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第1章

第2話 お嬢様、執事に休暇を与える

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ねぇ、と声をかける。

「ネオも、たまにはゆっくりしたくないの?」


いつでもどこでも、シアのそばにいるネオ。
休んでいる姿を、見たことがない。

シアが活発な性格だから目を離せない、という理由もあるかもしれない。
だとしても、ネオの睫毛が伏せられている姿を、見た覚えがない。


いまだって、本を読みながら休憩しているかのように見えて、実は事前にシアの教科書に目を通していただけのこと。
休憩ではないのだ。

 
たまには自分の時間をもって、ゆっくりすればいいのに…。



訝しげにネオを見つめると、視線に気がつき、目が細められた。
愛でるような、優しい目つき。


「シアお嬢様が健やかに成長されるのが、私めの本望でございますから」

「――っ」


かけられた言葉に、息を呑む。


執事にとってお嬢様の成長が楽しみ。

まるで、マニュアルに書いてあることを、そのまま口にしているようだ。
 



「…それじゃ、答えになってないわ」


不満そうに唇を尖らせた、シア。

ネオは肩をすくめると、部屋の端にある本棚へと向かった。

取り出したのは、今日の稽古で使う教科書。
紙やペンも準備し、あとはシアの身支度を待つのみ、という状態まで整えた。


なにがなんでも、稽古にいかせようというのね。


さらに不満そうな表情をあらわにしても、準備する手の動きをとめることはなかった。
 
稽古の準備を終えると、ネオは勝ち誇ったかのような笑みを向けた。


 
「シアお嬢様がお稽古にいっているあいだ、少しだけ休ませていただきますから」

「…だから、お稽古にいけ、と?」

「私が休みたいと思ったとしても、シアお嬢様に、いけ、などとは申しませんよ」

 ネオは、にっこりと笑う。

とはいうものの、いくら暇な時間があろうとも、ネオが休むことはない。
稽古が終わると、いつも簡易食を用意してくれているのだ。

程良いあたたかさのアールグレイティーと一緒に、甘いケーキがテーブルを彩る。

 
そうやって、常にシアのことを最優先に考える。

稽古で頭を使ったあとなので、これがたまらなく幸せな時間でもあるのだが…。
 


「わかったわ」

ぽんっと、両手を叩く。
と同時に、にんまりと笑った。
 

「いまから丸1日、暇を与えます」

「……はい?」


突然の命令に、瞳を丸くする。
驚くネオに向けて、ビシッと人差し指を示す。


「これはルードヴィッヒ家、次期当主としての命令よ!」

 
次期当主としての命令。
ということは、ネオの主人でありシアの父親である《現当主の言葉》としてとらえなければならない。


子どもの戯言のような命令でも、一介の執事の身であるネオにとって、威力は絶大だ。

 
「シアお嬢さ――…っ」

「わかったわね、ネオ」


有無をいわさないシアは、不敵な笑みを向けた。
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