不忘探偵2 〜死神〜

あらんすみし

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最後の一欠片

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「五木!」
幾重にも重なる人の壁を掻き分けて行くと、正面玄関の真ん中に血塗れの五木が自らの体に爆発物と思われる物を巻いて立っている。小川の叫び声に応じて五木が振り向く。
「あぁ、刑事さん達。こんにちは」
五木は右手にリモコン、左手に携帯電話を握って不敵な笑みを浮かべながら周囲を見渡す。
程なくしてジェラルミンの盾を持った重装備の機動隊が、探偵と小川と五木を取り囲むように包囲した。
「五木!何をしているんだ!?」
小川が一歩踏み出して五木に近寄ろうとしたその時だった。
「おっと、それ以上近づくとこのリモコンを押しますよ。皆んなで天国に行きたくなければ、それ以上近寄らないで下さいね」
五木はこれまでに見せた事ないような、おどけた口ぶりで牽制した。
「無駄な抵抗はやめるんだ。何のためにこんなバカなことをしているんだ!?」
「これを受け取れ」
そう言うと、五木は持っていた携帯電話を床に置いて、探偵と小川の方に向けて軽く蹴った。
床を滑って携帯電話が探偵の足下で止まった。
「それを取って社長と話せ」 
探偵は五木を刺激しないようにそっと屈んで、足下にある携帯電話を拾い上げ、そっと耳にあてた。小川もそっと耳にあてがう。
「もしもし」
探偵が囁くように話しかける。
「刑事さん達、私のプレゼントは気に入ってもらえましたか?」
探偵と小川の耳に、松尾の低い声が響く。
「どういうつもりだ?こんなことをする目的を教えてくれ」
小川は興奮を抑えながら松尾に尋ねた。
「知りたければ2人だけで私の箱根の別荘まで来てください。もし、この約束を破れば、こいつの命は無い」
「助けて下さい・・・」
電話の向こうで、里中洋一の助けを求める震えた声が聞こえる。
「わかった、すぐに行く!だから早まったことはするな」
「絶対ですよ。場所はメールで送った」
それだけ告げると、松尾からの電話は切れた。
「さぁ、早く行ってあげて下さい。今の社長は、あまり気長に待てませんよ」
探偵と小川は、正面玄関の現場を抜け出して、駐車場のパトカーに乗り込んで指定された場所へと急いだ。

箱根までの道中、車中の空気は重たい緊張感で澱んでいた。
「どうしてだ?なぜ、あの2人はこんなことをしているんだ!?」
小川のハンドルを握る手は小刻みに震えていて、感情を辛うじて押さえつけているようだった。
「全ては10年前、松尾と政臣君が出会った瞬間から始まったんだ」
「どういうことだ?それとこの事件の動機と、どんな関係があるんだ?」
小川の問いかけに、探偵は少し間を開けて口を開く。
「全ては、愛なんだよ」
「愛?」
「これは全て俺の推察だ」
探偵は語り始める。

松尾は脱サラして念願のセレクトショップを開業した。
しかし、開業したのはいいが、思い描いていたようにはなかなか上手くいかない。
松尾は経営者として孤独だった。
自分1人ならどうとでもやっていける。しかし、経営するとは様々な責任が伴う。従業員を養わないといけない。取引先との付き合いもある。最低限の売り上げは確保しなければならない。毎日がギリギリの生活。精神的にかなり疲弊していただろう。
しかし、そんな時だった。松尾の前に政臣君が現れたのは。
松尾は、恐らく政臣君に一瞬で心を奪われたのだろう。
それまで気づかなかった自分の本心に気づいたのだと思う。
そう、松尾は政臣君に恋をしたんだ。
政臣君との出会いが、松尾の心にどれだけの影響を与えたのかは計り知れない。
それまで荒んでいた松尾の心に、一筋の光が射し込んだ。
モノクロだった松尾の心に色がついた。
次第に政臣君と親交を深めていき、さまざまなことが良い方向へと動き始めた。
しかし、ふと松尾は気づいた。
自分の報われない想いに。
伝わってほしい。でも、伝ったら全てが終わってしまうだろう。悩み抜いた松尾が出した結論は、永遠にこの想いを自らの胸の奥深くに封印する、ということだった。
決して報われない想いでも、政臣君とすごす日々はかけがえのない時間だった。
しかし、ある時、恐れていたことが起きる。
和田隆夫に秘めていた想いを知られてしまったのだ。
和田隆夫は、そんなことを気にするような人物では無い。
しかし、松尾は和田隆夫の口の軽さを恐れていた。何かの拍子に和田が政臣君に自分の想いを喋ってしまうかもしれない。
そんな事になったら、全てが壊れてしまう。せっかく築き上げた信頼関係も瓦解してしまう。
松尾は思った。この事を知っているのは和田隆夫だけ。ならば、和田隆夫を消してしまえばいい。
もしくは、それと同時に和田隆夫への嫉妬もあったのかもしれない。
誰よりも和田隆夫に懐いている政臣君を見るにつけ、松尾の中の独占欲が大きくなっていたのかもしれない。
和田隆夫さえいなければ、政臣君の信頼は自分だけのもの。
そうした屈折した感情が松尾を狂気に走らせたのかもしれない。
松尾は実行する。和田隆夫を駅のホームから突き落とし、見事に政臣君を自分のものにした。
他の4人は、だいたいの動機はわかるだろう。松尾は政臣君を守るために他の4人を殺した。
必ず政臣君が捜査対象から外れるように、政臣君の行動を把握してアリバイを確保した上で行動した。
6年前、事業の拡大とともに五木が松尾の下に秘書として入って来た。
五木がどのような動機で松尾の犯行の助けをするようになったのかは分からない。なぜ、そこまで忠誠を誓うのかも。
ただ、多忙になった松尾の手足となり、対象を調べたりさせていたのだろう。
松尾は、きっとこれからもずっと、政臣君の傍であらゆることから彼を守ろうと、心に誓ったのだと思う。
しかし、これまでの完璧な計画に狂いの生じることが起きた。
牧野ユミが現れたからだ。
牧野ユミは、どこで勘づいたのか松尾の政臣君への想いを知り、沈黙と引き換えに金品を要求するようになった。
金で口を塞げるなら松尾にとっては何も問題無かった。
だから牧野ユミは九十九に、もう1人の金蔓を脅している理由を「愛」だと言ったんだ。
だが、牧野ユミとの間に何かが起きた。それについては大方の予測がつく。恐らく、牧野ユミの政臣君への裏切りを知ったのだろう。
松尾は怒りを制御出来なかった。そのため、これまでのような計画的な犯行に及ぶことができなかった。怒りのあまり、偶発的に殺害してしまったのだろう。
そして彼は、今、最後の仕上げにかかろうとしている。

「だいたいのことはわかったが、お前はいつから松尾のことを疑っていたんだ?」
「初めて松尾に面会した時、おかしいと思ったんだ。"なぜ、この人は和田隆夫が事故では無く殺された可能性も示唆して話していて、政臣君に動機が無いと強調しているのだろう?"と。あと、最後に関係者を含む8枚の写真を見せただろ?他の人は写真を見せてもたいした反応が無かったのに、松尾だけが、我々の尋ねているのはその中の4人だと言ったんだ。何故、この人は我々の尋ねている人が写真の中の4人だけだと思ったのか?それは、松尾がその4人と面識があったか、少なくとも知っている。それが最初の疑念だった」
「そんなことで・・・」
「さぁ、急ごう。早くしないと松尾は本当に里中を殺しかねない。それだけは止めなければ」
2人を乗せた車は、箱根に向け西へと急いだ。









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