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第24話 帰還地点
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私は未だかつてないほど緊張していた。
再び自宅の扉を前にして。
あの後、有無を言わさず大将首をもいで来て敵軍を壊滅させ、ついでに暫くこちらに攻め入ってこれないように三つほど砦を灰燼に帰して来た。
褒賞が出そうな首級はいくつ挙げたか分からんが、ぶら下げたら重くなって愛馬の脚に影響が出そうだったので打ち捨ててきた。そんな褒賞よりも英凛が作ってくれた料理の方がよっぽど有難い。
後ろで翔星が死にそうな顔をしていたが、あの程度で音を上げるとは情けない。そんな奴にはやっぱり英凛はやれない。帰ったら調練を追加だ。
全身返り血まみれで帰陣すると、洋嘉が苦笑してもう帰っていいよ、と言ってくれた。ただし、そのままじゃあんまりだからせめて血ぐらい落としていきなよ、と言われたのでそこではたと気づいて全身を洗い流す。
それから戦況報告のための先遣隊という建前で、翔星を含めた五十騎ほどを引き連れて、ありがたく帰京の途についた。
一応は公務中なので馬を乗り潰すわけにもいかない。平均よりやや早めの速度で行軍しても、首都へ戻るまで七日ほどかかった。
帰京してからお偉方に戦況を説明し、ついで立ち寄った清寧王府で洋嘉の奥方たちに状況を伝えて先日の謝辞を述べる。謀反が起こりそうだったと聞いていた割には首都は何事もなく平穏で、いつも通りの時間が流れていることに安堵した。
そんなこんなで雑事を片付けてようやく自宅へ戻って来たのだが、時刻は既に夜更け近くなってしまった。
自宅の扉を前に再び私は逡巡する。
英凛にまずは何と言おう。
謝ればいいのか、素直に気持ちを伝えればいいのか、はたまた翔星のごとく求婚するか。考えに考えても答えは出なかった。
このまま自宅の扉の前に立ち続けていても、深夜に不審な中年男が扉の前で立っていると通報されかねない。
それに都合三ヶ月に及ぶ従軍のせいで季節はすっかりと晩秋にさしかかっていて、あまりこうして立っていると寒い。うだるような暑さの中で出陣したのが遠い昔のようだ。
とりあえず言葉が出なくなったら抱き締めて誤魔化そう、という姑息な手段を思いつき、私は自宅の扉に手をかけた。
そして少し考えて――鍵を開けてからそっと扉を開けたのだが、残念ながら英凛が転がり出てくることはなかった。
冷静に考えれば夜更け近いのだし、私が帰京するという旨の書簡は出していなかったから――多分、書簡が届くよりも早く帰ることになりそうだったから――普通に考えて英凛は眠ってしまっているかもしれない。
回廊を進むが、家の中は静まり返っていて母屋にも灯り一つない。食堂、厨房と進むがこちらも一切の火が落とされていて人の気配はない。
厨房まで来たついでに裏庭へ出て、英凛の部屋がある使用人棟の方へ向かう。だがしかしそこにも灯りは灯っていなかった。
もしも英凛が眠っているのならば起こさないように、と気をつけてそっと英凛の部屋の扉を開ける。格子窓から差し込む月明かりを頼りに英凛の寝台の方へと向かった。
「……え…………?」
英凛の幸せそうな寝顔を想像していた私は一気に肝が冷えた。
寝台には誰もいない。寝台を使った形跡もなく、冷え切った寝具だけが綺麗に畳まれている。
一瞬、「いい加減に愛想がつきましたので実家に帰らせていただきます」という離婚の常套句が脳裏に浮かぶ。
いやきっと、たまたま実家に戻っているだけだ、きっとそうだ、そもそも離婚以前にまだ結婚してないし……と思いながら私はとぼとぼと自室へ戻ろうとした。
それに私が今日戻ってくるとは英凛には連絡していないのだ。こんなことなら焦らずに連絡しておけば良かったと思ったがもう遅い。今日は一人寂しく眠るしかない。
悲しみにくれながら自分の書斎へ入り、その奥の寝室へ向かおうとした時だった。
「…………?」
なんだか寝室にぼんやりと灯りがついている気がする。気のせいでなければ人の気配もする。そして話し声が……いや、話しているというより、これは……
物音を立てないようにそっと寝室の扉に近づき、耳をそばだてる。
「……っあ…………ん……っ」
……この声は、英凛?
「……ん、んんっ……っあ! ん、やぁっ……」
間違いない。これは英凛の嬌声だ。それと寝台がかすかに軋む音。
その瞬間、私の頭にカッと血が上った。
誰だ。誰と共にいる。
いや、そんな奴は一人しかいない。私と共に帰京した、英凛に懸想している奴がいる。
あいつを引っ張り込んだのか。私の寝台に。
いや、もしくは嫌がる英凛を無理矢理手篭めにしているのかもしれない。
そう思うと居ても立っても居られず、寝室の扉を勢いよく開け放った。
「英凛‼︎」
「……っあ! ……だ、旦那様⁉︎」
がばりと身を起こしてこちらを見た英凛は、慌てて何かを後ろにサッと隠した。そうして掛布を引っ張り上げて体を隠すが、白く細い肩は晒されていて、衣服は寝台の下や上に散らばっている。
英凛の瞳は潤んで頬は紅潮し、わずかに上気している。情事の痕跡がそこかしこにあった。
「……英凛、今、後ろに何を……いや、誰を隠した」
「えっ……え、っと……だ、旦那様、今日お戻りだったんですか……?」
「ああ。急いで帰ってきてみればまさかこんなことになっているとは。こんな悪い子は縛り上げてお仕置きしないといけないな」
「えっ……何を……?」
「怒らないから見せなさい。いるんだろう、翔星!」
怒らないと言ったそばからキレた私は掛布がびりりと音を立てて破けるのも構わずに、英凛から剥ぎ取った。果たして掛布の下には、一糸纏わぬ姿の英凛と……あれ? 英凛しかいない?
「……? 翔星を引っ張り込んでたんじゃないのか……?」
「何を誤解しているんですか! これは……!」
顔を真っ赤にさせた英凛が体の前で腕を交差させて胸を隠し、潤んだ瞳できっと睨んできた。
「これは……何をしていた?」
ぎしり、と寝台に片膝をついて英凛にのしかかる。腕の中に捉えた英凛は怯えと恥ずかしさと――そして期待とが入り混じった顔を晒していた。
「何をしていたんだ、英凛。言いなさい」
「……っ! …………旦那様がいらっしゃらなくて、淋しくて……」
「淋しくて?」
「……旦那様の寝台で……旦那様の匂いを嗅ぎながら……」
ちらりと英凛が視線を横に逸らす。そこには確かに少し皺の寄った私の上衣があった。これを隠したかったのか、随分と可愛らしいと思ったが、英凛はやはり英凛でしかなかった。
「……今日、やっと頼んでたこれが出来上がって来たんです……だから……」
「……は?」
そう言って英凛が枕の下からごろんと取り出したのは、つやつやと表面が光る木でできた、細長い棒で……というか、この太さと言い、長さと言い、張り出した感じや、本物のように浮き出た血管まで彫り込まれているこれは……
「……これは、私の……か?」
「……そうです……特注でお願いして……今日やっと手に入ったんです」
そう、それはまごうことなく私の分身の分身、つまりは張り型だった。もう何だか寝ている間に型でも取られたのではないかと思うほど、そっくりだ。
「なんてものを作ってるんだ……」
さっきから色々と緊張していた気持ちが途切れて、がっくりと肩を落とす。相変わらず英凛はもう、いつでも通常運転だな!
「だって……旦那様のおっきいから、これで練習しておこうと思って……」
「そんな予行演習はいらん!」
「でもおっきすぎてちゃんと慣らさないと入らなくて……その、指で、してたら、旦那様が帰ってきて……」
はあああ……と私はこれ以上ないほどに深いため息をついた。
多分、私は悪くない。
だって誰が想像できるだろうか。自分の分身の分身がいつの間にか作られていて、それを挿れるために自分で慣らして喘いでいたなんて。
「……これはまだ使っていないのか?」
「え? ええ。今日届いたばかりで、これから使おうかと思ってたところで……」
「……こんなものに先を越されなくて良かった」
「あ!」
私はぽいっとそれを寝台の隅に投げた。自分に先を越されるなんて冗談じゃない。
「あれ、高かったのに……」
そうだろうな!
あんな精巧な特注品、いくらかかったのか知りたくもないし、そんなものが発注できることにも驚きだ。
名残惜しそうにそれを見つめている英凛の頬に手を当てて、こちらを向かせる。
一つため息をついて英凛の瞳をじっと見つめると、こんな状況だと言うのに澄んだ瞳の英凛は本当に純粋なのか大物なのか分からなくなる。
「……英凛、回り道をして、色々と待たせて……その、済まなかった」
「……いいんです、旦那様がまたこうして帰ってきて下さったから」
幸せそうに笑った英凛にどこか私は安心して、ようやくそれで腹が決まった。
「……先に言っておかねばならないことがある。私は英凛より随分と年上だし、職業的にもいつ何があるかわからない」
「……はい」
「いつかきっと、英凛を残して先に逝く。本当はもう英凛を泣かせたくない。だからこれは私の我儘だ。それでも私は……英凛と共にいたい」
「旦那様……!」
ぽろり、と涙をこぼした英凛を強く抱きしめた。英凛の肌の温かさに、ようやく帰ってきたのだと実感する。
「ずっと待たせて済まなかった」
「大丈夫です、待つのは慣れていますから」
英凛の目尻に口付けて、こぼれ落ちた綺麗な雫をそっと舐め取る。どこにもかしこにも口付けたい衝動に駆られた。
「英凛……もう私は英凛がいないと生きていけない。何よりも英凛が大切だ。どんな時も英凛と共にいると誓う。何者からも英凛を守ると誓う。いつでも英凛の幸せを願っている。だから……英凛の未来をくれ。必ず幸せにする。英凛……愛している、英凛」
「…………っ!」
そう思いの丈を伝えると、英凛は真っ赤になって手で顔を覆ってしまった。
「……旦那様、卑怯です……」
「卑怯も何も本当のことだ。英凛が好きだ。愛している。英凛さえいれば他に何もいらない」
「~~~~っ!」
思っていることをそのまま伝えているだけなのに、英凛はこれ以上ないほど顔を赤くさせて小さく震えだす。その姿があまりにも可愛らしくて思わず微笑してしまった。
「英凛、愛している」
「…………」
ちらり、と上目遣いでこちらを見上げてくる。瞳は潤みきっていてもうとろけてしまいそうになっていた。
「英凛、英凛……どうか返事をくれ。愛している。この世で一番幸せにする。だから、私の……妻になってくれ、英凛」
「旦那、様……っ!」
英凛が瞳を閉じて顔を近づけ、返事をくれた。寄せられたその唇は柔らかくて熱くて、これがずっと私の求めていたものだと、今更ながら気づかされる。
必死で舌を絡めてくる英凛をあやすように、優しい口付けを何度も繰り返す。このまま溶け合ってしまうのではないかと思うほどに溺れた。
英凛の口の中はどこもかしこも柔らかくて、私を心地よい温かさで包み込む。舌で歯列をなぞり、上顎を撫で上げ、舌を吸い上げると、英凛の体がびくりと震えた。
絡め合わせた舌の合間から唾液を飲ませれば、白い喉が上下してこくりとそれを飲み込んでいく。その動きにいつもあれを飲んでくれているのを連想してしまって、思わず下半身に熱が集まった。
ようやく口付けを解き、腕の中に捉えていた英凛を見下ろすと、そう言えば英凛が全裸だったことに気づいた。よく見ればつんと乳首も尖っているし、内股気味になっている腿の間は既に湿り気を帯びている。
もう準備万端と言った状態の英凛に苦笑して、一つ問いかける。
「英凛……その……いいか?」
「……勿論です」
とろんと溶けた表情で英凛が答える。私は上衣を脱ぎ捨て、下衣に手をかけようとしてふとあることに気づいた。
「英凛、一つ言っておきたいことがあって……」
「私も旦那様にお伝えしたいことが……」
口を開こうとするが、お互いに遠慮してしまってなかなか言い出せない。英凛が伝えたいこととは何だろうか。気になるが、まずは私のことを言わねば……と思い切って言ったところ、モロにかぶった。
「……実は初めてなんだ。お手柔らかに頼む」
「……本当は初めてなんです。優しくしてくださると……」
「はぁっ⁉︎」
「えぇっ⁉︎」
お互いに絶句して、何も言えなくなった。
再び自宅の扉を前にして。
あの後、有無を言わさず大将首をもいで来て敵軍を壊滅させ、ついでに暫くこちらに攻め入ってこれないように三つほど砦を灰燼に帰して来た。
褒賞が出そうな首級はいくつ挙げたか分からんが、ぶら下げたら重くなって愛馬の脚に影響が出そうだったので打ち捨ててきた。そんな褒賞よりも英凛が作ってくれた料理の方がよっぽど有難い。
後ろで翔星が死にそうな顔をしていたが、あの程度で音を上げるとは情けない。そんな奴にはやっぱり英凛はやれない。帰ったら調練を追加だ。
全身返り血まみれで帰陣すると、洋嘉が苦笑してもう帰っていいよ、と言ってくれた。ただし、そのままじゃあんまりだからせめて血ぐらい落としていきなよ、と言われたのでそこではたと気づいて全身を洗い流す。
それから戦況報告のための先遣隊という建前で、翔星を含めた五十騎ほどを引き連れて、ありがたく帰京の途についた。
一応は公務中なので馬を乗り潰すわけにもいかない。平均よりやや早めの速度で行軍しても、首都へ戻るまで七日ほどかかった。
帰京してからお偉方に戦況を説明し、ついで立ち寄った清寧王府で洋嘉の奥方たちに状況を伝えて先日の謝辞を述べる。謀反が起こりそうだったと聞いていた割には首都は何事もなく平穏で、いつも通りの時間が流れていることに安堵した。
そんなこんなで雑事を片付けてようやく自宅へ戻って来たのだが、時刻は既に夜更け近くなってしまった。
自宅の扉を前に再び私は逡巡する。
英凛にまずは何と言おう。
謝ればいいのか、素直に気持ちを伝えればいいのか、はたまた翔星のごとく求婚するか。考えに考えても答えは出なかった。
このまま自宅の扉の前に立ち続けていても、深夜に不審な中年男が扉の前で立っていると通報されかねない。
それに都合三ヶ月に及ぶ従軍のせいで季節はすっかりと晩秋にさしかかっていて、あまりこうして立っていると寒い。うだるような暑さの中で出陣したのが遠い昔のようだ。
とりあえず言葉が出なくなったら抱き締めて誤魔化そう、という姑息な手段を思いつき、私は自宅の扉に手をかけた。
そして少し考えて――鍵を開けてからそっと扉を開けたのだが、残念ながら英凛が転がり出てくることはなかった。
冷静に考えれば夜更け近いのだし、私が帰京するという旨の書簡は出していなかったから――多分、書簡が届くよりも早く帰ることになりそうだったから――普通に考えて英凛は眠ってしまっているかもしれない。
回廊を進むが、家の中は静まり返っていて母屋にも灯り一つない。食堂、厨房と進むがこちらも一切の火が落とされていて人の気配はない。
厨房まで来たついでに裏庭へ出て、英凛の部屋がある使用人棟の方へ向かう。だがしかしそこにも灯りは灯っていなかった。
もしも英凛が眠っているのならば起こさないように、と気をつけてそっと英凛の部屋の扉を開ける。格子窓から差し込む月明かりを頼りに英凛の寝台の方へと向かった。
「……え…………?」
英凛の幸せそうな寝顔を想像していた私は一気に肝が冷えた。
寝台には誰もいない。寝台を使った形跡もなく、冷え切った寝具だけが綺麗に畳まれている。
一瞬、「いい加減に愛想がつきましたので実家に帰らせていただきます」という離婚の常套句が脳裏に浮かぶ。
いやきっと、たまたま実家に戻っているだけだ、きっとそうだ、そもそも離婚以前にまだ結婚してないし……と思いながら私はとぼとぼと自室へ戻ろうとした。
それに私が今日戻ってくるとは英凛には連絡していないのだ。こんなことなら焦らずに連絡しておけば良かったと思ったがもう遅い。今日は一人寂しく眠るしかない。
悲しみにくれながら自分の書斎へ入り、その奥の寝室へ向かおうとした時だった。
「…………?」
なんだか寝室にぼんやりと灯りがついている気がする。気のせいでなければ人の気配もする。そして話し声が……いや、話しているというより、これは……
物音を立てないようにそっと寝室の扉に近づき、耳をそばだてる。
「……っあ…………ん……っ」
……この声は、英凛?
「……ん、んんっ……っあ! ん、やぁっ……」
間違いない。これは英凛の嬌声だ。それと寝台がかすかに軋む音。
その瞬間、私の頭にカッと血が上った。
誰だ。誰と共にいる。
いや、そんな奴は一人しかいない。私と共に帰京した、英凛に懸想している奴がいる。
あいつを引っ張り込んだのか。私の寝台に。
いや、もしくは嫌がる英凛を無理矢理手篭めにしているのかもしれない。
そう思うと居ても立っても居られず、寝室の扉を勢いよく開け放った。
「英凛‼︎」
「……っあ! ……だ、旦那様⁉︎」
がばりと身を起こしてこちらを見た英凛は、慌てて何かを後ろにサッと隠した。そうして掛布を引っ張り上げて体を隠すが、白く細い肩は晒されていて、衣服は寝台の下や上に散らばっている。
英凛の瞳は潤んで頬は紅潮し、わずかに上気している。情事の痕跡がそこかしこにあった。
「……英凛、今、後ろに何を……いや、誰を隠した」
「えっ……え、っと……だ、旦那様、今日お戻りだったんですか……?」
「ああ。急いで帰ってきてみればまさかこんなことになっているとは。こんな悪い子は縛り上げてお仕置きしないといけないな」
「えっ……何を……?」
「怒らないから見せなさい。いるんだろう、翔星!」
怒らないと言ったそばからキレた私は掛布がびりりと音を立てて破けるのも構わずに、英凛から剥ぎ取った。果たして掛布の下には、一糸纏わぬ姿の英凛と……あれ? 英凛しかいない?
「……? 翔星を引っ張り込んでたんじゃないのか……?」
「何を誤解しているんですか! これは……!」
顔を真っ赤にさせた英凛が体の前で腕を交差させて胸を隠し、潤んだ瞳できっと睨んできた。
「これは……何をしていた?」
ぎしり、と寝台に片膝をついて英凛にのしかかる。腕の中に捉えた英凛は怯えと恥ずかしさと――そして期待とが入り混じった顔を晒していた。
「何をしていたんだ、英凛。言いなさい」
「……っ! …………旦那様がいらっしゃらなくて、淋しくて……」
「淋しくて?」
「……旦那様の寝台で……旦那様の匂いを嗅ぎながら……」
ちらりと英凛が視線を横に逸らす。そこには確かに少し皺の寄った私の上衣があった。これを隠したかったのか、随分と可愛らしいと思ったが、英凛はやはり英凛でしかなかった。
「……今日、やっと頼んでたこれが出来上がって来たんです……だから……」
「……は?」
そう言って英凛が枕の下からごろんと取り出したのは、つやつやと表面が光る木でできた、細長い棒で……というか、この太さと言い、長さと言い、張り出した感じや、本物のように浮き出た血管まで彫り込まれているこれは……
「……これは、私の……か?」
「……そうです……特注でお願いして……今日やっと手に入ったんです」
そう、それはまごうことなく私の分身の分身、つまりは張り型だった。もう何だか寝ている間に型でも取られたのではないかと思うほど、そっくりだ。
「なんてものを作ってるんだ……」
さっきから色々と緊張していた気持ちが途切れて、がっくりと肩を落とす。相変わらず英凛はもう、いつでも通常運転だな!
「だって……旦那様のおっきいから、これで練習しておこうと思って……」
「そんな予行演習はいらん!」
「でもおっきすぎてちゃんと慣らさないと入らなくて……その、指で、してたら、旦那様が帰ってきて……」
はあああ……と私はこれ以上ないほどに深いため息をついた。
多分、私は悪くない。
だって誰が想像できるだろうか。自分の分身の分身がいつの間にか作られていて、それを挿れるために自分で慣らして喘いでいたなんて。
「……これはまだ使っていないのか?」
「え? ええ。今日届いたばかりで、これから使おうかと思ってたところで……」
「……こんなものに先を越されなくて良かった」
「あ!」
私はぽいっとそれを寝台の隅に投げた。自分に先を越されるなんて冗談じゃない。
「あれ、高かったのに……」
そうだろうな!
あんな精巧な特注品、いくらかかったのか知りたくもないし、そんなものが発注できることにも驚きだ。
名残惜しそうにそれを見つめている英凛の頬に手を当てて、こちらを向かせる。
一つため息をついて英凛の瞳をじっと見つめると、こんな状況だと言うのに澄んだ瞳の英凛は本当に純粋なのか大物なのか分からなくなる。
「……英凛、回り道をして、色々と待たせて……その、済まなかった」
「……いいんです、旦那様がまたこうして帰ってきて下さったから」
幸せそうに笑った英凛にどこか私は安心して、ようやくそれで腹が決まった。
「……先に言っておかねばならないことがある。私は英凛より随分と年上だし、職業的にもいつ何があるかわからない」
「……はい」
「いつかきっと、英凛を残して先に逝く。本当はもう英凛を泣かせたくない。だからこれは私の我儘だ。それでも私は……英凛と共にいたい」
「旦那様……!」
ぽろり、と涙をこぼした英凛を強く抱きしめた。英凛の肌の温かさに、ようやく帰ってきたのだと実感する。
「ずっと待たせて済まなかった」
「大丈夫です、待つのは慣れていますから」
英凛の目尻に口付けて、こぼれ落ちた綺麗な雫をそっと舐め取る。どこにもかしこにも口付けたい衝動に駆られた。
「英凛……もう私は英凛がいないと生きていけない。何よりも英凛が大切だ。どんな時も英凛と共にいると誓う。何者からも英凛を守ると誓う。いつでも英凛の幸せを願っている。だから……英凛の未来をくれ。必ず幸せにする。英凛……愛している、英凛」
「…………っ!」
そう思いの丈を伝えると、英凛は真っ赤になって手で顔を覆ってしまった。
「……旦那様、卑怯です……」
「卑怯も何も本当のことだ。英凛が好きだ。愛している。英凛さえいれば他に何もいらない」
「~~~~っ!」
思っていることをそのまま伝えているだけなのに、英凛はこれ以上ないほど顔を赤くさせて小さく震えだす。その姿があまりにも可愛らしくて思わず微笑してしまった。
「英凛、愛している」
「…………」
ちらり、と上目遣いでこちらを見上げてくる。瞳は潤みきっていてもうとろけてしまいそうになっていた。
「英凛、英凛……どうか返事をくれ。愛している。この世で一番幸せにする。だから、私の……妻になってくれ、英凛」
「旦那、様……っ!」
英凛が瞳を閉じて顔を近づけ、返事をくれた。寄せられたその唇は柔らかくて熱くて、これがずっと私の求めていたものだと、今更ながら気づかされる。
必死で舌を絡めてくる英凛をあやすように、優しい口付けを何度も繰り返す。このまま溶け合ってしまうのではないかと思うほどに溺れた。
英凛の口の中はどこもかしこも柔らかくて、私を心地よい温かさで包み込む。舌で歯列をなぞり、上顎を撫で上げ、舌を吸い上げると、英凛の体がびくりと震えた。
絡め合わせた舌の合間から唾液を飲ませれば、白い喉が上下してこくりとそれを飲み込んでいく。その動きにいつもあれを飲んでくれているのを連想してしまって、思わず下半身に熱が集まった。
ようやく口付けを解き、腕の中に捉えていた英凛を見下ろすと、そう言えば英凛が全裸だったことに気づいた。よく見ればつんと乳首も尖っているし、内股気味になっている腿の間は既に湿り気を帯びている。
もう準備万端と言った状態の英凛に苦笑して、一つ問いかける。
「英凛……その……いいか?」
「……勿論です」
とろんと溶けた表情で英凛が答える。私は上衣を脱ぎ捨て、下衣に手をかけようとしてふとあることに気づいた。
「英凛、一つ言っておきたいことがあって……」
「私も旦那様にお伝えしたいことが……」
口を開こうとするが、お互いに遠慮してしまってなかなか言い出せない。英凛が伝えたいこととは何だろうか。気になるが、まずは私のことを言わねば……と思い切って言ったところ、モロにかぶった。
「……実は初めてなんだ。お手柔らかに頼む」
「……本当は初めてなんです。優しくしてくださると……」
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お互いに絶句して、何も言えなくなった。
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