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閑話2・中世期における異端審問の際に押収した狂人の手記

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――ここに、一冊の『本』があるとする。

 我々が住むこの世界、生命、真理、法則が一つの物語として本を形成していると考えると分かり易いだろう。

さらに、我々には窺い知れぬ『本』の外には我々のよく知る世界とは異なる他の様々な世界が無数に存在し、それらもそれぞれが一冊の『本』であるのだ。

そしてそれら無数の『本』が集まり、いわば書庫を形成し、書庫の蔵書を管理しているのが『時』と『次元』であるという。



『本』とは原則として、他の『本』に干渉することはできない。

故に、『本』は独立性を保ち、『時』の流れの中で太古から現在、現在から未来に至るまで、『本』の結末を迎えるまでそこに在り続ける。


『本』とは原則として、編まれた際、既に序文から結末までの内容が書かれていることが前提である。

故に、それらは自然に加筆・修正されることは無い。

 しかし、紙に記されたただの書物とは違い、『本』の中は常に流転している。

あらかじめ定められた内容から外れた事態が起きることもあるだろう。我々の世界もそれを何度か経験していた。


『本』とは原則として、必ず著者がいる。

その原則に漏れず、これらの『本』にも著者は居た。

言わば、創造主。

我々の世界ではしばしば主なる種族たちに神と崇めたてられている存在がまさにそれだった。

当初、永遠の楽園として書かれたこの世界は創造主によって物語の様相を変えられてしまう。

創造主は、永遠の楽園としての平和な内容に退屈を感じたのか、はたまた何らかの意図があるのか、世界を平和から争いへ、楽園から地上へ、と世界の舞台を変えてしまったのだ。

様相を変えるに足る理由があったのか、それがただの気紛れであったのかは、今では誰も知り得ない。

だが、争乱の世へ引きずり落とされたこの世界の者たちは、それでも負けずに平和を希求して努力してきた。

その努力は数多の戦を起こし、独裁を許し、蹂躙を正義とし、幾多の屍の上に仮初めの平和を打ち立てる。住人たちは自らが世界を創っていくモノだと錯覚し、長い年月の間で創造主のことなど忘れ去ってしまった。



さて、創造主は書き上げた『本』に独自の『規則』を定めていた。

創造主は悠久の古来より、『本』の創造を繰り返している。自身が創造した世界を省みることは恐らくないのであろう。

しかし、変革していくこれら数多の世界の内で、自らが狭い世界に内包された存在であると気付いてしまう存在が生まれる。

だが、気づいただけでは何ができるわけでもなく、世界は無関係を装い、何事も無かったかのように流れていった。



創造主は我々の世界でもそう評されているように、全知全能の存在である。

故に、創造主は全ての著書の中にある『規則』を書き込んでいた。

どうしても世界のからくりに気づいてしまう『被造物』がいるならば。

予めそれを知り得る『被造物』を指定して、世界の大きな変革を未然に防ぐような規則を定めれば。

永久に安穏たる因果は守られるだろう。

創造主はそうして『規則』を定め、新しい『本』を書き続けていった。

そして彼は今もなお、新しい『本』を黙々と書き続けている。誰も訪れることのない、『時』と『次元』の楼閣で……――
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