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第1章 獣の檻
第10話 掖庭宮
しおりを挟むそれから渓青はかわりのきちんとした朝餉を運んできてくれ、なにくれとなく翠蓮の世話を焼いてくれた。昼過ぎになってようやく翠蓮の気持ちが落ち着いてくるころ、改めて二人は顔を合わせた。
「……さて呉才人様。貴女の目的を遂げるために、今後私はどのように動けばよいでしょうか」
「まずは……」
翠蓮は渓青の瞳を見つめて言った。
「その『呉才人様』を止めていただけませんか。二人きりのときだけでも、以前のように『翠蓮』と呼んで欲しいのです。『才人』などと……私が望んで得た位なのではないのですから」
翠蓮の言葉に渓青は微笑んで返した。
「かしこまりました。では……翠蓮様も私に対する敬語と敬称は控えられますように」
「分かりました。しばらくは慣れないでしょうが、努力します。それで……まずは教えて欲しいことが二つと、お願いが一つあります」
「なんなりと」
「では……一つ目に教えて欲しいことですが、現在の掖庭宮のことについて教えてください」
渓青はすこし考えこむようにしてから切りだした。
「後宮のことですか……そうですね、まずは今、後宮の主たる皇后陛下がご不在なことはご存知ですね?」
「ええ」
「孫皇后が先だって身罷られてから、陛下は新たに皇后を立てておられません。それで妃嬪の方々は余計に妍を競いあっているわけですが……噂では陛下は今後、皇后を置くつもりはないと言われています」
「そうなのですか?」
「はい。一説には孫皇后の兄……孫佐儀様に遠慮されているとか。あらたに皇后を立てれば、そのご実家にも配慮しなくてはなりませんからね。もっともそんな理由よりも即物的な理由のほうが大きいのでは、と私は睨んでおりますが」
「即物的、とは?」
「単純に、皇后がいると鬱陶しいからですよ」
渓青は肩をすくめて皮肉っぽく笑った。
「陛下はかなりの好色ですが、いままでは若いころから影で陛下を支えていた孫皇后に頭が上がりませんでした。妃嬪も皇后の許可がなければ勝手に増やすことはできなかった……まあ、つまりは恐妻家です」
「その枷がなくなって、箍が外れはじめた……と?」
「そういうことです。皇后陛下がご存命ならば、貴女がこうしてここに入れられることは絶対になかったでしょうね」
翠蓮はしばし考えこんだ。皇帝が皇后をあらたに置くつもりがないということは、翠蓮が皇后になる余地はあまりなさそうだ、ということだ。
「孫皇后は陛下に隠然たる影響を及ぼしていました。漁色も許しませんでしたし、後宮に入るのも皇后の息がかかった生真面目で家柄のしっかりした女性ばかりでした。ところが皇后陛下が亡くなってから、それが崩れはじめている。以前では絶対に後宮には入れなかった身元の者、未亡人や子持ちの女性もいます。そしてその最たる例が……貴女です。息子の許嫁、つまりは義理の娘になるかもしれなかった女性にまで手をだした」
「……つまり陛下はいままで許されなかった『禁忌』を楽しみたがっている、と?」
「そうです。今朝方、貴女にくだらない仕打ちをした方たちも、皇后陛下に選ばれてここへきた女性たちです。彼女らには『皇后陛下に選ばれた』という自負がありますが、最近陛下が召されるのは『そうではない』者たちなので、彼女らも焦っているのです」
「なるほど……状況は分かりました。ではそれを踏まえて渓青殿……渓青にはお願いが一つあります」
「なんでしょうか」
「たしか渓青の実家は薬舗でしたね?」
「よく……覚えていらっしゃいますね。初めてお会いしたときにちらりとお話ししただけだったと思いますが」
翠蓮が渓青の実家のことを持ちだすと、渓青は軽く驚いた表情を浮かべたので、翠蓮は種明かしをした。
「……公燕様が喉を痛めたときは渓青の家の薬が一番よく効く、といつもおっしゃっていたのです」
「なるほど。それは光栄です。それで……実家からなにか薬を取り寄せたいのですか?」
「はい……」
さすがにそれを普通に口にだすのは憚られたので、翠蓮が渓青の耳元にこそっと耳打ちすると、渓青は虚をつかれたような顔をした。
「……あれを……取り寄せて……どうされる、のですか……?」
それを言うことはひどく勇気がいることだったが、翠蓮は覚悟を決めると渓青をじっと見つめて言った。
「あれを使って……私に女としての悦びを教えてほしいのです」
今度こそ渓青はぴしりと固まったまま、動かなくなった。
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