いい人の条件

あらんすみし

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いい人の条件

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灯りを消した暗い部屋に、奈々美とその友人が誕生日ケーキを囲んでいる。ケーキに灯る蝋燭の火は、揺らぐことなく部屋を仄かに照らしている。
「ほら、早く消して!」
そう急かされて、奈々美は三本の蝋燭の火を吹き消した。
部屋の明かりがついて、クラッカーの破裂音が狭い部屋に鳴り響く。
奈々美の友人が、口々におめでとう、と祝福する。
「奈々美も遂に三十路の仲間入りかぁ。」
ケーキを切り分け、安物のシャンパンを開け、いざ乾杯というときに、遙の携帯が鳴る。
遥は電話口で何やら困った様子だった。
電話を切った遥は、申し訳なさそうに切り出す。
「ごめん、彼氏が怪我したみたいで。」
「えっ!大丈夫?ここはいいから早く行ってあげて。」
遥は何度もごめんね、と繰り返して慌てて部屋をあとにした。
「なんか、静かになっちゃったね。」
美咲がポツリと呟いた。
奈々美も小さく、そうだね、と返す。
「奈々美はさぁ、恋愛に興味無いの?」
奈々美は大きく首を横に振った。
「そんなことないよ。彼氏、欲しいよ。」
「奈々美はかわいいんだから、もっと自信持って行動した方がいいよ。」
「三十にもなって、誰とも付き合ったこと無いって、やっぱりおかしい?」
奈々美の問いかけに美咲は少し考えて答える。
「おかしい!こんないい女が三十路になっても誰とも付き合ったこと無いなんて、世の中の男達はおかしい!」
美咲は笑った。

5ヶ月後。季節は移ろい秋になっていた。
奈々美は、遥の結婚式に出席していた。
式は滞りなく進んでいく。
式も半ばを過ぎた頃、奈々美の隣の席に男が腰掛けた。
端正な塩顔、高身長でモデルのようなスタイル。そして醸し出される清潔感のある色気。
奈々美は一瞬で心を奪われた。
「あの、式は今、どのくらい進んでますか?」
男が奈々美に聞いてきた。
それが奈々美と堀越達也との初めての会話だった。

奈々美は達也の頼みで連絡先を交換した。
そして、達也の誘いで食事に行った。
達也はイケメンなだけでなく、会話も楽しく奈々美を飽きさせなかった。そして、何よりも奈々美には殊更優しく、奈々美は達也にどんどん惹かれていった。
達也のような素敵な男が彼氏だったら…。
しかし、それは突然だった。
ある夜、奈々美は達也から大切な話があると言われて、深夜のドライブに出かけた。
そして、夜景の見える峠の展望台で達也は車を停めた。
達也はなぜかいつもと違い、黙り込んでいた。
どれくらい沈黙が続いただろうか。奈々美には、一分くらいに感じた。
突然、達也は奈々美の手を握って叫んだ。
「僕と付き合って下さい!」
達也は目を閉じて俯いて動かない。奈々美は、その告白をまるで高校生の告白みたいだなぁ、と思った。
そして一言、「はい」と返事をした。

二人の愛は、瞬く間に深まっていった。
週末は必ずお互いの部屋で共にすごしたし、平日でも仕事が終わってからデートをすることもあった。
達也は、とにかく紳士的で優しく、奈々美を大切にしてくれた。
奈々美は、美咲と遥にも紹介し、互いの両親も二人の交際を祝福してくれた。
全てが順風満帆で、奈々美は人生の見るもの全てが輝いて見えた。

「奈々美、達也さんと付き合ってから活き活きしてるよね。」
美咲が嬉しそうに微笑む。
「まあ、ね。」
奈々美もまんざらでもない、という感じで答えた。
美咲が席を外す。
奈々美は、バッグから携帯を取り出して確認すると、達也からメールが何通も届いており、電話の着信もあった。
急いで奈々美は達也に電話をすると、すぐに電話が繋がり、電話の向こうの達也は激しく怒っていた。
「何ですぐに返事を返さないんだよ!」
「ごめんなさい、美咲と会ってて気がつかなくて。」
「いいから、話があるからすぐ来て!」
そう言うと、達也は一方的に電話を切った。
達也を怒らせてしまった奈々美は、美咲に詫びをいれて達也の部屋へ急いだ。
達也はかなりご立腹だった。
「俺から連絡があったら、すぐに返事をしてくれよ!」
「ごめんなさい、でも今日は美咲と会うって言ってたよね?」
「そうだけど、だからこそ会えない時は連絡は密にしてくれないとダメじゃないか!」
これまで見たことない達也の怒りに触れて、奈々美は言い知れない違和感を感じた。

その日を境に、達也はたびたび奈々美の細かな言動に対して、苛立ちを隠さなくなっていった。
そんな達也の変化に奈々美は恐れを感じ、次第に距離を置くようになっていく。

終わりは案外あっさりとしていた。
奈々美は、達也の勤務先の近くのカフェで、達也と向かい合って座っている。
「今までありがとう。さようなら。」
奈々美は達也にそう告げて、席を立った。
あれほど濃密な時間を共有してきたのに、不思議と涙が流れるようなことも無かった。

「奈々美、変わったね。」
美咲と遥は口を揃えて言う。
「そうかな?私は何も変わって無いと思うけど。」
三人は、奈々美の誕生会でケーキを囲んで談笑している。
「どうして別れたの?いい人だったのに。奈々美、彼の優しいところが一番好きだって言ってたじゃない?」
美咲は不思議そうに呟く。
奈々美は、美咲の言葉に笑って答える。
「優しかったよ。とてもいい人だったよ。でも、いろいろと都合が悪くなっちゃったの。だから、彼は私にとっては、いい人ではなくて悪い人になったの。」

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みんなの感想(1件)

花雨
2021.08.12 花雨

作品登録しときますね(^^)

2021.08.12 あらんすみし

初めて書いた駄文ですが、読んでいただいたうえに、お気に入り登録までしていただけるなんて、これからの励みになります。数ある作品から読んでいただき、ありがとうございました。

解除

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