15 / 75
第1章 獣の檻
第15話 二つの『らんげつしょう』
しおりを挟む夕餉も湯浴みも終えた後、翠蓮は手近にあった書物などをぱらぱらとめくっていたのだが、どうにも今夜のことが気になってしまって、内容はまったく頭に入ってこなかった。
やけに長く感じられる時を過ごしたころ、ようやく渓青が「見回りです」といって入室してきた。翠蓮はあまりにもそわそわとしすぎて、椅子から中途半端に立ちあがった姿勢で渓青を迎えてしまったため、渓青にくすりと笑われたほどだ。
「お待たせいたしました」
そう言って渓青は卓の上に、水色の玻璃の小瓶をことりと置いた。
翠蓮はおずおずと手を伸ばし、そっとその瓶を持ちあげてみる。中にはややとろみのある透明な液体が入っていた。
「これが……」
「はい、ご所望の藍月漿です」
小さな瓶をしげしげと眺めながら、翠蓮は渓青に尋ねてみる。
「これは、高価なものなのですか?」
「いえ、これはさほど値は張りません。比較的一般にも流通しておりますし、原材料も入手しやすく安価なものです」
「……これは……?」
渓青の言い方に引っかかりを覚えた翠蓮は、続けざまに質問を重ねた。すると渓青は小さなため息をついて、懐から似たような大きさの瓶をあと二つ出して、卓に並べた。
「……翠蓮様からのご依頼は『らんげつしょう』を入手して欲しい、とのことでしたが、実は『らんげつしょう』という薬は三種類あるのです」
「えっ……⁉︎ そ、そうなのですか? 私、何も知らずに……」
「おそらくそうだろう、とは思っておりました。そもそも、翠蓮様はどこで『らんげつしょう』という薬の名と効能をお知りになったのです?」
「え、えっとですね……婚儀の用意をしてくれた侍女から、初夜の際に痛みが酷いようだったら『らんげつしょう』という薬を使うとよいと言われて……それで、その時に、その……初めて……潤滑剤……というものがあると、知りました……」
言っているうちに翠蓮はおそろしいほどの羞恥に襲われて、最後のほうはかなりしどろもどろになってしまった。渓青の顔さえもまともに見れずうつむいてしまったが、渓青のため息だけは聞こえた。
「……不躾なことをお伺いしますが……その、東宮殿下と皇上陛下の時は、かなり痛かったのですか?」
「いえ、痛みはほとんどなかったのですが……東宮殿下には「感度が悪い女だ」と罵られました……陛下も口では何も仰いませんでしたが、小さく舌打ちされたあと、なにかべったりとしたものを塗りつけられました」
思い出したくもないが、あのとき翠蓮は女としての自分はできそこないなのだと烙印を押されたような気持ちになり、より暗澹たる心地がした。
「多分、私はそういう性質なのだと思います……でもそれは、今後の計画において不利になるはずです。ですから、今のうちから潤滑剤の使い方に慣れておこうかと思って……」
翠蓮がそう言うと、渓青は今までで一番大きなため息を「はあぁ……」とつき、そして顔を上げるとしっかりと翠蓮の目を見つめて言った。
「いいですか、翠蓮様。目の前で婚約者を殺された後に強姦されて悦ぶ女がいるとしたら、私はお目にかかってみたいです。ましてその後に訳も分からずその父親に同じ目に遭わされて悦楽に浸れるのならば、それはもはや快楽至上主義者か、色情狂の域に達してると思いますね。つまり、貴女は多分正常です」
一気に言い切った渓青に、翠蓮はどっと体の力が抜けるのを感じた。
「そんな……」
「女性というのは繊細なものです。男のように目の前に裸の美女がいれば大多数が興奮するのと違って、よほど訓練を積むか経験を経なければ、強姦されて感じるなんてあり得ないと思いますよ。それに貴女は初めてだったのですから」
「では……」
「この『藍月漿』は今夜は必要ないかと思います」
渓青はそう言い、小瓶を片づけようとした。愕然としながらもそれを見ていた翠蓮は、ふと思いついて渓青に尋ねた。
「渓青、さっき『らんげつしょう』は三種類あると言いましたよね。藍月漿が潤滑剤ならば……残りの二つはなんの薬なのですか?」
渓青は片づけの手を止め、二つある小瓶のうち、薄い緑色の玻璃瓶を手に取り言った。
「こちらはそう大したものではありません。乱れる月、と書いて『乱月漿』と言いまして、先ほどの潤滑剤に媚薬を混ぜたものです」
「びやく……?」
「性的な興奮剤ですね」
「……⁉︎」
それを聞いた瞬間、翠蓮は自分の顔に火がついたのかと思うほど体温が上がるのを感じた。そんなものが存在するとは思ってもみなかったのだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる