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02話 リオネル王子の最後
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(もういい加減、殿下の気狂いは隠せないわ……)
ここ半年ほど、リオネル王子は、メルル男爵令嬢アンジェリク・メルルのことばかり話していた。
ほとんど恋でもしているかのように。
アンジェリクはふわふわのピンク髪に金色の瞳、天使のように愛らしい美少女、らしい。
だがそんな少女はどこにも居なかった。
人目もはばからず誤解を招くような発言をすることは控えてほしいと、マリスはリオネル王子に何度か進言した。
空想の恋人に夢中になっているなど、王太子としての資質を疑われかねないからだ。
あまりに度を過ぎれば幽閉もあり得る。
だがリオネル王子はマリスの言葉を聞き入れなかった。
マリスの忠告に対してリオネル王子は「アンジェリクに嫉妬しているのか?」「アンジェリクを無視するな」などと訳の解らぬことを言うばかりだった。
リオネル王子の側近である二人、イシドールとフロランは、リオネル王子を窘めないばかりか、逆にリオネル王子に話を合わせていた。
二人のその態度が、さらにリオネル王子の空想を助長させた。
存在しないアンジェリクを存在しているかのように扱うリオネル王子と側近たちは、魔法学院では腫物扱いだった。
表立って言う者はいなかったが、皆がリオネル王子たちの言動を不気味がり、遠巻きにしていた。
それは、そうだろう。
(殿下の奇行は学院内の公然の秘密だったけれど。もう隠すのは無理よ。この場をやりすごしたとしても殿下も側近たちもあの調子なのだから、遅かれ早かれ露呈していたわ……)
「殿下、アンジェリク・メルルは存在いたしません」
マリスはきっぱりと言い切った。
リオネル王子は怒りに眉を吊り上げた。
「まだ言うか!」
そのとき。
別の声が響いた。
「兄上、茶番はもう充分でしょう」
マリスとリオネル王子が対峙している場に乱入したのは、リオネル王子の弟、第二王子エルネストだった。
「迫真の演技に、皆さんすっかり驚いておられます」
エルネスト王子は灰色の髪に紫の瞳。
整った顔立ちではあるが美貌のリオネル王子と並ぶと平凡で地味だ。
リオネル王子を薄く影にしたような色合いも相まって、主役の前に飛び出した端役のように見えた。
「さすがにこれ以上は、いささか冗談が過ぎるというものです」
にこやかにそう言ったエルネスト王子に、リオネル王子は冷たい視線を向けた。
「エルネスト、控えておれ」
「場を盛り上げるための茶番劇とは面白い趣向ですが、やりすぎは禁物です。そろそろお開きといたしましょう」
(ひとまずこの場は、冗談ということでやりすごすつもりなのね)
マリスはエルネスト王子の意を素早く読み取り、調子を合わせた。
「殿下、お芝居は終わりにいたしましょう」
マリスはにっこりと微笑んだ。
だがリオネル王子は、マリスとエルネスト王子が用意した助け舟を盛大にひっくり返した。
「芝居ではない。マリス、そういうところだぞ。そういう嫌味なところが妃には向いておらんのだ。エルネスト、お前もだ。いい加減にアンジェリクを無視するのをやめるんだ」
「兄上、あちらで少し休みましょう」
エルネスト王子は笑顔を引きつらせながらそう言ったが、リオネル王子は不快そうに眉を歪めた。
「貴様、兄に命令するのか。立場をわきまえよ」
「滅相もございません。兄上はお疲れのご様子ですので、あちらで少しお休みになったほうがよろしいかと愚考したまでのこと」
「疲れてなどいない。それに私はアンジェリクをエスコートしなければならない」
リオネル王子は愛おしげに傍らの空間を見やった。
「妃となる女性を放ってはおけない」
静まり返っている会場にリオネル王子の声は朗々と響いた。
祝賀会に招待された客たちは、皆、無言のままリオネル王子の奇妙な言動に注目していた。
(ここまで奇行が公になってしまっては、さすがにもう隠し切れないわよ?)
マリスは暗澹たる気持ちでエルネスト王子を見やった。
エルネスト王子はこの場をどう切り抜けるかを必死で思考しているのか、ぎこちない笑顔でリオネル王子を宥めている。
そのとき、落雷のような声が響いた。
「リオネル王子殿下はご病気のご様子!」
その声を発した者は堂々とした体躯の壮年の男。
アルカナ王国軍の要、剣豪としても名高いノエ将軍だった。
ノエ将軍は数人の部下を引き連れてこの場に乱入した。
「殿下、早うご退出を。殿下はお休みせねばなりませぬ」
ノエ将軍はリオネル王子に退出を促したが、リオネル王子は聞き入れなかった。
「私はどこも悪くないぞ!」
「いいえ、ご病気です。ささ、早う、早う」
厳つい顔をした大男のノエ将軍はニコニコの笑顔でそう言うと、部下に命じた。
「殿下をお連れしろ」
「はっ!」
将軍の屈強な部下たちは、リオネル王子の体をさっと抱え上げた。
「な、何をする! お前たち、不敬だぞ! 離せ!」
抱え上げられたリオネル王子は、手足をばたばたさせて喚き散らした。
だがノエ将軍の屈強の部下たちにとって、リオネル王子はモヤシほどのものでしかないのか、彼らは担ぎ上げたリオネル王子を黙々と運搬した。
そしてあっという間にリオネル王子は会場の外へと運び出されていった。
ここ半年ほど、リオネル王子は、メルル男爵令嬢アンジェリク・メルルのことばかり話していた。
ほとんど恋でもしているかのように。
アンジェリクはふわふわのピンク髪に金色の瞳、天使のように愛らしい美少女、らしい。
だがそんな少女はどこにも居なかった。
人目もはばからず誤解を招くような発言をすることは控えてほしいと、マリスはリオネル王子に何度か進言した。
空想の恋人に夢中になっているなど、王太子としての資質を疑われかねないからだ。
あまりに度を過ぎれば幽閉もあり得る。
だがリオネル王子はマリスの言葉を聞き入れなかった。
マリスの忠告に対してリオネル王子は「アンジェリクに嫉妬しているのか?」「アンジェリクを無視するな」などと訳の解らぬことを言うばかりだった。
リオネル王子の側近である二人、イシドールとフロランは、リオネル王子を窘めないばかりか、逆にリオネル王子に話を合わせていた。
二人のその態度が、さらにリオネル王子の空想を助長させた。
存在しないアンジェリクを存在しているかのように扱うリオネル王子と側近たちは、魔法学院では腫物扱いだった。
表立って言う者はいなかったが、皆がリオネル王子たちの言動を不気味がり、遠巻きにしていた。
それは、そうだろう。
(殿下の奇行は学院内の公然の秘密だったけれど。もう隠すのは無理よ。この場をやりすごしたとしても殿下も側近たちもあの調子なのだから、遅かれ早かれ露呈していたわ……)
「殿下、アンジェリク・メルルは存在いたしません」
マリスはきっぱりと言い切った。
リオネル王子は怒りに眉を吊り上げた。
「まだ言うか!」
そのとき。
別の声が響いた。
「兄上、茶番はもう充分でしょう」
マリスとリオネル王子が対峙している場に乱入したのは、リオネル王子の弟、第二王子エルネストだった。
「迫真の演技に、皆さんすっかり驚いておられます」
エルネスト王子は灰色の髪に紫の瞳。
整った顔立ちではあるが美貌のリオネル王子と並ぶと平凡で地味だ。
リオネル王子を薄く影にしたような色合いも相まって、主役の前に飛び出した端役のように見えた。
「さすがにこれ以上は、いささか冗談が過ぎるというものです」
にこやかにそう言ったエルネスト王子に、リオネル王子は冷たい視線を向けた。
「エルネスト、控えておれ」
「場を盛り上げるための茶番劇とは面白い趣向ですが、やりすぎは禁物です。そろそろお開きといたしましょう」
(ひとまずこの場は、冗談ということでやりすごすつもりなのね)
マリスはエルネスト王子の意を素早く読み取り、調子を合わせた。
「殿下、お芝居は終わりにいたしましょう」
マリスはにっこりと微笑んだ。
だがリオネル王子は、マリスとエルネスト王子が用意した助け舟を盛大にひっくり返した。
「芝居ではない。マリス、そういうところだぞ。そういう嫌味なところが妃には向いておらんのだ。エルネスト、お前もだ。いい加減にアンジェリクを無視するのをやめるんだ」
「兄上、あちらで少し休みましょう」
エルネスト王子は笑顔を引きつらせながらそう言ったが、リオネル王子は不快そうに眉を歪めた。
「貴様、兄に命令するのか。立場をわきまえよ」
「滅相もございません。兄上はお疲れのご様子ですので、あちらで少しお休みになったほうがよろしいかと愚考したまでのこと」
「疲れてなどいない。それに私はアンジェリクをエスコートしなければならない」
リオネル王子は愛おしげに傍らの空間を見やった。
「妃となる女性を放ってはおけない」
静まり返っている会場にリオネル王子の声は朗々と響いた。
祝賀会に招待された客たちは、皆、無言のままリオネル王子の奇妙な言動に注目していた。
(ここまで奇行が公になってしまっては、さすがにもう隠し切れないわよ?)
マリスは暗澹たる気持ちでエルネスト王子を見やった。
エルネスト王子はこの場をどう切り抜けるかを必死で思考しているのか、ぎこちない笑顔でリオネル王子を宥めている。
そのとき、落雷のような声が響いた。
「リオネル王子殿下はご病気のご様子!」
その声を発した者は堂々とした体躯の壮年の男。
アルカナ王国軍の要、剣豪としても名高いノエ将軍だった。
ノエ将軍は数人の部下を引き連れてこの場に乱入した。
「殿下、早うご退出を。殿下はお休みせねばなりませぬ」
ノエ将軍はリオネル王子に退出を促したが、リオネル王子は聞き入れなかった。
「私はどこも悪くないぞ!」
「いいえ、ご病気です。ささ、早う、早う」
厳つい顔をした大男のノエ将軍はニコニコの笑顔でそう言うと、部下に命じた。
「殿下をお連れしろ」
「はっ!」
将軍の屈強な部下たちは、リオネル王子の体をさっと抱え上げた。
「な、何をする! お前たち、不敬だぞ! 離せ!」
抱え上げられたリオネル王子は、手足をばたばたさせて喚き散らした。
だがノエ将軍の屈強の部下たちにとって、リオネル王子はモヤシほどのものでしかないのか、彼らは担ぎ上げたリオネル王子を黙々と運搬した。
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