無字の後宮 ―復讐の美姫は紅蓮の苑に嗤う―

葦原とよ

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第1章 獣の檻

第14話 階級社会

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 それから二、三日ほどは何事もなくすぎた。渓青けいせいがいろいろと手を回してくれたのか、後宮の女たちから翠蓮すいれんへの直接的な嫌がらせはなくなっていた。
 外に出れば侮蔑的な視線を投げかけられることはあるが、今のところ皇帝から連続しての夜伽よとぎは命じられていないし、自分はさほど害はないと判断されたのだろう、と翠蓮は思う。

 後宮の中は完全に階級社会だ。
 あの後、渓青から翠蓮は後宮での位階について詳しく教えてもらった。

 まずは皇后。これは完全に別格で、皇帝の正妻になる。国事行為にも出席するし、公務などで後宮から出ることも多い。そん皇后亡きあと、現在は空席になっていた。

 皇后以外の女性は基本的に掖庭宮えきていきゅうから外には出ない。皇后の次が四夫人で、上から貴妃きひ淑妃しゅくひ徳妃とくひ賢妃けんぴという序列になる。これはほとんどが大官の娘や皇族の縁戚の娘などで占められていた。

 その次が九嬪きゅうひんで、昭儀しょうぎ昭容しょうよう昭媛しょうえん修儀しゅうぎ修容しゅうよう修媛しゅうえん充儀じゅうぎ充容じゅうよう充媛じゅうえんの九名となるが、今上帝が老境に差しかかっていることもあって、何名か欠員はでていた。

 ここまでがいわゆる「妃嬪ひひん」と呼ばれる者たちで、実際に皇帝の寝所に断続的に呼ばれるのはこの程度までだ。言いかえれば、「いつ皇帝の種を身籠ってもよい」ような階級の女性で構成されていた。

 そしてその下にさらに二十七世婦せいふがあり、婕妤しょうよ美人びじん才人さいじんをそれぞれ九名ずつ置いてもよい、ということになっていた。
 このあたりになると、皇帝が戯れで一度だけ手をつけた女官あがりとか、異民族から人質としてきている王族、などが含まれてくる。無論、皇帝と一度もねやをともにしたことがない者も少なからずいた。

 つまりは翠蓮も、「そういう女性」の一人に過ぎなかった。
 先日、翠蓮に下らぬ仕打ちをした女たちも、「婕妤しょうよ美人びじん」級なのだと渓青から教えてもらった。彼女らの地位は翠蓮によって脅かされる可能性もなくはないため、ああいった「稚拙な」手段に出るのだ、とも。

 世婦の下にもまだ位がある。八十一御妻ぎょさいと呼ばれ、宝林ほうりん御女ぎょじょ采女さいじょがそれぞれ二十七名まで置かれたが、世婦と御妻の間には明確な違いがあった。

 それは、御妻はそれぞれの職務をもつ「官」であるということだ。後宮の衣食住にまつわる業務を受けもつのが、この「御妻」たちであり、基本的には女官として区別されていた。
 無論、彼女らも皇帝から声がかかれば当然寝所に侍ることができるが、それは砂漠の中から一粒の砂を探しだすに等しい確率であった。

 これらの状況を総合すると、翠蓮は実に絶妙な位に置かれたと言ってよかった。
 女官として働いている者たちよりは上だが、皇后亡きあとの皇帝が毛色が変わったものを気まぐれにつまむだけのその他大勢の一人であり、「妃嬪」の位を脅かすことはないが、一度も寵を受けたことがない婕妤しょうよ美人びじんからは絶好のやっかみを買う位置である、と。

鬱陶うっとうしいこと……)

 覚悟を決めた翠蓮にとって、女たちの取るに足らない嫌がらせや言葉など、すでに尾のまわりにたかる蝿程度の認識でしかなかったが、なんの後ろ盾もない翠蓮は、慎重にそして狡猾に立ち回る必要性はひしひしと感じた。

 そんなふうに、無為に数日を過ごしていた翠蓮だったが、ある日、渓青が「例のものが手に入りました」と囁いてきたときは、さすがに緊張せざるをえなかった。


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