無字の後宮 ―復讐の美姫は紅蓮の苑に嗤う―

葦原とよ

文字の大きさ
33 / 75
第1章 獣の檻

第33話 爛れた月

しおりを挟む

 そんな渓青けいせいの内心には気づかず、翠蓮すいれんはにっこりと微笑んで言った。

「……それよりも「爛月漿らんげつしょう」の効果は抜群でした。わたくしから「おねだり」した体にしなければ、おそらく陛下はずっとあのまま股にかじりついていたでしょうね」

 その単語を聞いて、渓青はすっと気を引き締めた。

 今夜、初めて爛月漿らんげつしょうを使った。
 その秘伝の薬は酩酊や多幸感をもたらし、この世のものとは思えない快楽を与える。一方で、幻覚や幻聴が起きるほか、高い中毒性と依存性を有し、そして分量を誤れば死につながる劇薬だった。

 爛月漿らんげつしょうは、西方から交易によってもたらされる甖子粟えいしぞくという花からとれる薬を利用している。

 渓青は甖子粟えいしぞくの花そのものを見たことはないが、爛月漿らんげつしょうの小瓶に描かれているように虞美人草ぐびじんそうに似た美しい花なのだという。
 その果実はかめの形のようで、種子はあわに似ていることから、甖子粟えいしぞくと名づけられた。

 その花の可憐さに似合わず、そこから採れる薬は恐ろしいものだった。
 聞いたところによると、甖子粟えいしぞくの花が咲き終わったあとにかめの形をした果実ができる。その実に傷をつけると乳液のようなものが採れ、それを集めて乾燥させ、煮出したりなんだりと手を加えて精製された白い粉が、薬としての「甖子粟えいしぞく」になる。

 西方からもたらされるときにはすでにこの粉状になっているのだが、本来甖子粟えいしぞくは薬である。優れた鎮静作用があり、病に冒されて痛みが激しい者、負傷した者の治療などに処方されていた。

 何代も前のそう家の当主が、治る見込みのない病に冒された妻の治療に甖子粟えいしぞくを使った。この薬は当時かなり高価で希少であり、通常は大量に使用するものではないが、彼は愛する妻のために大枚をはたいて西方から大量に取り寄せた。

 薬を投与すると、痛みは一時的に消え、妻は落ち着いたように見える。それゆえ、彼は断続的に薬を与え続けた。そうして気づいてしまったのだ。甖子粟えいしぞくの持つ、もう一つの側面に。

 そこから宋家による甖子粟えいしぞくの研究が始まった。
 甖子粟えいしぞくの副作用は、幻覚・幻視にとどまらず、長期に使用し続けると衰弱してやがて死に至る。また短期間に大量に摂取すると、発作のような症状で急死した。

 さらに何度も使っていると薬に対して耐性がつくことも分かった。そのため、長期の治療では徐々に甖子粟えいしぞくの使用量を増やさざるをえず、結果として衰弱死につながることも多々あった。
 また依存性も問題であった。薬が効いている間はよいが、効果が切れると患者は薬を渇望し、ひどい場合には薬を得るために暴れはじめる。

 そのため、甖子粟えいしぞくは末期症状の患者の痛みを少しでも和らげ、緩慢で穏やかな死を迎えさせる、という使用方法がほとんどだった。

 ただ、ここに運命の歯車を狂わせることがあった。
 宋家は西市せいし最大の妓楼街、紅楼街こうろうがいの近くにみせを構えていたことだ。

 薬舗には妓楼へあがる客からの依頼も多かったが、それ以上に娼妓たちの需要も高かった。美容薬、潤滑剤、媚薬、妊娠薬そして堕胎薬。娼妓の生活と薬は切っても切れない縁がある。

 そんなとき、盛りの時をすぎて客足が離れはじめた娼妓から相談があったのだ。「一度遠のいた客をもう一度吸い寄せるような薬はないか」と。

 普通の薬舗であるならば、そんな薬はない、と一笑にふされていただろう。だが、宋家の営む春若薬舗しゅんじゃくやくほの当主は違った。甖子粟えいしぞくという禁断の薬の副作用を知っていたからだ。

 そこから研究と改良をかさね、爛月漿らんげつしょうが誕生した。

 客の飲食物に甖子粟えいしぞくをそのまま混ぜたのでは、味で気づかれてしまう。ゆえに糖蜜をまぶして偽装し、甘味や液体に混ぜられるようにした。
 これには思わぬ効果があった。娼妓自身の体に爛月漿らんげつしょうを仕込ませても、糖で覆われた甖子粟えいしぞくは娼妓にはすぐに吸収されることはなかったのだ。

 これにより爛月漿らんげつしょうは、甘味に混ぜるか、娼妓自身の秘部に忍ばせて客に舐めとらせる、という使い方が一般的になった。

 春若薬舗しゅんじゃくやくほほそれほど大きな薬舗ではない。西市にはもっと規模の大きな薬舗はいくらでもある。競争の激しい西市で宋家が代々中堅ながらも生きながらえてきた理由がこの薬だった。

 爛月漿らんげつしょうは西市で落ち目になりかけた娼妓たちから愛用され続けてきた。自分には副作用がほとんどなく、足が遠のいてきた客などを再度引きつける薬、としか知られていない。またそれが必要になる娼妓たちの立場上、ひっそりと口伝えのみで細々と受け継がれてきた。この薬を使って身請されていった娼妓は数知れない。

 それゆえ渓青は爛月漿らんげつしょうのことをひそかにこう呼んでいる。

 運命を変える薬、と。


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...