上 下
18 / 26

異世界編1・【謎の声】との邂逅

しおりを挟む
 何事か意味の分からない事を俺に告げながら、『ロールさん』は俺の身体に短刀を突き出してくる。
その一連の動きが非常にスローモーションに見え、俺の身体はそれを呆けたように眺めていた。
 隼人も春菜も、柚繰も無事だった。さっき『ロールさん』も言っていたように同じことをしているのだから同じ結果になるだろう、と高をくくって。


【――避けろ!】


 脳内に覚えのない、それでいて何故か聞き慣れた声が木霊した。
ビリビリとした感覚と共に意識が鮮明になる。しかし、突き出された短刀はこの身に突き刺さる寸前だった。

 鮮明になった意識の中でも動きはスローなままだ。しかし、何をするにしてももう手遅れである。一瞬の後にこの短刀は俺の身体に刺さる。
ピッ、と短刀が触れた部分の服が裂ける。ミリ単位の距離まで既に短刀が迫っていた。


【――身を捩れ!】


 その言葉が理解できると同時に、俺の身体は反応してくれた。
正中線を狙われていたようだが無理くり身体を捩ることで、僅かながら身体の側面に刺突部分をずらすことが出来たようだ。

――ぐちゃり。

 肉に鋭利な刃物が差し込まれていく音が聞こえた。漫画やアニメで聞くような格好のいい音ではない。ただの、嫌悪感と死を連想させるだけの、それだけの音だった。
数瞬と時を経ず、激しい痛みが熱さを伴って腹部から巡り始める。同時に俺の身体はがっくりと膝を付いてしまった。

「…………がっ、ぁ……な、何で……!?」


『……何故も何もないだろう? 理由は先程私が述べた筈だが?』


 にやにや、と表面上は笑っている『ロールさん』の双眸は冷たい。
笑っているというより、嗤っている、と表現した方がいいのか。先程までの人を食ったような口調とは裏腹に見下したような口調で俺に語りかけてくる。
体内から血液が流れ出る。腹部から大腿部を通り、足元に血だまりを作っていた。

『容易いな、媒介者として目覚めているならば、こうも簡単にはいかなかっただろうに。まぁ、創造主も許容限界に達しているこの世界に介入することはできない、か、はたまた創造りあげたこの世界には端から興味がないのか……』


 奴が、何事かをぶつぶつと呟いている。駄目だ、全然頭に入ってこない。
激しい痛みや熱さと共に、何某かの昂揚感も感じ始めた。痛みに悶えるだけならまだしも、おかしい、これはどういうことだ……?


『……あぁ、『媒介者』の少年よ。勿論、君の能力も開放しておいたぞ。……『媒介者』の能力、興味はあるがな。私は……いや、私達(・・)は小心者でね』


「……う、ぐっ…………て……めぇ……」

 何某かの昂揚感が全身を包み込むと、俺の身体は淡い色を帯びて光り始める。
もう何が何だか分からない。理解できる状況でもなかった。


『……さて、些か話し過ぎてしまったな。さらばだ、『媒介者』よ。巻坂浩之……君には少々同情するがね』


 淡かった光が強く発光し始める。か、身体から力が抜けて……

「――浩之君っ!!」

 ダダッ、と、『ロールさん』の横を駆けて柚繰が俺に近付き、一足飛びに俺の身体を掻き抱いた。同時に一際強い光が俺の身体を包む。


 次の瞬間、俺達の身体は第二図書室から消え失せていたのだった。










[Interlude]


 柚繰と呼ばれる少女が、巻坂浩之――『媒介者』の少年に飛びつき、魔界へ転移するところまでを静観する。
勿論、駆け寄ることを阻み、『媒介者』の少年だけを魔界に放り込むことは出来たが、そうはしなかった。
 柚繰と呼ばれる少女の挙動が懸念の種であったが、巻坂浩之に飛びつくということはむしろ好都合だ。
あちらの世界でならば少女自身の力の使い方を効率良く学べるだろう。『媒介者』の傷にも手は打ってある。

 先程、能力の箍を外してやった少年少女は生気のない目で呆けたように立ち竦んでいる。
巻坂浩之と柚繰藍を失った次元世界の修正が始まっている。修正が終われば、この二人も自身の能力に従って動き出すだろう。


……些か、骨が折れた。

 誰にともなく独白し、軽くため息を吐く。
このタイミングで事を成すために多岐に渡り行動を起こしてきた。全てを完遂できたことは僥倖としか言いようがなかった。

 さて、自分はこれから……

……これから?

 自分がこれから何を成すべきなのか、思い浮かべようとする度に脳内にノイズが走る。

僕(・)は一体何を……?

瞬間、青白い稲妻が視界を遮った。
稲妻を身に浴び、記憶が戻る。自分は魔界の集落で……

……そうか。


…………僕は。


………………利用されたのか。


 次元世界の許容を越えたひずみで自身の身体が異次元へと転送される。
途切れそうな意識の中で明滅する視界に、その様子を捉えていた。



[Interlude out]








 ドサっ、という音と背中に大きな衝撃を受けて俺は意識を取り戻す。勿論、身体は指一本自由にならない。絶賛、要介護といったところだ。
先程『ロールさん』に短刀で刺された後、柚繰に抱き着かれ、気付けば暗闇の空間を移動していた。
 何時か見た夢とは違いまるで宇宙空間のように、俺達の周りには明滅する無数の光が存在していた。
移動している間に意識を失ってしまったが、一体あれは何だったのだろうか?


【――……無数の次元世界の扉だ。一つ一つが、あの光の中で世界を形成している】


 脳内で声が響く。あぁ、思い出した。夢に出てきた謎の声ね。
お久しぶりです、先程はありがとうございました、と声にならない思考の中でそう告げる。


【……相も変わらず、楽天的な性格をしているな】


 謎の声から感情は読み取れなかったが、聊か困惑しているような、呆れているようなそんな響きを声に乗せているような気がする。


【……まぁ、良い。媒介者、巻坂浩之。お前はこのままでは死ぬ】


 随分と喋るようになりましたね。そんな気はしていましたよ。だって、腹ぁ刺されたんだもん。力も入りませんし、なんじゃこりゃあ、もいいとこですよ。


【…………困ったものだな、お前にも】


 今度は声音に呆れの感情が籠っていた。誠に遺憾だ。

「――……うぅ…!? ひ、浩之君、大丈夫!? 無事!?」

 柚繰も意識を取り戻したようだ。抱き着いていた俺から離れたかと思うと、必死に俺を揺すってくる。
……おい、怪我人にその仕打ちはどうよ?


【……巻坂浩之。今、お前が死ぬと、この娘もいずれ死ぬことになる。それでも良いか?】


 柚繰が俺の身体を揺すって喚いている間、脳内では謎の声が俺にそう語りかけてくる。
いや、自分聖徳太子じゃないんで、いっぺんには対応できないというか、何と言うか。


【……話が進まんな。お前に死なれては私も困る。少しの間、その身体借りるぞ】


 え、ちょ、ちょっと俺の人権は!?


【……案ずるな、そんなもの最初からない】

 その言葉を最後に俺の意識は再度、闇に落ちていったのであった。




しおりを挟む

処理中です...