無字の後宮 ―復讐の美姫は紅蓮の苑に嗤う―

葦原とよ

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第1章 獣の檻

第11話 宦者と計画

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 思考を止めてしまった渓青けいせいに、翠蓮すいれんは自分がやろうとしていることを簡単にまとめて話した。

「それは……そのあまりに……」
「無謀だ、と言いたいのは分かります。けれども、できるかもしれない、とも今、ちらりと思ったでしょう?」
「え、ええ……」

 翠蓮が渓青の顔色を読み当てると、渓青は少しばつの悪そうな顔をしたあと、すぐに真面目な表情になって考えこむように言った。

「確かにできるかもしれません……けれども、その……今の貴女ではおそらく……ええと、技術不足、と申しますか……」

 渓青は計画を反芻はんすうするように思案する表情を浮かべ、しどろもどろにそういった。

「だから、教えてほしいと言ったのです。それとも渓青にはできませんか? ならばだれか他の者を……」
「いえ! いえ……できるのですが……その……私などでよろしいのですか?」

 いまだこの節におよんで躊躇ちゅうちょしている渓青に、翠蓮はその瞳を覗きこんで告げた。

「……私は、貴方がよいのです」

 いままでなにも選んでこなかった。なにも選べなかった。だから今、選べるのならば渓青がよい、と思ったのだ。

「私は……宦者かんじゃにされた身です。本当の意味ではお教えすることはできないでしょう」
「けれども宦官でも、女官や妃嬪の相手をする方法はあるのでしょう? それが貴方がここで新参者ながら重宝されている、とさきほどいった理由ではありませんか?」
「……ご明察です……」

 翠蓮がそういうと、渓青は手で顔を覆ってがっくりとうなだれてしまった。

「……宦官になるには、大きく分けると二つに分かれます……一つは私のように罪を犯して宮刑を受けた者。もう一つは貧しさから逃れるために自ら切り落とす――自宮じきゅうする者です」

 渓青は視線を落としたまま語り続けた。

「自宮する者は幼いころに切除する者が多く、男として体が発達する前に宦官になってしまうので、小柄で男性性のない体つきの者がほとんどです。一方で、宮刑を受けた者たちはそれなりに年齢がいった状態で将来を絶たれるので、老後への不安から蓄財や保身に走る者が多く、体を鍛えるということなどとは無縁で……結果、肥え太った締まりのない体になります」

「そんな中で、清冽な面持ちとよく鍛えられた引き締まった武人の体を持つ貴方が……重宝・・されないわけがないですよね。さながら飢えた雌狼の群れに入れられた若い雄鹿、といったところでしょう?」
「そのとおりです……」

 すこし顔を赤くして渓青はこちらを見た。

「ここに来てからそれほど経っていませんが、方々ほうぼうから声がかかり……正直あまり満足に眠れていないほどです」
「まぁ……それほどとは……悪いことをお願いしてしまったでしょうか」
「いえ、正式に貴女付きになりましたので多少は減るかと。それに……こうして貴女のそばにいられるだなんて、昔の自分が知ったら嫉妬で殺されてしまうでしょうね」

 くすりと笑いながら冗談めかしていった渓青に、翠蓮もどこか安堵して話を続けた。

「そんな状況では貴方を独占することは、妃嬪や女官たちのいらぬ反感を買うことになりそうですね」
「おそらく……」
「もとより貴方を束縛するつもりはありませんが、時間は有限です。容貌と年齢を武器に争えるのも限りがあります。 ……手駒を産むのも」

 復讐を遂げるためにはどんな手段だってとってみせる、と翠蓮が低い声で呟くと渓青は一度ごくりと唾を飲みこんではらを決めたように翠蓮を見据えた。

「ご希望のものは早急に手配します。届きましたら……お望みどおりに」
「ええ」

 共犯者けいせいの応えに満足して、翠蓮は微笑んだ。


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