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第一章
2.出会い、港町にて2
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改めて見ると、マルチナは確かに、お嬢様と呼ばれそうな雰囲気を持っていた。
意思の強そうな目はキリッと見開かれていて、心の中まで見透かされそうだ。
長い金髪は大河のようで、思わず触ってみたくなる。
コルセットをしっかり締めた体に仕立ての良いワンピースを着ていて、磨き抜かれた白い編み上げブーツを履いており、どちらもよく似合っている。
マルチナはどこをどう切り取っても素敵で、「絵になる」ってこういうことなんだろうな、とソニアは思った。
「ねえ、手当てを受けてあげるから、もう少し人気のないところに移動させてくれない? あなたに話さなきゃならないことがあるの」
手当てを受けてあげる、だって。見とれちゃったけど、物言いはかわいくないみたい。
「うーん。それじゃあ、この店の裏にしよう。夜に親父さんたちがよくケンカをしてるから、昼間でもあんまり人がいないんだ」
「話を聞かれなければ、どこでもいいわ」
そこで、ソニアはマルチナに肩を貸して、隣り合っているせいでケンカが絶えない家具の修理屋と修理屋の路地裏の中へ入っていった。
二人で身を寄せ合って体を横にしながら路地を通り抜けると、少し開けた建物の裏手に出た。
昨日もケンカをしたのか、割れたビンが何本も転がっている。
そのそばでは、ズタズタに引きさかれたエプロンをベッド代わりにした野良ネコが二匹、丸くなって眠っていた。ここは観光客にはとても見せられないな、とソニアは苦笑いをした。そしてマルチナにもこんな場所は似つかわしくない、とも思った。
「ごめん。想像以上に汚いね。座るところもないし、どこか別の場所に行く?」
「大丈夫よ」
マルチナはそう言って、右手の親指と薬指をこすり合わせながら「門を開けて」とつぶやいた。すると、ふたりの目の前に、二脚のイスが現れた。それも腕置きつきの高そうなベルベットのイスだ。この路地裏にはまったく似合っていない。
「どうぞ座って」
「こ、こんな高そうなイス座れないよ」
「わたしの部屋のイスだから、遠慮しないで。ちょっと汚れてるくらいの方が、そうじする方もやりがいがあるでしょう」
思いもよらない言い分に驚いているソニアをよそに、マルチナは血がついた体のままヨタヨタとイスに座り込んだ。
「ほら、早く手当をして。その間に話すから」
せっかく用意してくれたのに、座らないのも失礼だよね。
そう自分に言い聞かせ、ソニアはワンピースのホコリを払ってからイスに座った。
「わあ、やわらかい」
ベルベットは綿にみたいやわらかく、雲の上に座っているような気持ちになった。
ソニアの知ってるイスといえば木だけでできていてとても固いため、クッションをしかないと長く座っていられないものばかりだ。それとは正反対のイスだ。
「あのね、わたしは今日初めて、あの馬たちを巻くことができたの」
マルチナが話しだしたおかげで我に返ったソニアは、もう一度手当を始めた。
「あの馬たちは、あなたの護衛?」
「彼らはただの近侍よ。まあそこは良いの。わたしはね、いつも魔法で変装をして、家を抜け出しているの」
それじゃあ今の姿もニセモノなの? と聞こうとしたが、マルチナの勢いに圧倒されて、とてもではないがソニアは口をはさめなかった。
「毎回姿を変えていれば、わたしの目撃情報を街の人から集められないから、時間がかせげるでしょう」
「頭いいね」と無理やり言ってみたが、マルチナには聞こえなかったようだ。
「でもね、魔法使い同士だと、お互いにそれぞれが持ってる魔力で、個人を判別できるの。だから、例え姿を変えていても、ある程度近くに寄られたら、魔力でわたしだってわかるのよ」
納得したようにうなずいたが、ソニアはマルチナの話を全て理解できた自信はなかった。話が複雑な上に、マルチナが使う言葉はソニアにとっては難しいのだ。
「魔力で正体を見破るには、大体二メートルくらい近寄る必要があるの。そしてさっき、あなたが無理やり手当てをしている時、わたしはあの馬たちの目と鼻の先にいた。それにもかかわらず、馬たちはわたしに気づかずに走り去っていった。……これがどういうことかわかる?」
「……わからない」
マルチナは魅力的な髪をバサッと揺らして、ソニアに詰め寄ってきた。
「あなたのおかげで、馬たちに見つからずに済んだってことよ!」
「ええっ! わ、わたし? 隣には、おばさんもいたよ? あの人かもよ」
「あの人は関係ないわ」
マルチナは血が固まり始めたヒジを差し出しながら、えらそうにキッパリと言った。
その時、どこからか馬の足音が聞こえてきた。
細い路地の壁に体を押し付けているらしく、蹄が壁を蹴っているようなザリッ、ガリッという耳障りな音が時々聞こえてきた。
「やだ、ここまで入ってこられると思う?」
「このあたりの路地は狭いから、ネコ以外の動物は無理じゃないかな」
「馬じゃなくて、大人だったら?」
「……大人なら、通れるね」
どうしてそんなことを聞くんだろうと思った時、馬の足音の代わりに、靴音が近づいてきていることに気が付いた。どんどんこちらに向かってきている。
さっき、魔法で変装できるって言ってたけど、まさか馬が人間に?
ソニアがそう思った時、マルチナがヨロヨロとイスから立ち上がった。
「手を貸して」
「えっ、あ、うん」
慌てて肩を貸して支えると、マルチナはパンッと拍手をした。するとイスはモヤのように消えた。
「これでよしと。あとはこのまま、わたしに触っていて」
「えっ、まさか逃げないの?」
マルチナはギュッとソニアにしがみついてきた。
「そうよ、あなたがいれば大丈夫だもの」
「ええっ! む、無理だよ!」
「大丈夫だから! 堂々としてて!」
「おや、こんにちは」
マルチナの言葉にかぶさるように、新しい声が上がった。
その声と一緒に現れたのは、馬のように背の高い男の人だった。
意思の強そうな目はキリッと見開かれていて、心の中まで見透かされそうだ。
長い金髪は大河のようで、思わず触ってみたくなる。
コルセットをしっかり締めた体に仕立ての良いワンピースを着ていて、磨き抜かれた白い編み上げブーツを履いており、どちらもよく似合っている。
マルチナはどこをどう切り取っても素敵で、「絵になる」ってこういうことなんだろうな、とソニアは思った。
「ねえ、手当てを受けてあげるから、もう少し人気のないところに移動させてくれない? あなたに話さなきゃならないことがあるの」
手当てを受けてあげる、だって。見とれちゃったけど、物言いはかわいくないみたい。
「うーん。それじゃあ、この店の裏にしよう。夜に親父さんたちがよくケンカをしてるから、昼間でもあんまり人がいないんだ」
「話を聞かれなければ、どこでもいいわ」
そこで、ソニアはマルチナに肩を貸して、隣り合っているせいでケンカが絶えない家具の修理屋と修理屋の路地裏の中へ入っていった。
二人で身を寄せ合って体を横にしながら路地を通り抜けると、少し開けた建物の裏手に出た。
昨日もケンカをしたのか、割れたビンが何本も転がっている。
そのそばでは、ズタズタに引きさかれたエプロンをベッド代わりにした野良ネコが二匹、丸くなって眠っていた。ここは観光客にはとても見せられないな、とソニアは苦笑いをした。そしてマルチナにもこんな場所は似つかわしくない、とも思った。
「ごめん。想像以上に汚いね。座るところもないし、どこか別の場所に行く?」
「大丈夫よ」
マルチナはそう言って、右手の親指と薬指をこすり合わせながら「門を開けて」とつぶやいた。すると、ふたりの目の前に、二脚のイスが現れた。それも腕置きつきの高そうなベルベットのイスだ。この路地裏にはまったく似合っていない。
「どうぞ座って」
「こ、こんな高そうなイス座れないよ」
「わたしの部屋のイスだから、遠慮しないで。ちょっと汚れてるくらいの方が、そうじする方もやりがいがあるでしょう」
思いもよらない言い分に驚いているソニアをよそに、マルチナは血がついた体のままヨタヨタとイスに座り込んだ。
「ほら、早く手当をして。その間に話すから」
せっかく用意してくれたのに、座らないのも失礼だよね。
そう自分に言い聞かせ、ソニアはワンピースのホコリを払ってからイスに座った。
「わあ、やわらかい」
ベルベットは綿にみたいやわらかく、雲の上に座っているような気持ちになった。
ソニアの知ってるイスといえば木だけでできていてとても固いため、クッションをしかないと長く座っていられないものばかりだ。それとは正反対のイスだ。
「あのね、わたしは今日初めて、あの馬たちを巻くことができたの」
マルチナが話しだしたおかげで我に返ったソニアは、もう一度手当を始めた。
「あの馬たちは、あなたの護衛?」
「彼らはただの近侍よ。まあそこは良いの。わたしはね、いつも魔法で変装をして、家を抜け出しているの」
それじゃあ今の姿もニセモノなの? と聞こうとしたが、マルチナの勢いに圧倒されて、とてもではないがソニアは口をはさめなかった。
「毎回姿を変えていれば、わたしの目撃情報を街の人から集められないから、時間がかせげるでしょう」
「頭いいね」と無理やり言ってみたが、マルチナには聞こえなかったようだ。
「でもね、魔法使い同士だと、お互いにそれぞれが持ってる魔力で、個人を判別できるの。だから、例え姿を変えていても、ある程度近くに寄られたら、魔力でわたしだってわかるのよ」
納得したようにうなずいたが、ソニアはマルチナの話を全て理解できた自信はなかった。話が複雑な上に、マルチナが使う言葉はソニアにとっては難しいのだ。
「魔力で正体を見破るには、大体二メートルくらい近寄る必要があるの。そしてさっき、あなたが無理やり手当てをしている時、わたしはあの馬たちの目と鼻の先にいた。それにもかかわらず、馬たちはわたしに気づかずに走り去っていった。……これがどういうことかわかる?」
「……わからない」
マルチナは魅力的な髪をバサッと揺らして、ソニアに詰め寄ってきた。
「あなたのおかげで、馬たちに見つからずに済んだってことよ!」
「ええっ! わ、わたし? 隣には、おばさんもいたよ? あの人かもよ」
「あの人は関係ないわ」
マルチナは血が固まり始めたヒジを差し出しながら、えらそうにキッパリと言った。
その時、どこからか馬の足音が聞こえてきた。
細い路地の壁に体を押し付けているらしく、蹄が壁を蹴っているようなザリッ、ガリッという耳障りな音が時々聞こえてきた。
「やだ、ここまで入ってこられると思う?」
「このあたりの路地は狭いから、ネコ以外の動物は無理じゃないかな」
「馬じゃなくて、大人だったら?」
「……大人なら、通れるね」
どうしてそんなことを聞くんだろうと思った時、馬の足音の代わりに、靴音が近づいてきていることに気が付いた。どんどんこちらに向かってきている。
さっき、魔法で変装できるって言ってたけど、まさか馬が人間に?
ソニアがそう思った時、マルチナがヨロヨロとイスから立ち上がった。
「手を貸して」
「えっ、あ、うん」
慌てて肩を貸して支えると、マルチナはパンッと拍手をした。するとイスはモヤのように消えた。
「これでよしと。あとはこのまま、わたしに触っていて」
「えっ、まさか逃げないの?」
マルチナはギュッとソニアにしがみついてきた。
「そうよ、あなたがいれば大丈夫だもの」
「ええっ! む、無理だよ!」
「大丈夫だから! 堂々としてて!」
「おや、こんにちは」
マルチナの言葉にかぶさるように、新しい声が上がった。
その声と一緒に現れたのは、馬のように背の高い男の人だった。
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