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一章 0歳から始まる

予防接種は泣けるらしい

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0歳。それはまだ生まれて間もない頃だ。だがとても長い期間に感じる。
生後2か月。
俺は初めて外に出た。

母は「予防接種に行きますよー」

と言っていたが、なんのことだかわからない俺は言われるがままについて行く。
玄関の先の世界に緊張しつつ服を変えてもらっているとふと思った。どんな理由があれモンスターとか魔法とかいう世界に抵抗力0の赤ん坊を連れて行くのはどうなんだ?

もしかしたら今日が俺の命日になるのかもしれない。おいおいマジかよ。そんなのあんまりだろ。
母親に抱きかかえられながら玄関を出るとそこには青い空が広がっていた。正直初めて見た。母親は俺を抱きかかえたまま車という鉄の塊に俺をぶち込む。
母親が前に乗り、俺はちゃいるどしーとという物の上に乗る。
正直中も鉄で出来ていて冷たい感じをイメージしていたが、中は以外なことにふかふかしていた。一体何が始まるんだと期待に胸を躍らせていると、突然ドルルンという音と共に車が揺れた。

「ああううう(なんだなんだ?)」
車が発進する。馬車みたいな物かと舌を噛み切らないように覚悟すると、緩やかに発進した。揺れない...?車は俺が覚悟していた100分の1程度しか揺れなかった。なるほど。道路が謎の素材で舗装されている。

外に目を向けるとそこには巨大モンスターが...。いやアレまさか建物なのか?!

「ううああああ?!(スゲー!)」
「あ、真広ちゃん。あれはマンションって言って大きいお家なんだよ。」
い、家...あれが家?!?!
俺には巨大モンスターにしか見えないんだけど!

「真広ちゃんあそこが病院よ。見えてきたわ。」
母親が指差した先にはさっきのマンションとやらと正直大差ないほど大きい建物がそこにあった。

---

車から降り、中に入ると大きめの部屋が待っていた。
母親が入り口で何やら大人との会話を終わらせた後、俺を抱えたまま椅子に座った。俺は周りを確認する。周りには俺と同じくらいの赤ん坊が数人いて、泣きじゃくっていた。まあ俺にはちゃんとしたプラチナ精神があるので泣いたことはないが...あいつらはなんで泣いているんだ?

「成瀬真広ちゃーん」
しばらく考え事をしているうちに俺の名前が呼ばれた。
はーい
と言って行きたいが、今の俺は手を伸ばすことしかできない。仕方がなく母親に抱えられる。
診察室という場所に入ると50歳くらいのおっちゃんが何やら怪しい板を見つめながら手元にあるボタンをポチポチしている。
「えー成瀬真広ちゃんですね。生後...2か月ですか。いいですね。はいじゃあそこのベッドに座ってね~。」
軽い感じで言われたので俺は無抵抗で座る。何が起きるかわからないからな。

「えーじゃあ親御さんは真広ちゃん。抑えてくださいね。斎藤さんもお願いします。それじゃチクッと行きますよ~。」
母親と斎藤さんという人が俺を抑える。別に抵抗はしないって。ってかできないって。

「ああううあ。(全く何が起こるのやら...)」

俺がなんとなく医者の方を見るとほっそい針を構えて俺の腕に狙いを定めていた。しかし俺は冷静にそれを受け入れた。
「あああ(うげぇ気持ち悪い。なんか入ってきてる。何のためにやってんだこれ。)」
...
「ええっ。真広ちゃん泣かないんですか?!」
「うむ。これは...?」
「やっぱり!真広ちゃん生まれてから泣いたことないんです!」
「これは先天性無痛無汗症かもしれません。これは指定難病で検査を...」

ははぁん。そういうことか。こいつら俺が悲鳴を上げて暴れると思ってこんなことをしてたのか。
何千何万何億とバトルしまくった俺に針一本で悲鳴を上げさせようなど無駄よう。

大人が騒いでいるのを無視して看護師さんが俺の腕に向かって紙を貼った。
「はいちょっとごめんね~。回復スクロール使うからねー。」
紙には魔方陣的な物が書いてあり、傷口に貼ると魔方陣は緑色に光り、しばらくすると光は消えた。
「はーいこれで治療は終わりでーす。」

「あううあああ(うっす。あざした。)」
後日再検査と言われ、俺は母親に抱えられながら診察室を出た。さっきまで泣いていた子供も今は半泣きになっている。
対して俺は無!
「ああいいああ(腹減ったなぁ)」

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家に帰ると母親が焦った様子で板に向かって話し始めた。

「あなた...今日病院行ってね...それで...」

あなた...父か。まあ育児放棄の馬鹿は精々無駄な心配しておけと言いたいが、大事な稼ぎ口だ。帰ってきたら大丈夫だと言ってやるか。
あ、俺まだ喋れないんだった。
ベッドに戻り、横になる。それにしても今日の収穫は凄まじかった。思ったより文明のレベルは高いようだ。スクロールだったけど初めて魔法も見れたし今日は満足かな。
そう思い、睡眠の世界に入ろうとしたら...

「志乃!いるか!」
「あなた!帰ってきたのね!」
父が帰ってきた。
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