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第2章

第9話 お嬢様は見栄を張る

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「それは、正式なお申し出でしょうか?」

「そ、そうよ」


ネオも、婚約の話は知らない様子。

真実かどうか……
まだ確かめてもいないのに、シアは見栄を張ってそう口にした。

 
偽りでも真実でも、後戻りはできない。

 
ネオが小さく、そうですか、と呟いた。

「血縁関係でもあるクライム様がお相手でしたら、由緒ある血筋を穢すことなく、継いでくださいますね」

「……」

 
ほらね。
教科書通りの解答……。


《お嬢様にとってなにが最善か》

それを選別するのが、ルードヴィッヒ公爵家に勤める使用人の役目。


執事であるネオが、クライムとの縁談にケチをつけるはずがない。


 
それに、ネオにはネオの、生活がある。

きっとネオは、《お嬢様と執事》以外の感情を、抱いてはくれない。


本当はもっと、困った顔が見たいのに。

興味がないという証拠、だろうか……。



「……そう、ね。小さいときから一緒だし、私よりもルードヴィッヒ家のことを理解してるもの」


おどけたように口を開く。

強がりをみせたのだが、ネオは気づかずにうなずいた。

 
「勉強嫌いのシアお嬢様を支えてくださるのは、クライム様しかいらっしゃらないかもしれませんね」


いつもの口調で、淡々と語るネオ。

クライムを歓迎するかのような言葉を、口にする。



シアの相手はクライムしかいない、と告げる。



表情が変わることはなく、動揺の色すらうかがえなかった。
 


…ねぇ。

それが、あなたの本心――…?


 
他の誰となにをしていようと、ネオにとっては関係のない話。

《お嬢様》以外にはなり得ない存在……。


私はただの《雇い主の娘》でしかないんだ。



再度、突きつけられた現実。

シアは、ぐっと唇を噛んだ。


「そう…でしょう?クライム兄様と結婚すれば、ネオももうわがままを聞かなくて済むし、最高じゃない」

「……シアお嬢様?」
 

わずかにふるえた声に、ネオが敏感に反応した。

シアはごまかすように、高らかに笑った。


「あはは、せいせいするわ。これからは口うるさいネオじゃなくて、優しいクライム兄様がずっと一緒にいてくださるんだもの」


心に嘘をつく。

そばにいて欲しい相手はネオなのに、口では反対の言葉を紡ぐ。



虚勢を張らなければ保てないほど、シアの心は限界まできていた。



「婚約者が決まってるんだし、これからはお稽古の数を減らしてもいいんじゃないかしら」

「そんなことはございませんよ。社交界デビューのときの、最低限のマナーは必要です」

「クライム兄様が相手なのよ?いまさら着飾ったとしても、付け焼き刃じゃ、すぐに笑われるわ」

「それでも、最低限のマナーを身につけなければ、クライム様が笑われてしまいます」

 
いくら結婚を盾にしても、稽古はやらせようとする。

さすが敏腕執事様ね、と毒づく。
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