【第二章完結】マルチナのかくれ石【続編執筆中】

唄川音

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第一章

1.出会い、港町にて1

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「あ、今日まだ回してない!」
 ソニアは立ち止まって、首から下げている懐中時計を取り出した。金色に輝く丸い文字盤もじばんの機械式懐中時計は、チッチッと音を立てて動いている。
 よかった、まだ止まってなかった。
 ソニアはふうっと満足げに息をついて、竜頭りゅうずをくるくると回した。時計の中からキリリッキリリッと小気味よい音が聞こえてくる。
「よし、これで止まらないね」
 文字盤をポンと叩くと、ソニアは緩やかな斜面になっている目抜き通りを港に向けて歩き出した。
 馬車の往来がある広々とした目抜き通りは、鮮やかな青色のタイルで装飾されているお店が並び、まるで波のように美しい。枝分かれして伸びる路地も、壁をカラフルに塗ったり、窓枠に花の咲いた植木鉢を置いたり、レースの布をかけたり、少しでも素敵に見えるように工夫している。
 それから、高台から見た景色も最高だ。オレンジ色の屋根がきれいに下り坂を描いていて、その先に真っ青な海と広い空が見える。大人には夕焼けがロマンチックで専ら人気があるが、ソニアは朝、太陽が登る時、街の遠くに見える海がキラキラ光っているところを見るのが一番好きだ。
 こんな色鮮やかな街だからか、最近は観光客がドッと増えた。「おかげでパンがよく売れるのよお」と行きつけのパン屋さんがうれしそうに話していた。
 しかし観光客が来るのはたいてい夏だ。みんなきれいな景色を楽しみつつ、海で過ごしている。そのため今日のような四月のなんでもない日曜日の昼下りは、あくびが出るほど和やかだ。 
 すれ違うおじさんのあくびにつられながら、ソニアは母さんに頼まれた買い物を思い出し始めた。頼まれたのは、全部で三つ。
「えっと、夕食のためのキャベツは買って、残り二本だったマッチも買って。あとは、赤色の刺繍ししゅう糸だけか」
 丸みを帯びたかわいい文字のメモを見ながら歩いていると、突然後ろで、ズサーッ! と大きな音が鳴った。
 驚いてふりかえると、ソニアと同い年くらいに見える女の子が、固い石畳の上に仰向けになって倒れていた。
 ハデな転び方!
「わっ、大丈夫?」
 ソニアが慌ててかけよると、女の子はひざを曲げて手をつき、むっくりと起き上がった。
「……だ、大丈夫よ」
 そう答える女の子は、ヒザからもヒジからもおでこからも血が出ていた。
 せっかくの真っ白いワンピースに、花みたいな赤いしみがいくつもできている。
「ちっとも大丈夫じゃないよ。こっちに来て、手当てするから」
「いらないわ。わたし、先を急いでて」
「急いでるなら、なおさら手当てした方がいいよ。すぐに済むから、ちょっとこっちに来て」
 ソニアは女の子をゆっくりと立たせて、家具の修理屋の軒下のきしたまで連れて行った。ここの店先には、ふぞろいのイスがいくつか置いてあって、自由に座ることができるのだ。
 女の子は歩いている間も、片足がガタつくイスに座らせても、「いいから放っておいて」と言い続けた。
 ソニアはそれを無視して、ワンピースのポケットや買い物カゴに入っていたありったけの布を使って、女の子の傷口をふき取っていった。
「本当に大丈夫だから、離して!」
「わたしから逃げられないくらいには痛いんでしょう。無理しないほうがいいよ」
 ヒザは特に血がひどい。傷口をぬぐったら、布で止血をして、あとでちゃんと薬をぬらなければ化膿してしまいそうだ。
 ソニアに足をつかまれている女の子は、「でも、このままじゃ、また……」とつぶやいた。

 その時、荒れ狂う馬のようなどなり声が、目抜き通りをかけ抜けた。
「マルチナ様! マルチナ様、どちらですか?」
 ソニアも、周りの人も、一斉に声の方を見た。そしてみんなで口をそろえて「またか」と言った。
 走ってきたのは、まさしく本物の馬三頭。
 土ぼこりをあげながら、矢のような速さで、目抜き通りをかけ下りてくる。あちこちの店先に付いたぶら下げ式の看板が、馬の動きに合わせてバタバタバタッと激しく揺れる。
 馬たちはキョロキョロと辺りを見回しながら、ものすごい速さで足と口を動かした。
「マルチナ様! 今日という今日は許しません!」
「我々はもう怒る寸前ですよ! 出るならお早い方がいい!」
「お父様に言いつけても良いのですか!」
 よく舌をかまないなあ。
 三頭の馬がソニアの背中のスレスレを走り抜けると、辻風のような風が吹いた。ソニアは思わずギュッと目を閉じた。
「……まったく、あのわがままお嬢様は、どうしてこう何度も、魔法のお屋敷を抜け出すのかしらね」
 足音が遠くなって目を開けると、隣に立っているおばさんが、チラッとソニアの方を見て言った。
「……あの馬と追いかけっこをするのが好きなのかもしれませんね」
 おばさんは「おもしろい答えね」と言って、おもしろくなさそうな表情を浮かべて去っていった。
「あ、ごめん。手当ての続きしようか」
 そう言ってソニアが女の子の方を見ると、その子はサファイヤみたいな青色の瞳を大きく見開いて、あんぐりと口を開けて固まっていた。
「どうしたの? あ、ひょっとして、あの馬たちを見たの初めてだった? よくああして来るんだ、一週間に一回くらい」
「ちがうわ! そんなことどうだっていいの!」
 すっかり興奮している女の子は、見開いた目を一層大きくした。
 そして、痛みで顔をゆがめながら、自分の足に触れているソニアの手をガシッとつかんできた。
「あなた、ひょっとして魔法使い?」
「まさか! 人間だよ」
 思ってもみなかった質問に、ソニアが思わず大声で答えると、女の子は「シッ」と言って、人差し指を口元に当てた。
「大きな声出さないでっ。あの馬たちに見つかったら、困るんだから」
「えっ! それじゃあ、あなた、マルチナってこと?」
 女の子は「そうよ」とすました態度で答えて、耳の後ろの金髪をスルッと指にからませた。
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