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第1章 獣の檻
第33話 爛れた月
しおりを挟むそんな渓青の内心には気づかず、翠蓮はにっこりと微笑んで言った。
「……それよりも「爛月漿」の効果は抜群でした。私から「おねだり」した体にしなければ、おそらく陛下はずっとあのまま股にかじりついていたでしょうね」
その単語を聞いて、渓青はすっと気を引き締めた。
今夜、初めて爛月漿を使った。
その秘伝の薬は酩酊や多幸感をもたらし、この世のものとは思えない快楽を与える。一方で、幻覚や幻聴が起きるほか、高い中毒性と依存性を有し、そして分量を誤れば死につながる劇薬だった。
爛月漿は、西方から交易によってもたらされる甖子粟という花からとれる薬を利用している。
渓青は甖子粟の花そのものを見たことはないが、爛月漿の小瓶に描かれているように虞美人草に似た美しい花なのだという。
その果実は甖の形のようで、種子は粟に似ていることから、甖子粟と名づけられた。
その花の可憐さに似合わず、そこから採れる薬は恐ろしいものだった。
聞いたところによると、甖子粟の花が咲き終わったあとに甖の形をした果実ができる。その実に傷をつけると乳液のようなものが採れ、それを集めて乾燥させ、煮出したりなんだりと手を加えて精製された白い粉が、薬としての「甖子粟」になる。
西方からもたらされるときにはすでにこの粉状になっているのだが、本来甖子粟は薬である。優れた鎮静作用があり、病に冒されて痛みが激しい者、負傷した者の治療などに処方されていた。
何代も前の宋家の当主が、治る見込みのない病に冒された妻の治療に甖子粟を使った。この薬は当時かなり高価で希少であり、通常は大量に使用するものではないが、彼は愛する妻のために大枚をはたいて西方から大量に取り寄せた。
薬を投与すると、痛みは一時的に消え、妻は落ち着いたように見える。それゆえ、彼は断続的に薬を与え続けた。そうして気づいてしまったのだ。甖子粟の持つ、もう一つの側面に。
そこから宋家による甖子粟の研究が始まった。
甖子粟の副作用は、幻覚・幻視にとどまらず、長期に使用し続けると衰弱してやがて死に至る。また短期間に大量に摂取すると、発作のような症状で急死した。
さらに何度も使っていると薬に対して耐性がつくことも分かった。そのため、長期の治療では徐々に甖子粟の使用量を増やさざるをえず、結果として衰弱死につながることも多々あった。
また依存性も問題であった。薬が効いている間はよいが、効果が切れると患者は薬を渇望し、ひどい場合には薬を得るために暴れはじめる。
そのため、甖子粟は末期症状の患者の痛みを少しでも和らげ、緩慢で穏やかな死を迎えさせる、という使用方法がほとんどだった。
ただ、ここに運命の歯車を狂わせることがあった。
宋家は西市最大の妓楼街、紅楼街の近くに肆を構えていたことだ。
薬舗には妓楼へあがる客からの依頼も多かったが、それ以上に娼妓たちの需要も高かった。美容薬、潤滑剤、媚薬、妊娠薬そして堕胎薬。娼妓の生活と薬は切っても切れない縁がある。
そんなとき、盛りの時をすぎて客足が離れはじめた娼妓から相談があったのだ。「一度遠のいた客をもう一度吸い寄せるような薬はないか」と。
普通の薬舗であるならば、そんな薬はない、と一笑にふされていただろう。だが、宋家の営む春若薬舗の当主は違った。甖子粟という禁断の薬の副作用を知っていたからだ。
そこから研究と改良をかさね、爛月漿が誕生した。
客の飲食物に甖子粟をそのまま混ぜたのでは、味で気づかれてしまう。ゆえに糖蜜をまぶして偽装し、甘味や液体に混ぜられるようにした。
これには思わぬ効果があった。娼妓自身の体に爛月漿を仕込ませても、糖で覆われた甖子粟は娼妓にはすぐに吸収されることはなかったのだ。
これにより爛月漿は、甘味に混ぜるか、娼妓自身の秘部に忍ばせて客に舐めとらせる、という使い方が一般的になった。
春若薬舗ほそれほど大きな薬舗ではない。西市にはもっと規模の大きな薬舗はいくらでもある。競争の激しい西市で宋家が代々中堅ながらも生きながらえてきた理由がこの薬だった。
爛月漿は西市で落ち目になりかけた娼妓たちから愛用され続けてきた。自分には副作用がほとんどなく、足が遠のいてきた客などを再度引きつける薬、としか知られていない。またそれが必要になる娼妓たちの立場上、ひっそりと口伝えのみで細々と受け継がれてきた。この薬を使って身請されていった娼妓は数知れない。
それゆえ渓青は爛月漿のことをひそかにこう呼んでいる。
運命を変える薬、と。
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