無字の後宮 ―復讐の美姫は紅蓮の苑に嗤う―

葦原とよ

文字の大きさ
10 / 75
第1章 獣の檻

第10話 掖庭宮

しおりを挟む

 それから渓青けいせいはかわりのきちんとした朝餉あさげを運んできてくれ、なにくれとなく翠蓮すいれんの世話を焼いてくれた。昼過ぎになってようやく翠蓮の気持ちが落ち着いてくるころ、改めて二人は顔を合わせた。

「……さて呉才人ごさいじん様。貴女の目的を遂げるために、今後私はどのように動けばよいでしょうか」
「まずは……」

 翠蓮は渓青の瞳を見つめて言った。

「その『呉才人様』を止めていただけませんか。二人きりのときだけでも、以前のように『翠蓮』と呼んで欲しいのです。『才人』などと……私が望んで得た位なのではないのですから」

 翠蓮の言葉に渓青は微笑んで返した。

「かしこまりました。では……翠蓮様も私に対する敬語と敬称は控えられますように」
「分かりました。しばらくは慣れないでしょうが、努力します。それで……まずは教えて欲しいことが二つと、お願いが一つあります」
「なんなりと」
「では……一つ目に教えて欲しいことですが、現在の掖庭宮ここのことについて教えてください」

 渓青はすこし考えこむようにしてから切りだした。

「後宮のことですか……そうですね、まずは今、後宮の主たる皇后陛下がご不在なことはご存知ですね?」
「ええ」

「孫皇后が先だって身罷られてから、陛下は新たに皇后を立てておられません。それで妃嬪の方々は余計にけんを競いあっているわけですが……噂では陛下は今後、皇后を置くつもりはないと言われています」
「そうなのですか?」
「はい。一説には孫皇后の兄……孫佐儀そんさぎ様に遠慮されているとか。あらたに皇后を立てれば、そのご実家にも配慮しなくてはなりませんからね。もっともそんな理由よりも即物的な理由のほうが大きいのでは、と私は睨んでおりますが」
「即物的、とは?」
「単純に、皇后がいると鬱陶しいからですよ」

 渓青は肩をすくめて皮肉っぽく笑った。

「陛下はかなりの好色ですが、いままでは若いころから影で陛下を支えていた孫皇后に頭が上がりませんでした。妃嬪も皇后の許可がなければ勝手に増やすことはできなかった……まあ、つまりは恐妻家です」
「そのかせがなくなって、たがが外れはじめた……と?」
「そういうことです。皇后陛下がご存命ならば、貴女がこうしてここに入れられることは絶対になかったでしょうね」

 翠蓮はしばし考えこんだ。皇帝が皇后をあらたに置くつもりがないということは、翠蓮が皇后になる余地はあまりなさそうだ、ということだ。

「孫皇后は陛下に隠然たる影響を及ぼしていました。漁色も許しませんでしたし、後宮に入るのも皇后の息がかかった生真面目で家柄のしっかりした女性ばかりでした。ところが皇后陛下が亡くなってから、それが崩れはじめている。以前では絶対に後宮には入れなかった身元の者、未亡人や子持ちの女性もいます。そしてその最たる例が……貴女です。息子の許嫁、つまりは義理の娘になるかもしれなかった女性にまで手をだした」

「……つまり陛下はいままで許されなかった『禁忌』を楽しみたがっている、と?」

「そうです。今朝方、貴女にくだらない仕打ちをした方たちも、皇后陛下に選ばれてここへきた女性たちです。彼女らには『皇后陛下に選ばれた』という自負がありますが、最近陛下が召されるのは『そうではない』者たちなので、彼女らも焦っているのです」

「なるほど……状況は分かりました。ではそれを踏まえて渓青殿……渓青にはお願いが一つあります」
「なんでしょうか」
「たしか渓青の実家は薬舗やくほでしたね?」
「よく……覚えていらっしゃいますね。初めてお会いしたときにちらりとお話ししただけだったと思いますが」

 翠蓮が渓青の実家のことを持ちだすと、渓青は軽く驚いた表情を浮かべたので、翠蓮は種明かしをした。

「……公燕様が喉を痛めたときは渓青の家の薬が一番よく効く、といつもおっしゃっていたのです」
「なるほど。それは光栄です。それで……実家からなにか薬を取り寄せたいのですか?」
「はい……」

 さすがにそれを普通に口にだすのははばかられたので、翠蓮が渓青の耳元にこそっと耳打ちすると、渓青は虚をつかれたような顔をした。

「……あれを……取り寄せて……どうされる、のですか……?」

 それを言うことはひどく勇気がいることだったが、翠蓮は覚悟を決めると渓青をじっと見つめて言った。

「あれを使って……私に女としての悦びを教えてほしいのです」

 今度こそ渓青はぴしりと固まったまま、動かなくなった。


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

処理中です...