無字の後宮 ―復讐の美姫は紅蓮の苑に嗤う―

葦原とよ

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第1章 獣の檻

第12話 死の接吻

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 夜更けに肌寒さを感じて翠蓮すいれんは目を覚ました。かたわらには公燕こうえんが穏やかに眠っていて、今までのことは全て悪い夢だったのだと教えてくれる。

 公燕の肌は不思議とひんやりと冷たく、肌寒さの原因はこれか、と翠蓮は思った。公燕を暖めようと思った翠蓮は、公燕の冷え切った手を取り、その身を寄せる。

 するとそれに気づいたのか公燕がうっすらと目を開けてこちらを見た。

「公燕様……」
「……翠、れ……」

 蓮、と発するはずだった公燕の口からはごぷっと鮮血が溢れ出た。こちらへ傾げた首はごろりともげる。

「ひっ……!」

 慌てて跳ね起きた翠蓮に、首だけになった公燕が話しかける。

「翠蓮……寒い、寒いんだ……」
「いやっ……!」
「いつものように抱きしめて暖めておくれ……」

 首がずりずりと近寄ってきたと思えば、首を失った体が翠蓮に迫ってきてぐいと二の腕を掴む。

「いやあああっ!」
「なぜ拒むんだ翠蓮……お前のために身をていしたのに……」
「嫌あっ! だって、だって……!」
「私はとても寒い……寒くて暗くて前が見えない……」
「お願い、貴方はもう……っ!」
「寒い……寒イ……サ、むイ……」

 公燕の首から、胸から、腹から滴り落ちる氷水のような血が翠蓮の体を染め上げていく。怨念が体に刻み込まれていくようで、振り払いたいのにじわりじわりと肌が侵食されていった。

 そこから公燕の思念――否、怨嗟えんさの声が体の内側から翠蓮を揺さぶる。

 死にたくなかった。
 もっと生きたかった。
 なぜ死なねばならなかった。
 琰単えんたんが、自分を見殺しにした父が、憎い。
 翠蓮を守るために歯向かったのに、結局守れなかった。
 守りきれずにただ、死んだ。
 こんなことならば――
 もしも、翠蓮が――

 もしも、翠蓮と――

「嗚呼……紅イ……紅イ蓮のよウだよ、翠蓮……」

 公燕の首がふわりと浮かびあがり、どす黒く濁った血に塗れた唇が怨恨を纏った口付けを求めてきた瞬間、翠蓮は絶叫した。

「嫌ああああっ! 助けて! 誰かっ!」

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