今日は少し、遠回りして帰ろう【完】

新羽梅衣

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人知れずの恋

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 「……くるちゃんはずるいよなぁ」


 うーんと考えていれば、俺の言葉を聞いた三枝が机に突っ伏しながらもごもごと呟くけれど、ほとんど何を言っているのか聞こえなかった。


 「なんて?」
 「学校には来てたんだよ、俺」
 「そうなんだ」
 「そう。屋上とかも行ったけど、三階の空き教室にいることがほとんどだったかな」
 「へー、そこで何してたの?」


 ただの好奇心で尋ねると、三枝は昔を懐かしむように柔らかな笑みを浮かべた。たっぷりの沈黙の後、瞳に甘さを孕んだまま、ただ俺だけを見据える。


 「…………好きな子を見てた」


 あまりの衝撃発言に、再び口をポカンと開けたまま何も言葉を返せない。


 「ふは、すごい顔」
 「いや、だって、そりゃ驚くだろ」
 「ごめんごめん」


 笑われてからようやく口を閉じることには成功したけれど、脳の処理は追いついていない。動揺していることぐらいバレバレなはずなのに、吹っ切れた三枝は話を止めようとしなかった。


 「俺に好きな人がいるのって、そんなに変かな」
 「いや、お前だったら彼女の一人やふたりいてもおかしくないだろうけど」
 「それはそれで心外だなぁ」
 「……告白とかすればよかったじゃん」


 そう言うと、三枝は寂しそうに視線を落として首を振った。


 「見てるだけでいいって、思ってたから」
 「え?」
 「そりゃもちろん面と向かって話したりしてみたかったけど、そんな気持ちより恐怖の方が大きかったんだよね」
 「恐怖……?」
 「好きにもいろいろあるんだよ」


 好きなのに、話しかけることの何が怖いのだろう。恋愛初心者の自分にはよく理解できなくて、三枝が複雑な感情を抱いていることしか分からない。


 「当時は抱えてる感情が好きだけじゃ収まらなくて、暴走しそうだったから。相手を怖がらせて傷つけるぐらいなら、離れてた方がいいでしょ」
 「……それでも、そんなに好きならいっその事、言っちゃえばよかったのに」
 「そうかもね。でも、それが俺にとっての愛の形だったんだよ」


 学校中の女子から告白されているこの男に、これほどまでに思われている人って一体何者なんだ。今年から空き教室に行かずに自分の教室で大人しく授業を受けているということは、もうこの学校にはいないのだろうか。次々に浮かんでくる疑問が思考を邪魔して、さっきからちっともページが変わっていない教科書の内容なんて全く入ってこない。

 俺だけが半ばパニックで、三枝はいつも通り余裕の表情。窓の外を眺めて頬杖をつく姿が大人びて見えて、目の前にいるはずの三枝を遠く感じた。


 「今でも好きなの?」
 「……もちろん」
 「っ、」


 柔らかな笑顔で頷く三枝に何故か少し胸の奥が軋んで、何故か俺が泣きたくなった。だって、こいつがあまりにも優しい顔で笑うから。大好きなんだって、その表情から伝わってくるから。


 「くるちゃんはそんな顔しないでよ」


 三枝の手が伸びてきて、少し伸びて目にかかるようになった前髪を震える指先で払う。駄目だよ、三枝。そんな風に優しく触れられたら、きっと誰だってお前に恋してしまうから。


 「別に、元からこんな顔だし」


 なんだか無性に顔が熱くなって、視線をばっと窓の外に移した。俺と三枝、友人未満の関係のはずなのに、どこか空気が甘ったるい感じがして、落ち着かない。

 だって、こんなの、俺たちには似合わないだろう。この状況をどうにかしようと、俺は敢えてふざけた口調で話しかけた。


 「つーかさ、何で急に勉強しようと思ったわけ? お前、テスト勉強やるようなタイプじゃないだろ」
 「はは、やっぱ俺ってそういう風に思われてるよね」
 「まぁ、うん」
 「そろそろちゃんとしなきゃと思ってさ。後悔したくないから、全部ちゃんとやるって決めただけ」


 その瞳に強い意志を覗かせて、三枝はにっと笑う。


 「どうせ受験するなら、好きな子と同じ大学がいいじゃん」
 「うーん、そうかな。まだあと二年もあるのに、ずっと好きでいるかなんて分かんないと思うけど」
 「好きだよ、ずっと」
 「っ、」


 間髪入れずにさらっとそう言われて、自分が告白されたわけじゃないのにドキッと心臓が跳ねた。顔がいい男の真顔は圧がある。

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