっと男性にはわからないでしょうね。
力の弱い女性や子供が暴力で支配されて辛い想いをするなんて。
いえ、お二人を責めているわけではないんですけど。
特に理解してほしいとかではなく、ただ想像してほしいのです。暴力に怯える弱い立場の人について。
あの人と離婚して2年ほど経った頃でした。
あの人が死んだと聞かされたのは。
あの人の義母さんから連絡が来たのです。
詳しくは聞かされませんでしたし、こちらとしても特に聞きたいとも思わなかったのですが、ただ病死だと聞かされました。
あとで聞かされた話しでは、急性アルコール中毒だったということで、離婚前に酒量が増えていたこともあって、たいして驚くようなことはありませんでしたけど。
きっと独り身の孤独と、仕事のストレスが重なってお酒に逃げていたのだと思います。
だけど、あの人が家で晩酌を楽しむなんて、孤独は人を変えるものなのかもしれませんね。1人で飲んでもつまらない、と離婚前によく呟いていたのに。
でも、冷たいように思われるかもしれませんが、あの人に辛い想いをさせられていた私からすれば、いい気味だと思うことを禁じ得ませんでした。
あの人、会社でも部下にパワハラをしていたそうですね。
いったい何人の方が彼のパワハラの被害に遭ったのかわかりませんが、元妻としてはあの人の代わりにお詫びしたい気持ちもあります。
きっと、あの人に出会わなければ、私たち親子も、仕事で関わる人達も、人生を狂わされることなどなかったのではないかと思われます。
彼のことを恨んでいた人は多かったのではないでしょうか。
でも、あの人の死因は急性アルコール中毒で間違い無いんですよね?
まぁ、あの人の死んだ理由なんて、今の私たちにはあまり関わりの無いことですけど。
刑事さん達がお尋ねになりたい、田中さんと言う方や、他の8人の写真の皆さんについては、私は何もわかりませんので何も申し上げられません。お役に立てず申し訳ありませんが。
私からお話しできることは、これくらいだと思います。
そろそろ娘が帰って来る時間ですので、お帰りになっていただいてもよろしいでしょうか?
重ね重ね申し訳ありませんが、もうあの人のことで訪ねてくるのはご遠慮ください。
今、私たちはやっと手に入れた平穏な日々を大切にしたいのです。
あの人の影に怯えていた日々など、今更思い出したくもありません。

「長田はかなり気性が荒く攻撃的な人物だったようだな。元奥さんの苦労が身につまされるようだ。」
小川は長田の元妻を見送ったあと、大きく深呼吸をした。
「周囲とのトラブルは多かったようだな。少なくとも好かれるタイプの男では無いようだ。」
「でも、話しを聞いてたら長田もどことなく可哀想に思えてきたよ。」
「どうしてだ?」
「だって、誰にも好かれてないんだぞ。孤独で酒に走るのもわからなくもない。だからといって、長田に同情することは無いけどな。」
小川は小さく鼻を鳴らした。


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