無字の後宮 ―復讐の美姫は紅蓮の苑に嗤う―

葦原とよ

文字の大きさ
17 / 75
第1章 獣の檻

第17話 初夜 1

しおりを挟む

 渓青けいせいから爛月漿らんげつしょうの効能について説明を受けた翠蓮すいれんは絶句してしまった。それほどまでにその薬は、翠蓮にとって運命としかいえない薬効を有していたのだ。

「……私は翠蓮様から『らんげつしょう』が欲しいと言われた時、まさか翠蓮様がこの薬のことをご存知なのかとおののきました。 ……この薬は私の一族の中でも秘伝中の秘伝。西市せいしみせがあるからこそ原材料も西方から入手できますし、競争の激しい西市で中堅の薬舗である我が家が代を重ねてこられたのも、この薬のおかげと言っても過言ではありません」

 翠蓮は急にその黒い小瓶がひどく恐ろしいものに思えてきた。これを使えば、きっと計画は当初の無謀な企てよりもずっとうまくいく。そしてそれがもたらす災禍と混乱もまた、初めに思い描いたものの比ではないだろうことも察せられた。

 ――それでも、これを使わないという選択肢は翠蓮にはもはやなかった。

「……渓青、この薬はおそらく使い方と時期に慎重にならねばならないと思います」
「はい、その通りです。どちらか一つでも誤れば、自分たちの首を絞める猛毒となりうるでしょう」

 渓青の言葉に、翠蓮もゆっくりと頷く。

「計画を上方に修正せねばなりませんが、それは落ち着いて考えることにしましょう。今夜はとりあえず……予定通りに」

 そう言って翠蓮は、立ちあがり居間から寝所へと続く扉を開けた。翠蓮の胸はにわかに鼓動が早くなりはじめたが、それがこれから行うことへの緊張なのか、爛月漿らんげつしょうという薬の存在を知ってしまったからなのかは分からなかった。

 ただ一つ分かっていたのは、今夜一歩目を踏みだしてしまえば、もう二度と後戻りはできない――復讐の道も、渓青との関係も――ということだけだった。

 翠蓮が壁に埋めこまれた寝台に腰かけると、続いて寝室へと入ってきた渓青が後ろ手に静かに戸を閉める。そうして渓青はゆっくりと翠蓮の方へと近づいてきた。

「……どう、いたしましょうか」
「どう、とは?」

 翠蓮を見下ろす形になった渓青は、腕を組みうーんと考え込む。

「恋人同士であったり、妓楼で娼妓とだったりならば私も経験がありますが、いざ教えると言われてもどうしたら良いものかと……」
「そうですか……」
「寝所を共にすると言っても、ごく普通の夫婦の営みから、後宮の皆様が好まれるような倒錯的なことまでありますからね……」
「……ではわたくしは初心者ですから、そのごく普通からお願いします。多分……私の経験したことは普通ではない……と思いますから」
「そうですね。恐らく通常の女性は経験したことはないと私も思いますよ。それでは、初夜のようなつもりでまいりましょうか」

(ああ、そう言えば私は初夜も経験していない……)

 琰単えんたんに強姦されたあのときのことは、きっと初夜に計上することはできないだろう、と翠蓮は思う。
 世間一般での初夜がどのようなものか翠蓮は知らないが、おそらくあれよりはずっとましなはずだ、と渓青にそっと寝台に押し倒されながら翠蓮は身を委ねた。

 渓青の顔がゆっくりと近づいてきて、二度目の口づけを受けた。熱く柔らかな渓青の唇は、何度も重ねられ、離れては角度や場所を変えて翠蓮の唇を優しく包む。

 ただ唇を触れあわせているだけの行為なのに、次第に翠蓮はふわふわとした気持ちになってくる。なんとはなしに目をつむっていたのだが、段々と渓青の唇と離れがたい心地になってきて、唇が離れた瞬間に自ら求めるように薄く口を開けてしまった。

「……!」

 唇とは比較にならないほど熱くぬめったものに舐められて、驚いた翠蓮は思わず目を開ける。翠蓮が竦んだその刹那、渓青の厚い舌が翠蓮の口腔へと侵入してきた。

「っ……んっ……」

 渓青の舌はゆっくりと優しく翠蓮の口の中を撫でていたが、やがて逃げる翠蓮の舌を巧みに捉え、うねるように絡みついてきた。口の端から唾液がこぼれていくが、両の手はいつの間にか渓青の手によって寝台に縫いとめられていて、翠蓮は渓青の舌に溺れるしかなかった。

 まだ手のひらと舌を重ねているだけなのに、琰単えんたんのときとはまったく異なる、と翠蓮は思った。じりじりと焦げつくような気持ちと、うっとりと浸っていたくなるような気持ちの相反する思いが体を駆けめぐって、「ああ、これが心地よいということなのか」と翠蓮は理解する。

 おそらく渓青の唾液を飲みこんでしまっているはずなのに嫌悪感はない。これがもし琰単だったならば、臓腑ぞうふけがされたと感じるに違いない、と翠蓮は思った。



しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...