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Confession
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探偵と小川を乗せた車が松尾の別荘の前に滑り込んで停まる。
2人は玄関の前に駆け寄り、小川は銃を取り出して安全装置を解除した。
玄関の扉を蹴破ると、別荘の中は人の気配は無くガランとしていた。
「どこにいるんだ、松尾は?」
すると、上のフロアで銃声が鳴り、それと同時に男の悲鳴が聞こえた。
「上だ!急ごう!」
探偵に続き、小川も階段を駆け上がる。
探偵と小川が上のフロアに立つと、そこには松尾と手足を縛られ、芋虫のようにのたうちまわっている里中の姿があった。
「そこまでだ!銃を下ろせ、松尾!」
小川が松尾に向かって銃をかまえて狙いを定める。
「大丈夫です、まだ傷つけてはいませんから。ちょっと脅かしただけですから」
松尾は、里中に向けて銃を構えたまま、探偵達に体を向けた。
「何がどうなっているんですか!?何で俺がこんな目に遭わないといけないんすか!?誰ですか、この人!?早く助けて下さい!」
里中が探偵と小川に懇願する。
「この男が最後の犠牲者です。本当は事故に見せかけるつもりだったんですけど、あの売女のせいで予定が狂ってしまいました。なので、今日ここで全てを終わらせることにしました」
松尾の銃が火を噴く。弾は里中の目の前の床に着弾し、里中は恐怖のあまりかそのまま気を失って動かなくなってしまう。
「おや?気を失ってしまったみたいですね」
松尾が里中の頭を足で軽く小突きながら笑う。
「松尾!なぜ、こんなことを始めた!」
小川が叫ぶ。
「全ては、愛のため・・・そうなんだろ、松尾?」
探偵が松尾に優しく語りかけると、松尾は里中に向けていた銃を下ろした。
「あなたにはわかるみたいですね。いいでしょう、これまで誰にも話さず胸の奥にしまっていたことをお聞かせしましょう」
私の人生は孤独でした。物心ついた頃には人の顔色を伺っているばかりの内気な子でした。
友だちは少なく、家族も好きになれず、学校も何のために行っているのか意味を見出せずにいました。
大学を卒業して就職しても、何をしても満たされず、何の悦びも無く朽ちていくのを待つだけなのかと絶望していました。
それではダメだと一念発起して、仕事を辞めて店を出してみました。自分に思いつく最後の賭けみたいなものでした。
これで満たされることが無いようなら、死のうと思っていました。
店は、特に苦しいわけでも良いわけでもありませんでした。
そこそこお客さんも付いて、そこそこ売り上げもあって、経営状態は悪くはありませんでした。
だけど、やはり生活が満たされることはありませんでした。
もう、誰かに店を譲って死んでしまうのもいいなぁ、と本気で考えていました。
来る日も来る日も、そんなことばかり考えていました。
だけど、そんな時、私の前に政臣君が現れました。
彼を見た瞬間、私の中で止まっていた何かが動き出すような感じがしました。
生まれてからこのかた、動いたことのない大きな歯車が遂に動いた感覚でした。
私は、すぐに政臣君をバイトとして採用しました。
当初、私は政臣君を意識しすぎて、なかなか打ち解けずにいました。年齢も親子くらい離れていますし、でも、それでもいいかと思いました。彼の近くにいられるなら。
やがて、和田君の仲立ちで私も政臣君と親しくなっていきました。
よく3人で仕事の後に呑みに行ったのは、いい思い出です。
私は、こんな日がいつまでも続いてくれたら、とそれだけを願っていました。
ところがです、ある日の仕事中でした。
和田君がこう言ったのです。
「店長は、政臣のどういうところを好きになったんですか?顔?性格?」
私は絶句しました。
「見てればわかりますって。好き好きオーラが半端無いですよ。あっ、気にしないでください。俺、そういうの気にしないんで」
それを言われた時、私にはいつも爽やかな和田君の笑顔が蛇のように見えました。
これはまずい。たしかに和田君はそんな事を気にする人物ではない。それは信じられる。しかし、彼の口の軽さは信用ならない。
もし、何かの拍子に和田君の口から政臣君に私の想いが伝わってしまうことがあれば、政臣君は私をどう思うだろう?
気持ち悪いと思われるだろうか?
裏切られたと思われるだろうか?
政臣君がバイトを辞めて、もう二度と会えなくなり、また以前の生きているのか死んでいるのか分からない、味気ない日々に戻ってしまうのだろうか?
想いなど伝わらなくていい。
ただ、政臣君の傍にいられればそれでいい。
そう思ったら、もう止まりませんでした。私は、和田君を殺すことにしました。
その日、政臣君と和田君が遊びに行くことは事前に知っていました。
私は、和田君の部屋の前で待ち伏せして、部屋から出てきた和田君を尾行しました。
その時は、まだどうやって殺そうかとかは考えていませんでした。ただ、その日に和田君を殺すことしか決めていませんでした。
駅に着くと、人身事故で京王線が止まっているとアナウンスがありました。
その時、これだ!と思いました。
事故に見せかけて殺そうと決めました。
駅は、京王線の遅延の振替輸送のせいもあってか、かなりの混雑でした。
いつ、どこで、誰が電車に接触してもおかしくない状況でした。
私は、和田君の行き先に回り込んで、すれ違い様に線路に突き落とすことにしました。
私の向かい側から、何も知らない和田君が歩いてきます。
電車が入線して来ます。
目深に帽子を被った私は、タイミングを見計らって和田君に近づきます。
その時でした。なんと、和田君がすれ違う時に私に気づきました。その時の、和田君の人懐っこい、驚いた顔は今でも私の脳裏にこびりついています。
反射的に私は和田君を突き落としていました。その時の感覚は覚えていません。
ホームは大混乱です。
私は逃げるようにその場を立ち去りました。
こうして、私の想いを唯一知っている和田君はいなくなりました。
和田君を亡くした政臣君は、以前も申し上げましたが相当に参っていました。
彼には本当に申し訳ないことをしました。
せめてもの罪滅ぼしに、これから先、私の全てを賭けて政臣君を守ろうと心に誓いました。
和田君が亡くなった後、政臣君の信頼は私1人に向けられました。
政臣君は、どんな些細なことでも私に相談してくれました。私も、精一杯それに応えました。時には辛いこともありました。彼に彼女が出来た時に紹介されたりとか、そういうのは嫉妬しましたね。
でも、彼が幸せそうならそれでいい、と言い聞かせました。
そんなある日のことでした。政臣君が私に言いました。
井田司のことで困っていると。
私は、今こそ私の出番だと思いました。
おかしな話しかもしれませんが、私は政臣君を守るという使命感に囚われました。
私は井田の周りを調べました。人間関係から家族のこと、行動範囲まで。
その結果、井田はバイクに乗って帰宅する際に、必ず近所のコンビニに寄ってから帰ることがわかりました。
そこで私は計画を立てました。井田をバイク事故に見せかけて殺そうと。
計画はいたってシンプルです。
道を挟んで向こうにある電柱に紐を巻きつけて道路を横切り、井田が通りかかったら思い切り紐を引っ張って、紐に引っ掛かった井田を転倒させる、というものです。
こんなに上手くいっていいのか?と思うくらい、計画どおりに成功して、見事に井田を転倒事故に見せかけて殺せました。
むろん、政臣君のアリバイは確保済みです。
長田の時は、少し面倒でした。
事故に見せかけて殺すつもりで計画していたのですが、酒飲みには相応しいということで、急性アルコール中毒に見せかけて殺すことにしました。
その日、酒を介して意気投合した私と長田は、長田の誘いで部屋へ行き、宅飲みをしました。
たらふく飲ませて完全に泥酔して動かなくなった長田を羽交締めにして、口に漏斗を突っ込んで無理矢理に酒を飲ませました。
無理矢理酒を飲ませるのは苦労しましたが、上手い見立てにできたと思いませんか?
次は大月という金に汚いクズです。
人のいい政臣君につけこんで、金をくすねていたとんでもない野郎です。
政臣君は、高い授業料を払ったけど、いい人生勉強になったなんて笑っていましたけど、私は許せませんでしたね。
調べると大月という男は、あちこちから金を借りていて首が回らなくなっているようでした。
五木に少し協力してもらいました。
大月は、簡単に五木が持ちかけた儲け話に食いついてきました。
難なく部屋に上がり込むことに成功した五木は、飲み物に睡眠薬を混ぜて大月を眠らせ、あとの仕上げは私がやりました。
窓に目張りをし、煉炭に火を点け、ドアの目張りはエアコンの設定温度をマックスまで上げて、それに煉炭の熱も加わり室内の空気が膨張して、内側から自然とテープが貼られるという仕組みです。もちろん、火災報知器は切っておきます。まさかこれで本当に密室が完成するとは思いませんでしたけど。
でも、自殺しかねない動機があるので、そこまで念入りには調べられなかったようです。
次に浜村という男です。
もう5人目だと、手際も段々と良くなってきますし、躊躇もしなくなってきます。
覚醒剤は五木に用意してもらいました。
可能な限り多く用意してもらいました。
事前に浜村に連絡をし、部屋に行くアポを取りました。
部屋に入ったら、奴の自尊心をくすぐるようにとにかく下手に出て、調子に乗らせます。
そして隙を見てクロロホルムを嗅がせて気を失わせます。
あとは簡単です。動かなくなった浜村の腕に、持っていた覚醒剤を全て注射します。
しかし、ここで不測の事態が起きました。
なんと、浜村に呼びつけられた政臣君が、部屋にやって来たのです。
私は必死に息を殺しました。せっかく政臣君のアリバイを確保した上で及んだのに、これでは台無しです。
どれくらい部屋に留まっていたでしょうか?部屋の前にいる政臣君が帰るまで、10分くらいだと思いますが、私にはもっと長く、何時間にも感じました。
政臣君のアリバイが無くなってしまったのは想定外でしたが、今回の失敗を検証して、次回に繋げようと思いました。
次に牧野ユミです。
私は一年ほど前から牧野ユミに脅されていました。
お二人はもう分かっていらっしゃるでしょうが、どこで嗅ぎつけたのか、牧野ユミは私の政臣君への想いを知ることとなり、私を脅してきました。
でも、金品で解決するならば、それはそれで簡単です。私は、牧野ユミの要求に応じました。
私にとっては、金なんてどうでもいいことです。私は、政臣君の害になる人しか制裁を加えないので。
しかし、私は牧野ユミという女の本性を知らなかった。
私は五木から牧野ユミについての調査報告を聞きました。
すると、五木から私はとんでもない事を聞きます。
何と、あの女が他に複数の男と関係を持っているというのです。
私には、どうしても許せなかった。私の愛する政臣君を裏切ったことが。私の愛する政臣君の愛を一身に受けているのに裏切ることが、どうしても許せなかった。
いえ、嫉妬していたのかもしれません。私が手に入れることが出来ない政臣君の心を、あんなアバズレが簡単に手に入れることができることに。
不条理じゃないですか?本気で愛している方が叶わず、裏切っている女の方が愛されるなんて。
私は、あの日、社長室を五木に任せて抜け出し、牧野ユミを殺しに行きました。
本当は別の殺し方を計画していたのですけどね。でも、あの女に言われたんですよ。
「ホモのくせに」って。
頭に血が昇りました。私だって選んで男を愛するようになったわけじゃない!選べるなら普通に女の人を愛して、一般的な幸せを手に入れたかった。
気がつけば、テーブルの上にあったワインの瓶であの女を殴り倒していました。
そこからは、何がどうなったのか。とにかくあのアバズレの事が憎くて憎くて、まだかすかに息のあったあの女を、めった打ちにしていました。
憎しみの限りをぶつけました。体中、そしてあの憎たらしい顔を、徹底的に潰していました。
ありったけの憎しみを出し尽くした時、私はようやく我に返りました。
まずい、思わず頭に血が昇ってしまって、計画と違う方法で殺してしまった。
これまで全て事件性を疑われないように殺してきたのに。
仕方がないので私は咄嗟に強盗に襲われたように見せるため、部屋を荒らしていくつかの金品を奪い、部屋を後にしました。
私とのやり取りがわからないように、あの女のスマホも持ち去りました。
しかし、所詮は素人のやる事ですよね。今までは事件性が無かったからちゃんと調べられなかったのかもしれませんが、殺人となれば話しは別です。徹底的に調べられます。
いずれ近いうちにこれまでの犯行も含めて、白日の下に晒されるでしょう。
だからこれで最後です。
この男を始末すれば、政臣君を苦しめた奴は全て消せます。
できることなら、これから先もずっと、彼の隣で彼を守っていきたかった。でも、それもここまでですね。
刑事さん、もし私が捕まって、取り調べをして、裁判になったら、私が政臣君を愛している事が彼に知られてしまうのでしょうか?
そうですよね、当然バレますよね。
松尾は全てを語ったあと、自らのこめかみに銃口をあてる。
「やめろ!やめるんだ!すぐに銃を下ろせ!」
小川が松尾に向かって叫び、狙いを定める。
「刑事さん。最後にお願いです。どうか、政臣君には私の想いを伝えないで下さい。よろしくお願いします」
「わかった。約束するから銃を下ろしてくれ」
探偵が松尾を刺激しないようになだめる。
「よかった」
それだけ言うと、松尾は引き鉄を引いて自らの頭を撃ち抜いた。
2人は玄関の前に駆け寄り、小川は銃を取り出して安全装置を解除した。
玄関の扉を蹴破ると、別荘の中は人の気配は無くガランとしていた。
「どこにいるんだ、松尾は?」
すると、上のフロアで銃声が鳴り、それと同時に男の悲鳴が聞こえた。
「上だ!急ごう!」
探偵に続き、小川も階段を駆け上がる。
探偵と小川が上のフロアに立つと、そこには松尾と手足を縛られ、芋虫のようにのたうちまわっている里中の姿があった。
「そこまでだ!銃を下ろせ、松尾!」
小川が松尾に向かって銃をかまえて狙いを定める。
「大丈夫です、まだ傷つけてはいませんから。ちょっと脅かしただけですから」
松尾は、里中に向けて銃を構えたまま、探偵達に体を向けた。
「何がどうなっているんですか!?何で俺がこんな目に遭わないといけないんすか!?誰ですか、この人!?早く助けて下さい!」
里中が探偵と小川に懇願する。
「この男が最後の犠牲者です。本当は事故に見せかけるつもりだったんですけど、あの売女のせいで予定が狂ってしまいました。なので、今日ここで全てを終わらせることにしました」
松尾の銃が火を噴く。弾は里中の目の前の床に着弾し、里中は恐怖のあまりかそのまま気を失って動かなくなってしまう。
「おや?気を失ってしまったみたいですね」
松尾が里中の頭を足で軽く小突きながら笑う。
「松尾!なぜ、こんなことを始めた!」
小川が叫ぶ。
「全ては、愛のため・・・そうなんだろ、松尾?」
探偵が松尾に優しく語りかけると、松尾は里中に向けていた銃を下ろした。
「あなたにはわかるみたいですね。いいでしょう、これまで誰にも話さず胸の奥にしまっていたことをお聞かせしましょう」
私の人生は孤独でした。物心ついた頃には人の顔色を伺っているばかりの内気な子でした。
友だちは少なく、家族も好きになれず、学校も何のために行っているのか意味を見出せずにいました。
大学を卒業して就職しても、何をしても満たされず、何の悦びも無く朽ちていくのを待つだけなのかと絶望していました。
それではダメだと一念発起して、仕事を辞めて店を出してみました。自分に思いつく最後の賭けみたいなものでした。
これで満たされることが無いようなら、死のうと思っていました。
店は、特に苦しいわけでも良いわけでもありませんでした。
そこそこお客さんも付いて、そこそこ売り上げもあって、経営状態は悪くはありませんでした。
だけど、やはり生活が満たされることはありませんでした。
もう、誰かに店を譲って死んでしまうのもいいなぁ、と本気で考えていました。
来る日も来る日も、そんなことばかり考えていました。
だけど、そんな時、私の前に政臣君が現れました。
彼を見た瞬間、私の中で止まっていた何かが動き出すような感じがしました。
生まれてからこのかた、動いたことのない大きな歯車が遂に動いた感覚でした。
私は、すぐに政臣君をバイトとして採用しました。
当初、私は政臣君を意識しすぎて、なかなか打ち解けずにいました。年齢も親子くらい離れていますし、でも、それでもいいかと思いました。彼の近くにいられるなら。
やがて、和田君の仲立ちで私も政臣君と親しくなっていきました。
よく3人で仕事の後に呑みに行ったのは、いい思い出です。
私は、こんな日がいつまでも続いてくれたら、とそれだけを願っていました。
ところがです、ある日の仕事中でした。
和田君がこう言ったのです。
「店長は、政臣のどういうところを好きになったんですか?顔?性格?」
私は絶句しました。
「見てればわかりますって。好き好きオーラが半端無いですよ。あっ、気にしないでください。俺、そういうの気にしないんで」
それを言われた時、私にはいつも爽やかな和田君の笑顔が蛇のように見えました。
これはまずい。たしかに和田君はそんな事を気にする人物ではない。それは信じられる。しかし、彼の口の軽さは信用ならない。
もし、何かの拍子に和田君の口から政臣君に私の想いが伝わってしまうことがあれば、政臣君は私をどう思うだろう?
気持ち悪いと思われるだろうか?
裏切られたと思われるだろうか?
政臣君がバイトを辞めて、もう二度と会えなくなり、また以前の生きているのか死んでいるのか分からない、味気ない日々に戻ってしまうのだろうか?
想いなど伝わらなくていい。
ただ、政臣君の傍にいられればそれでいい。
そう思ったら、もう止まりませんでした。私は、和田君を殺すことにしました。
その日、政臣君と和田君が遊びに行くことは事前に知っていました。
私は、和田君の部屋の前で待ち伏せして、部屋から出てきた和田君を尾行しました。
その時は、まだどうやって殺そうかとかは考えていませんでした。ただ、その日に和田君を殺すことしか決めていませんでした。
駅に着くと、人身事故で京王線が止まっているとアナウンスがありました。
その時、これだ!と思いました。
事故に見せかけて殺そうと決めました。
駅は、京王線の遅延の振替輸送のせいもあってか、かなりの混雑でした。
いつ、どこで、誰が電車に接触してもおかしくない状況でした。
私は、和田君の行き先に回り込んで、すれ違い様に線路に突き落とすことにしました。
私の向かい側から、何も知らない和田君が歩いてきます。
電車が入線して来ます。
目深に帽子を被った私は、タイミングを見計らって和田君に近づきます。
その時でした。なんと、和田君がすれ違う時に私に気づきました。その時の、和田君の人懐っこい、驚いた顔は今でも私の脳裏にこびりついています。
反射的に私は和田君を突き落としていました。その時の感覚は覚えていません。
ホームは大混乱です。
私は逃げるようにその場を立ち去りました。
こうして、私の想いを唯一知っている和田君はいなくなりました。
和田君を亡くした政臣君は、以前も申し上げましたが相当に参っていました。
彼には本当に申し訳ないことをしました。
せめてもの罪滅ぼしに、これから先、私の全てを賭けて政臣君を守ろうと心に誓いました。
和田君が亡くなった後、政臣君の信頼は私1人に向けられました。
政臣君は、どんな些細なことでも私に相談してくれました。私も、精一杯それに応えました。時には辛いこともありました。彼に彼女が出来た時に紹介されたりとか、そういうのは嫉妬しましたね。
でも、彼が幸せそうならそれでいい、と言い聞かせました。
そんなある日のことでした。政臣君が私に言いました。
井田司のことで困っていると。
私は、今こそ私の出番だと思いました。
おかしな話しかもしれませんが、私は政臣君を守るという使命感に囚われました。
私は井田の周りを調べました。人間関係から家族のこと、行動範囲まで。
その結果、井田はバイクに乗って帰宅する際に、必ず近所のコンビニに寄ってから帰ることがわかりました。
そこで私は計画を立てました。井田をバイク事故に見せかけて殺そうと。
計画はいたってシンプルです。
道を挟んで向こうにある電柱に紐を巻きつけて道路を横切り、井田が通りかかったら思い切り紐を引っ張って、紐に引っ掛かった井田を転倒させる、というものです。
こんなに上手くいっていいのか?と思うくらい、計画どおりに成功して、見事に井田を転倒事故に見せかけて殺せました。
むろん、政臣君のアリバイは確保済みです。
長田の時は、少し面倒でした。
事故に見せかけて殺すつもりで計画していたのですが、酒飲みには相応しいということで、急性アルコール中毒に見せかけて殺すことにしました。
その日、酒を介して意気投合した私と長田は、長田の誘いで部屋へ行き、宅飲みをしました。
たらふく飲ませて完全に泥酔して動かなくなった長田を羽交締めにして、口に漏斗を突っ込んで無理矢理に酒を飲ませました。
無理矢理酒を飲ませるのは苦労しましたが、上手い見立てにできたと思いませんか?
次は大月という金に汚いクズです。
人のいい政臣君につけこんで、金をくすねていたとんでもない野郎です。
政臣君は、高い授業料を払ったけど、いい人生勉強になったなんて笑っていましたけど、私は許せませんでしたね。
調べると大月という男は、あちこちから金を借りていて首が回らなくなっているようでした。
五木に少し協力してもらいました。
大月は、簡単に五木が持ちかけた儲け話に食いついてきました。
難なく部屋に上がり込むことに成功した五木は、飲み物に睡眠薬を混ぜて大月を眠らせ、あとの仕上げは私がやりました。
窓に目張りをし、煉炭に火を点け、ドアの目張りはエアコンの設定温度をマックスまで上げて、それに煉炭の熱も加わり室内の空気が膨張して、内側から自然とテープが貼られるという仕組みです。もちろん、火災報知器は切っておきます。まさかこれで本当に密室が完成するとは思いませんでしたけど。
でも、自殺しかねない動機があるので、そこまで念入りには調べられなかったようです。
次に浜村という男です。
もう5人目だと、手際も段々と良くなってきますし、躊躇もしなくなってきます。
覚醒剤は五木に用意してもらいました。
可能な限り多く用意してもらいました。
事前に浜村に連絡をし、部屋に行くアポを取りました。
部屋に入ったら、奴の自尊心をくすぐるようにとにかく下手に出て、調子に乗らせます。
そして隙を見てクロロホルムを嗅がせて気を失わせます。
あとは簡単です。動かなくなった浜村の腕に、持っていた覚醒剤を全て注射します。
しかし、ここで不測の事態が起きました。
なんと、浜村に呼びつけられた政臣君が、部屋にやって来たのです。
私は必死に息を殺しました。せっかく政臣君のアリバイを確保した上で及んだのに、これでは台無しです。
どれくらい部屋に留まっていたでしょうか?部屋の前にいる政臣君が帰るまで、10分くらいだと思いますが、私にはもっと長く、何時間にも感じました。
政臣君のアリバイが無くなってしまったのは想定外でしたが、今回の失敗を検証して、次回に繋げようと思いました。
次に牧野ユミです。
私は一年ほど前から牧野ユミに脅されていました。
お二人はもう分かっていらっしゃるでしょうが、どこで嗅ぎつけたのか、牧野ユミは私の政臣君への想いを知ることとなり、私を脅してきました。
でも、金品で解決するならば、それはそれで簡単です。私は、牧野ユミの要求に応じました。
私にとっては、金なんてどうでもいいことです。私は、政臣君の害になる人しか制裁を加えないので。
しかし、私は牧野ユミという女の本性を知らなかった。
私は五木から牧野ユミについての調査報告を聞きました。
すると、五木から私はとんでもない事を聞きます。
何と、あの女が他に複数の男と関係を持っているというのです。
私には、どうしても許せなかった。私の愛する政臣君を裏切ったことが。私の愛する政臣君の愛を一身に受けているのに裏切ることが、どうしても許せなかった。
いえ、嫉妬していたのかもしれません。私が手に入れることが出来ない政臣君の心を、あんなアバズレが簡単に手に入れることができることに。
不条理じゃないですか?本気で愛している方が叶わず、裏切っている女の方が愛されるなんて。
私は、あの日、社長室を五木に任せて抜け出し、牧野ユミを殺しに行きました。
本当は別の殺し方を計画していたのですけどね。でも、あの女に言われたんですよ。
「ホモのくせに」って。
頭に血が昇りました。私だって選んで男を愛するようになったわけじゃない!選べるなら普通に女の人を愛して、一般的な幸せを手に入れたかった。
気がつけば、テーブルの上にあったワインの瓶であの女を殴り倒していました。
そこからは、何がどうなったのか。とにかくあのアバズレの事が憎くて憎くて、まだかすかに息のあったあの女を、めった打ちにしていました。
憎しみの限りをぶつけました。体中、そしてあの憎たらしい顔を、徹底的に潰していました。
ありったけの憎しみを出し尽くした時、私はようやく我に返りました。
まずい、思わず頭に血が昇ってしまって、計画と違う方法で殺してしまった。
これまで全て事件性を疑われないように殺してきたのに。
仕方がないので私は咄嗟に強盗に襲われたように見せるため、部屋を荒らしていくつかの金品を奪い、部屋を後にしました。
私とのやり取りがわからないように、あの女のスマホも持ち去りました。
しかし、所詮は素人のやる事ですよね。今までは事件性が無かったからちゃんと調べられなかったのかもしれませんが、殺人となれば話しは別です。徹底的に調べられます。
いずれ近いうちにこれまでの犯行も含めて、白日の下に晒されるでしょう。
だからこれで最後です。
この男を始末すれば、政臣君を苦しめた奴は全て消せます。
できることなら、これから先もずっと、彼の隣で彼を守っていきたかった。でも、それもここまでですね。
刑事さん、もし私が捕まって、取り調べをして、裁判になったら、私が政臣君を愛している事が彼に知られてしまうのでしょうか?
そうですよね、当然バレますよね。
松尾は全てを語ったあと、自らのこめかみに銃口をあてる。
「やめろ!やめるんだ!すぐに銃を下ろせ!」
小川が松尾に向かって叫び、狙いを定める。
「刑事さん。最後にお願いです。どうか、政臣君には私の想いを伝えないで下さい。よろしくお願いします」
「わかった。約束するから銃を下ろしてくれ」
探偵が松尾を刺激しないようになだめる。
「よかった」
それだけ言うと、松尾は引き鉄を引いて自らの頭を撃ち抜いた。
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