不忘探偵2 〜死神〜

あらんすみし

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大月浩二について

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こんにちは。葉山公正と申します。
え?見たことある気がするって?
きっと、先月から始まった連続ドラマに出演しているからだと思います。
あまり大きな役では無いし、出番もそれほど多くないですけどね。
それでもここまで漕ぎ着けるのに10年かかりました。
思い返せば、僕が俳優としてデビューしたのは高校生の時でした。
競争の激しい世界です。どれほど演技が上手くても、どれほど歌が上手くても、どれほど人を笑わせることができる奴でも、必ずしも世に出られるとは限りません。
僕も今の仕事のオーディションに受かるまで、何百というオーディションを受けては落とされてきました。
バイトもいくつも掛け持ちして、小さな劇団の舞台に立ったり、事務所をいくつも渡り歩いたりして、ようやくチャンスを手に入れることができたのです。
あれは、たしか3つ目に所属していた事務所の時だったと思います。
来る日も来る日もオーディションは不合格で、バイトの掛け持ちで疲れていた時期でした。
このまま役者を続けていて意味があるのだろうか?と、自問自答し続ける日々でした。
事務所と契約してすぐの頃でした。大月先輩と知り合ったのは。
先輩は、事務所のワークショップで講師を務めていました。
まだ若いのに珍しいなぁ、というのが第一印象として覚えています。
だいたい講師と言うと40代とかベテランの役者さんがすることが多いので。
その日、先輩のワークショップに参加した僕は、拙い演技を先輩に褒められて、久しぶりに気分を良くしていました。
誰かに自分の演技を認められるなんて、そうそうあることではないですからね、今でも鮮明に覚えています。
先輩は、とても後輩想いで面倒見のいい人でした。
先輩のことを慕っていた同期の俳優志望の子も多かったですね。
だけど、その一方で先輩のことを良く思っていない人達もいました。
その当時は、何で先輩が嫌われることがあるのか、その時はまだわかりませんでした。
事務所に入所してから半年くらい経った頃でしたでしょうか。
人伝に先輩が同居人から部屋を追い出されたと聞いたのは。
先輩が他の人と同居していたというのは初めて知りました。
あてがあるのかと心配でしたが、きっと先輩なら大丈夫だろうと、その時はあまり気にしていませんでした。
それから1ヶ月が過ぎた頃でしょうか。
先輩が僕に、しばらく部屋に泊めてくれないかと言ってきました。
実は、その前から先輩を部屋に泊めた人達から、先輩に関わるのはやめた方がいい、と小耳に挟んではいました。
居候にしては何もしないとか、何事にもルーズだとか、そんなこんなでそれまで先輩を慕っていた人達も、少しづつ先輩と距離を置くようになっていました。
だけど、そんな噂を聞いても僕には相変わらずいい先輩だったので、長くても1ヶ月だけ、すぐに部屋を見つけて出て行くことを条件に、先輩を部屋に泊めることを許しました。
正直言うと、僕の住んでいる部屋はワンルームのシングル専用の部屋で、契約上、誰かと一緒に住むことは禁止でしたので迷いました。
でも、他ならぬ先輩の頼みを断ることはできませんでした。
しかし、一緒に住んでみて最初のうちこそ部屋やトイレや風呂の掃除をかいがいしくしてくれていた先輩も、1週間もすると何もしなくなりました。
それどころか、決して経済的に余裕がある訳でも無いのに無駄遣いばかりして、一向に部屋を探す素振りもありませんでした。
僕が何度となく突っつくものの、いつもの調子ではぐらかされるばかりでした。
1ヶ月を過ぎても居座り続けた先輩を、僕はたまらず半ば追い出す形で部屋を出て行ってもらいました。
周りの人達が言っていたとおり、僕は先輩の意外な一面に接することになって、僕も先輩とはそれから距離を取るようにしました。
その数ヶ月後、僕はその事務所を退所して別の事務所に移籍したのですが、それから数ヶ月後のことです。
1年ぶりに先輩からメールが届きました。
大腸癌になってバイトもまともに出来ず、治療費を工面するのも難しいから少し支援してもらえないか?と、いうことでした。
よせばいいのに、僕は情にほだされて一回だけ10万円を貸しました。
最初から、どうせ返ってはこないだろうとは思っていましたが、これで完全に縁が切れるなら、それはそれでいいだろうという想いがありました。
今みたいに、カツカツでも役者の仕事だけで生活できる見通しが立ってきたから笑って話せますが、診断書を見せてもらうとか、借用書を書いてもらうとかしておけば良かったと思うことが今でもあります。
先輩が亡くなったと聞いたのは、けっこう最近のことで、亡くなってから1年くらい経ってから風の噂で聞きました。
自殺だと聞いてます。
人によって言うことはまちまちですが、やばいところからお金を借りていたとか、本当に大腸癌だったとか、役者として目が出ないことに疲れたからだとか、いろいろ聞きました。
僕が先輩の死を聞いて思ったのは、あんなに何事にもポジティブな人が自ら死を選ぶなんて信じられない、ということです。
先輩なら、例えどんな状況でもしぶとく生き抜くだろうと思っていたので意外でした。
さて、僕が話せることはこれくらいだと思います。
他に何か?あぁ、そうそう、田中さんという方との面識でしたね。うーん、やっぱりわからないですね。この8人の中で知っている方もいらっしゃらないですし、この方達、本当に先輩と何か関係あるんですか?
でも、こうしてお話ししていたら、いちおう短い間でも良くしてもらったので、今の僕の姿を見て欲しいとも思ったりしますが、不思議ですね、本当に思い出って美化されるもので、今は先輩のいいところばかり思い出します。

小川は葉山からもらったサイン入り色紙を鞄に入れながら呟く。
「周りとの金銭を巡るトラブルはあったものの、特別に悪い噂は聞かないな。」
「それはわからない。実際に表には出さないだけで、非常に強い殺意を持っている場合もある。」
「そうだな、あまり偏ったものの見方をしてはいけないな。」
小川は1人自分に言い聞かせるように頷いた。
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