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第3話 休息、からの苦境 ☆

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「ふぅ……」

 英凛えいりんが用意してくれた湯に、私はざばりと浸かった。
 辺境では良くて桶一杯の湯で体を拭うか、夏ならば直接川で水浴び程度の生活が続いていたので、浴槽に並々と湛えられた湯に浸かれるなど王侯貴族のような待遇だとさえ思ってしまう。

 石造りの床にはめ込むようにして作られているだけの簡素な浴場だが、どんな贅沢よりも幸せを感じられるような気さえした。

 だが幸福に浸れたのもつかの間、湯の中で落ち着いてくると様々な問題が頭の中を駆け巡る。妻へ一度は連絡を取らねばならないこと、新しい嫁を早急にも探さねばならないこと。家屋敷はともかく、使用人の手配と財産の管理、英凛の嫁ぎ先探し。

 今は国境での紛争が一段落して、久々の長期休暇をもらっているような状態だから時間はあるが、それとて無限ではない。

 隣国も常に宮廷での政争が激しいから、どうせ飛び火してこちらに攻め入ってくるのも時間の問題だ。隣国は穏健派と武闘派の派閥争いが激しく、穏健派が政権を取れば休戦、武闘派ならば開戦と、隣の政治状態がこちらに直結してくるのだ。

 開戦したらまた国境に駆り出されるんだろうな、嫌だな、でも面倒なことを考えずに戦っている方が楽かな、などと怠惰な方向へ思考が転がり始めた時、後ろから声がかかった。

「旦那様、お湯加減どうです?」

 浴室へ続く引き戸を少し開けて、英凛がひょこっと顔を覗かせていた。扉に背を向けるようにして入っていて良かった、などと思いながら答える。

「ああ、ちょうどいいよ。ありがとう」
「良かったです。じゃあ、久しぶりにお背中流しますね」

 え、と思う暇もなく英凛が扉を開けて浴室へ入ってきた。焦って後ろを振り向くと、白い単衣ひとえだけを身につけて、袖をたすき掛けにしたやる気満々の英凛がいる。

「旦那様のお背中流すなんて、何年ぶりかしら」

 にこにこと英凛は笑って、木椅子に腰掛けるように促してくるがこちらはたまったものではない。慌てて腰に布を巻きつけて前を隠すと、半分思考停止したような状態で湯から上がり椅子に座った。

「昔は旦那様の背中ってすごーく大きく見えたんですけど……やっぱり今も大きいですね」

 洗い布を手にした英凛が、そっと背中に触れる。
 確かにまだ英凛が少女を通り越して幼女であった時代に、こうやって背中を流してもらった記憶がある。「おじさまのせなか、父様よりおっきーい!」とはしゃいで背中に抱きついてくる英凛は例えようもなく可愛らしかった。
 あの時は奉直ほうちょくに滅茶苦茶羨ましがられたものだ。今もはたから見ればかなり羨ましがられる状況ではあるが、私は冷静を装うのに必死だった。

 気のせいか、なんだか妙に滑りのよい洗浄液で、ゴシゴシと言うよりはヌルヌルとした感触がある。それに時折英凛の吐息がかかるものだから、否が応にも意識せざるを得なかった。

「……でも、あの頃はなかった傷がこんなに沢山」

 英凛の声の調子が落ちたと思ったら、細い指がそっと肩口の古傷に触れた。少し皮膚が薄くなっているそこは触られるとなんだかくすぐったい。沈んでしまった英凛を元気づけるように、私はわざと茶化して言った。

「その傷は、奉直のせいなんだ」
「え……? 父様の……?」

「ああ。いつだったかな、結構激戦だった時に奉直が敵の大将首に真正面から突っ込んでけ、なんて無茶な作戦を立てたんだ。でも、絶対に敵の背後に回り込んで挟み討ちにするから、と」

 ただでさえ疲弊していた自軍と、その倍はいる意気揚々とした敵軍。勝ち目はない戦だった。けれども奉直は諦めなかった。

「真正面からぶつかって、その時に傷を負った。それでも奉直を信じて前へ進んだら、いつの間にか奉直が敵の後ろ側に回り込んでて、結局勝てた」

「相変わらず滅茶苦茶ですね、父様……」

 英凛がくすりと笑う。そう、范奉直はんほうちょくとは昔から破天荒な男だった。

「じゃあ、こっちの左腕の傷は?」
「あ、それは奉直がヘマをやらかした時のものだ」
「え?」
「敵軍に美女を送り込まれて、あいつが鼻の下を伸ばして飲んでたら潜んでた斥候にバッサリと。酔いつぶれて寝てる奉直を馬にくくりつけてなんとか脱出した」
「……父様…………」

 心底呆れたような英凛の声が背中から聞こえる。酒・女・博打が大好きで、とことん周りを振り回す駄目男。けれども一度戦場に立てば、そこは彼が支配する碁盤にすぎなくなる天才肌の軍師。それが范奉直という男だった。

「でも古い傷ばかりですね」
「ああ、それは……奉直が死んで無茶をしなく……いや、出来なくなったんだ」
「え……」

「奉直がいた時は、どんな無茶もあいつなら可能にしてくれるから私も随分派手に暴れられた。でも、奉直がいなくなって……同じことをやろうとしたら駄目だった。ほら、その時の傷がこの脇腹のものだ」

 右腕を軽くあげて右脇腹の傷を見せる。奉直の弔い合戦とばかりに無謀に敵に突っ込んで……そして深手を負った。それからは奉直のいない戦場で無茶をしなくなった。出来なくなった。奉直のいない戦が怖くなった。だから堅実に勝てる手段を取って、確実に敵を潰した小心者の結果が『鬼の副将軍』だ。

「旦那様がご無事で……良かった……」

 右側に回って傷を見ていた英凛が労わるように傷に触れる。もうそこはなんともないけれど、この傷のせいで一度は死線をさまよったことは確かだ。

 体についたいくつもの傷と、それにまつわる奉直との思い出。私は感傷に浸りかけていたので、つい次の一手が遅れた。

 脇腹の傷は体の右側を大きく回って腹筋にまで達している。あともう少し深ければ臓器に達していて手遅れになったと、あの時医師に言われた。筋肉の壁が役に立ったとその時の私は思ったのだが、今その腹筋をさわさわと撫でる手がある。

「前も、洗いますね」

 目を細めて嬉しそうに――獲物を見つけた猫のような目だと思った――英凛が洗い布を胸筋へと滑らせる。

「ちょっ……英凛!」

 英凛はいつの間にか前へと移動して私の脚の間に跪いていた。洗浄液が飛び散ったのか、白い単衣はところどころ透けて体にぴったりと貼り付いている。やたら滑りのある洗浄液がテカりを伴って体についているのがなんとも艶かしかった。

 その体がもう少しでくっつきそうなギリギリまで近づいて、英凛は楽しそうに私の体を――と言うか、筋肉を確かめるように洗っていく。

「ふふっ……旦那様って、父様と違って堅ぁい」

 確かに奉直は不摂生が祟ったのかガリガリに痩せていて、筋肉質とは程遠い体つきだった。それでもあいつ、モテたんだよな……と少し悲しい気持ちになる。

 しかし少女のように無邪気に、けれども明らかに艶めいた声で言われた英凛の言葉に私は我を取り戻した。

「英凛っ! 前はいいから!」
「遠慮なさらないで……ね?」

 そう言った英凛の手が腹筋をなぞるように下へと降りていって――腰布の上からそれに触れた瞬間、体中に痺れが走った。

「くっ……英、凛……っ、やめ、なさい……!」

 腰布の上から、形を確かめるように軽く握られる。滑った洗浄液のせいか、まだ先走りもこぼれていないと言うのにぐちゃりと淫靡な音がした。

「旦那様のお相手も……侍女の大切なお勤めですから」
「いやいやいや! こんなことしなくていいから……!」
「あら、どこのお屋敷の侍女もみんなやってますよ?」

 そうなのか? 長らく国境にいた私には最近の傾向はさっぱり分からないが、英凛は侍女である前に親友の娘だ。こんなことをさせられる相手じゃない。そう理性は必死に抗おうとするのだが、体は正直なもので英凛の手に身を委ねたいと訴えていた。

 国境の紛争地帯にはまともな体つきの娼婦などいない。それに私は妻だけでなく、痩せ細った娼婦でも抱けなかったからはっきり言って他人に触れられるのさえ恐ろしく久しぶりだ。

 戦続きで忙しかったせいか、適当に自分で処理すればいいと言う生活に慣れきっていた身にとって、柔らかで温かい女性の手と言うだけでそこはあっという間にいきり立った。

「やめっ……や、めなさい、英凛っ……」
「そうは仰っても、ここは素直に大き……あら? あらら?」

 的確に私を苛んでいた英凛の手が、何かに気づいたように、そこを確かめるようにさわりと動く。英凛に布越しにそこをまじまじと見られていると言うだけで、更に血流が集まってくる心地がした。

「旦那様、もしかして……」
「…………」
「規格外におっきい?」
「女性がそんなこと言うんじゃありません!」

 思わず怒鳴りつけると英凛がクスクス笑った。

「恥ずかしがることじゃないですよ。むしろ男性としては誇ることなのでは?」
「そうは言うが、色々と大変なんだ……」

 英凛に言い当てられた通り、私のそれは規格外だ。そのおかげで国境の痩せた娼婦たちには挿れさせて貰えなかった。大きすぎて痛い、と。悲しくなって少し萎えそうな気がしたが、それはあくまでも気のせいで、加速度を増した英凛の「いたずら」の前にはなす術もなかった。

「すごぉい、旦那様のおっきい……楽しみ」

 うっとりとそれを見つめて扱く英凛に、問い詰めたいことは山ほどあった。このやたらと慣れた手つきと楽しそうな態度はなんだとか、誰のものと比べて「規格外」「大きい」と判断しているのかとか、一体何が「楽しみ」なんだとか。

「え、い、凛……っ……っく!」
「あ、ココ、お好きなんですね」

 さっきから何度か止めさせようと試みるも、それを見計らったかのように私の弱点が暴かれて制止が失敗に終わる。親指の腹ですりすりと裏筋が擦られると、自分が下半身に支配されてしまったかのように動けない。

 布越しのもどかしい刺激に、思わず腰が浮きかける。それを察した英凛が握ったまま立ち上がり、私の太腿に跨るように座った。

 そうするとたわわに実った濡れた単衣の貼りつく胸が目前に、裾が大きく割られて露わになった白く柔らかい太腿ともう少しで見えそうな下帯が私のもののギリギリまで迫ってきて、私から我慢という言葉を奪う。

「……っ! うっ……あ……っ」
「またおっきくなったぁ……それに、すごく熱いです」

 もはや洗浄液なのか先走りなのか分からないもので腰布はぐちょぐちょになっている。早く熱を放出したいという体と、英凛の前ではまずいという理性が戦うが、勝敗は目に見えている。

「英、凛っ……離し、な、さい……っ!」
「いいですよ、いっぱい出して」
「……っ!」

 許可が出たのだからいいじゃないか、と頭の中で弱い心が囁いた。
 ただ、最後に残った年上の男としての矜持だとか、英凛の保護者という立場だとか、そういったものの残骸が虚しい抵抗を試みる。

 そうこうしている間も絶え間無く擦られ、いつの間にか参戦していた英凛の左手が、重く垂れ下がった陰嚢の感触を楽しむかのようにたぷたぷと遊び始めた。
 まるでここから出てくるのは分かっていますよ、とばかりに。

「旦那様、出して……?」
「だ、めだ……っ!」

 英凛の黒い大きな瞳が熱っぽく潤んで私を見つめる。視線が絡み合って目が逸らせず、英凛の熱が私に伝染したように思えた。

 その唇が触れそうなほど近くまで近づいてきて、英凛が掠れる声で囁く。

「……旦那様、好き」

 ふわっと柔らかいものが唇に触れて――私は呆気なく達した。
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