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第1章 獣の檻
第30話 密談
しおりを挟むいつぞや中庭で咲きほこっていた紅梅はすっかりと花を落とし、代わりに居間の窓辺に生けられた桃の花が春を謳歌していた。小鳥でもひそやかに入りこんで花を啄んだのだろうか、濃い色の花が一輪、ぽとりと床に落ちていた。
渓青はそれを指で摘みあげると、この部屋には色々なものが入りこむ、と静かに笑った。
あれからひと月ばかり。翠蓮の部屋には琰単が何度か侵入し、同じように翠蓮を凌辱していた。都度受けとる賄賂は、そのまま翠蓮のための様々な薬の購入費用にあてることができて助かっている。
だが、回数が増えればそれに気づき始める者たちもでる。まして琰単は目立たずに行動するということなど最初から頭にない単細胞だ。見目だけは麗しいので人目をひくのは仕方ないが、その尻拭いは結局のところ、渓青に回ってくる。
「……では、翠蓮様。今宵は失礼いたします」
「ええ」
渓青は翠蓮の前を辞すと、夜番の少年宦官に二、三の注意事項を伝えて退室した。今夜は予定が入ってしまって、翠蓮のそばにはいられない。それは不安でもあり寂しくもあったのだが、琰単は一昨日来たばかりなので、連続してくることはまずないだろうと思い、回廊へと足を向けた。
渓青が向かったのは韓徳妃という妃嬪のうちの一人の宮殿だった。孫皇后亡きあとの今の後宮で、三本の指に入る高位の妃だ。孫皇后にもずいぶんと可愛がられていたが、すでに何度か寝所をともにした渓青は、裏表の激しい性格だと十分に知っている。
「……失礼いたします。夜分の見回りでございます」
徳妃の位ともなれば、専用の宮をまるごと一つ賜っている。宮殿付きの宦官も何人も抱えているのだから、渓青が入りこむ余地など本来はないのだが、その言葉は他の宮殿でも同じく、一種の「合言葉」として通用していた。
年齢のよく分からない印象の宦官に案内され、寝所の方へと進む。声をかけてから恭しく扉を開けて跪くと、韓徳妃は寝台の上ですでに一糸纏わぬ姿になり、年若い宦官のなにもなくなった陰部を足で踏みにじっていた。
「ご無沙汰しておりました」
「待っていたわよぉ。ほら、お前はもうおさがり」
足で若い宦官を押しやる姿に、渓青はひそかに嫌悪を抱く。年齢は四十に届くほどだっただろうか。見目形はさすがに麗しいが、怠惰な生活による綻びを厚化粧で覆い隠しているといった印象しか渓青にはなかった。
一声かけてから寝台にあがると、韓徳妃はなにやらごそごそと寝台を漁る。
「今日はこれを使いなさぁい」
ぽいと敷布の上に放られたそれを見て、内心渓青は引いた。それは白い玉でできた狎具だったのだが、大きさは元の渓青のものよりもさらに一回り大きい。それだけならまだよいが、その形は陰茎を模したというには歪すぎた。小指の先ほどの粒がぼこぼこと竿の周りに無数につき、雁首の周りにも凹凸の紋様が刻まれている。
(こんなものばかり使用して、ろくに出歩かなければ緩むのも道理ですね……)
心の中では辟易しながらそれを恭しくおしいただき、渓青は幹に舌を這わせはじめた。韓徳妃は、屈強な宦官に自らがつけさせる狎具を咥えさせて興奮するという、かなり倒錯した性癖を持っている。とはいえ、それでさえもまだ後宮の中では可愛い部類に入るものだったが。
「……ねぇ、渓青。最近、おもしろぉい話を聞いたのよ」
「なんで、ござい……ますか」
韓徳妃の足元でうずくまり、渓青は心を無にして狎具を咥えた。韓徳妃の足が時折伸びてきて狎具の底部を押し、もっと深く咥えこめというように喉の奥へ押しこむ。
(さすがにこの大きさはすこしきついですね……)
早々に顎が疲れてきて、そろそろ吐き出してやろうかと渓青は考えていたのだが、続いた言葉に口が塞がれていて良かったと思った。
「お前の主人のところに、最近ずいぶん面白い客人が来ているそうじゃなぁい?」
思わず動きを止めた渓青に、くすくすと耳障りな笑い声をあげながら韓徳妃は続ける。
「宦官のなりはしているけれども、雪灰色の髪が覗いていたってねぇ?」
すでに確信を持っている言い方だったが、一応は否定しておかなければ、と渓青は狎具を口から出し、韓徳妃の足を取るとそっと口づける。
「……雪灰色の髪と言えば、斉王殿下ではございませんか。あの方は女好きで有名ですし、背格好もよく似ていらっしゃいま……っぐ!」
渓青が言いおえる前に韓徳妃の足がおろされ、そのまま渓青のなにもなくなった股間を抉った。陰茎があったときよりはましかもしれないが、衝撃があることには変わりない。渓青はすぐに白旗をあげた。
「……お察しのとおり、東宮殿下がお越しです」
「あらあらぁ……お父上のものに手を出すとは、あのボンクラにしてはいい度胸じゃなぁい」
「こちらも困り果てているのです。ひと月に二、三度ほど無理を言ってこられます。私ももし露見したら大ごとになるとお止めしているのですが、従わなければ私の兄弟も私と同じ目に遭わせると脅されて……あの……」
そこで渓青は両手で韓徳妃の足を包み、縋りついて拝むようにして言った。
「不躾なお願いかとは存じますが……韓徳妃様から皇上陛下にこっそりとご注進いただけませぬか?」
「ふぅん?」
「陛下のご寵愛深い韓徳妃様のお言葉なれば、きっと陛下もお聞き入れくださいますでしょう」
「別にそれは構わないけれど……でも、いいのかしらぁ?」
韓徳妃はにたりと悪い笑みを浮かべて問うた。
「陛下にそれを告げたら、東宮殿下が罰されるのではなくて、呉才人が姦通の罪で後宮を追われることになるでしょうねぇ……あの屑男は陛下の前でだけは猫をかぶってるもの。自分の主が追放されてもいいのぉ?」
「……構いませぬ。もともと私は呉才人様のせいで宦官となり、出世の道も断たれたのですから。これくらいの復讐は許されましょうや」
「あらぁ、忠犬面して仕えている割には、ずいぶんと冷たいのねぇ?」
「……呉才人様は貞淑な顔をして今でも亡き婚約者を想っていると口では言いながらも、東宮殿下に抱かれればたちまちに股を濡らして、身も世もなく喘ぐ始末です。私は亡き公燕殿下に良くしていただいた者ですが、それがどれだけ公燕様を侮辱しているか、呉才人様はなにもお分かりでない。いっそ嬉々として男を咥えこんでいるほうがどれだけましか。毎日反吐が出そうな思いです」
「なるほどねぇ……」
「そんな女のせいで家族にまで手を出されてはかないませぬ。父子ともに通ずるような股の緩い女に仕えて面倒に巻きこまれるよりは、以前と同じようにほどほどに皆様に可愛がっていただくほうがどれほど気楽かと思います。私も自分の身は可愛いですから」
「ふふっ……お前も悪い男ね」
韓徳妃は嗤いながら爪先に渓青の顎を乗せ、上を向かせた。
「いいわぁ、陛下にはそれとなく伝えてあげる。妾もお前ともっと遊びたいからねぇ。その代わり、今夜は満足させなきゃ承知しないわよぉ」
「……御意に」
甘ったるい匂いの香がたちこめ、薄紫の帳がおろされた寝台は、その夜ひと晩中ぎしぎしと軋んだ音を上げつづけた。
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