11 / 47
第一章
11.船出、波止場にて2
しおりを挟む
「ソニアが質問していいなら、わたしもしてもいいですよね。さっきも聞きましたけど、魔法航海士って何なんです?」
ソニアと手を繋いでいるマルチナが、水を得た魚のように活き活きと声を上げた。身を乗り出したことで、ロティアとマルチナのイスがガタガタと揺れる。
「確かに初めて聞くわねえ。ただの航海士さんなら、これまでもお会いしたことがあるけど」と母さん。
「ここ一、二年でできた職業ですから、無理もないですよ。魔法犯罪者の妨害行為から船を護ること、それが魔法航海士の任務です」
「魔法犯罪者?」
マルチナはじっくりとオウム返しをした。
「ここ数年、魔法使いによる犯罪が増えているそうなんです。多いものは、街中でのひったくりや泥棒だそうですが、船を襲うこともあるそうで、犯罪者から船を護る魔法航海士という職業が作られたんです」
母さんは少し不安そうに父さんの方を見た。父さんは険しい顔をしている。
「かなりの重圧がある仕事だね。何か困ったことがあれば、何でも言ってくれ。私で良ければ力になる」
「心強いお言葉をありがとうございます。ですが、フォルテス家のお屋敷でご指導たまわりましたので、必ずお役目が果たせると自負しております」
そう答えるリベルトの顔は、眉がキリッとつり上がり、目には強い意志が宿り、十七歳よりもずっと大人に見えた。
「フフッ、頼もしいわねえ。それにしても、フォルテス家って、この街の高台にある魔法のお屋敷でしょう。リベルトはフォルテス家のご出身なの?」
「いえ。僕は七歳から十七歳まで、フォルテスのお屋敷でお世話になり、魔法の指導を受けていました」
リベルトがそう答えた瞬間、マルチナがソニアと繋いでいる手の力を強めた。チラリとマルチナを見ると、元々大きな目を一層大きく見開いて、リベルトを燃やしかねないような視線を送っていた。
そうか。高台のお屋敷って、マルチナのお家のことか。
それじゃあ、マルチナの本名は、マルチナ・フォルテスで、マルチナとリベルトさんはお屋敷で会ったことがあるってことかな。
もしそうだったとして、マルチナのこの表情はなんなんだろう。怒っているようにも、泣きそうにも見える。
「……ルチア、どうしたの?」
「……なんでもないわ」
マルチナはソニアと目も合わせずに、冷たく答えた。
絶対に何かあるのだろうが、この状況で話すのは難しいだろう。ソニアは「そう」とだけ言って、また父さんたちの話に耳を傾けた。
「フォルテスのお屋敷は、魔法の指導をされてるのか。立派な建物だが、何をしているかは知らなかったよ」
「あまり公にしてはいませんが、周辺八カ国にいる魔法使いのうち、正しい知識を得る機会がない者を集めて、魔法の指導を行ってくださるんです。それも奥様が直々に」
「まあ、すごいわねえ」
「奥様は素晴らしい魔法の使い手なんですよ。魔法使いの数が少ないせいか、魔法使い専用の学校は、世界的に見ても本当に少ないんです。僕もフォルテス家に来るまでは、ほとんど魔法が使えませんでした。でも、今では百種類以上の魔法が使えるようになりました。魔法使いの友人もでき、魔法使い特有の悩みなども相談できるようになって、フォルテス家に来て本当によかったと思いました」
リベルトはにこやかに話した。
たぶんウソは言ってないな、とソニアは思った。しかし、マルチナから聞いていたお屋敷の印象とはずいぶん違う、とも思った。
マルチナは朝から晩まで、「魔法以外」の勉強を嫌ってほどさせられている。
その一方で、リベルトはしっかり魔法を勉強し、魔法を活かした仕事にまで就いている。
マルチナが、自分のお父さんやお母さんと仲が良いか悪いかで言ったら、悪い方だとソニアは捉えている。しかしリベルトは、恐らくマルチナのお母さんであろう「奥様」から魔法を教えてもらった、と言っていた。仲も良さそうだ。
まるで正反対の話だ。
一体どういうことだろう。
ソニアは首をひねるついでに、もう一度マルチナを盗み見た。
マルチナは、泣き出しそうな顔をうつむかせて、耳の後ろの髪を指にからませていた。
友達が悲しんでる。
もうこの話は終わらせなきゃ。
ソニアは自分の体温がマルチナに伝わるように、優しく、繋いでいる手の力を強めた。
「……あの、わたし、時計が好きなんです」
ソニアの方を見たリベルトは、パッと顔色を明るくした。
「それは良いご趣味ですね。今つけている懐中時計も素敵だ」
「ありがとうございます。航海士さんは、どんな時計を持つか、決まり事があったりするんですか?」
「懐中時計が支給されましたが、僕は父親に買ってもらった懐中時計どちらも常に身につけていますよ」
リベルトはジャケットの内ポケットから父親からもらったという懐中時計を取り出して見せてくれた。太陽の赤色と、海の青色、それから波の白色の針が回る時計は、いかにも航海士らしい時計だ。
「きれいな時計ですね。どこで作られたんですか?」
「大陸を横断する巨大な山脈のある国です。時計が有名な国で、各国への輸出量は郡を抜いています。僕の故郷です」
「へえ! そんな遠くから遥々!」
それから二人が船に乗り込むまでの間は、リベルトの故郷の話を聞いて過ごした。時計の他にはチーズが有名で、固くなったパンをおいしく食べるために、溶かしたチーズにパンを浸して食べるそうだ。名前はチーズフォンデュというらしい。聞いているだけで、ヨダレが出てくるほどすごくおいしそうな料理だ。
この話になると、マルチナも少しずつ元気になってきて、時々、「へえ」とか「おもしろい」とかと口をはさんできた。
よかった、マルチナが少しでも元気になって。
ソニアはふうっと安堵のため息をついた。
ソニアと手を繋いでいるマルチナが、水を得た魚のように活き活きと声を上げた。身を乗り出したことで、ロティアとマルチナのイスがガタガタと揺れる。
「確かに初めて聞くわねえ。ただの航海士さんなら、これまでもお会いしたことがあるけど」と母さん。
「ここ一、二年でできた職業ですから、無理もないですよ。魔法犯罪者の妨害行為から船を護ること、それが魔法航海士の任務です」
「魔法犯罪者?」
マルチナはじっくりとオウム返しをした。
「ここ数年、魔法使いによる犯罪が増えているそうなんです。多いものは、街中でのひったくりや泥棒だそうですが、船を襲うこともあるそうで、犯罪者から船を護る魔法航海士という職業が作られたんです」
母さんは少し不安そうに父さんの方を見た。父さんは険しい顔をしている。
「かなりの重圧がある仕事だね。何か困ったことがあれば、何でも言ってくれ。私で良ければ力になる」
「心強いお言葉をありがとうございます。ですが、フォルテス家のお屋敷でご指導たまわりましたので、必ずお役目が果たせると自負しております」
そう答えるリベルトの顔は、眉がキリッとつり上がり、目には強い意志が宿り、十七歳よりもずっと大人に見えた。
「フフッ、頼もしいわねえ。それにしても、フォルテス家って、この街の高台にある魔法のお屋敷でしょう。リベルトはフォルテス家のご出身なの?」
「いえ。僕は七歳から十七歳まで、フォルテスのお屋敷でお世話になり、魔法の指導を受けていました」
リベルトがそう答えた瞬間、マルチナがソニアと繋いでいる手の力を強めた。チラリとマルチナを見ると、元々大きな目を一層大きく見開いて、リベルトを燃やしかねないような視線を送っていた。
そうか。高台のお屋敷って、マルチナのお家のことか。
それじゃあ、マルチナの本名は、マルチナ・フォルテスで、マルチナとリベルトさんはお屋敷で会ったことがあるってことかな。
もしそうだったとして、マルチナのこの表情はなんなんだろう。怒っているようにも、泣きそうにも見える。
「……ルチア、どうしたの?」
「……なんでもないわ」
マルチナはソニアと目も合わせずに、冷たく答えた。
絶対に何かあるのだろうが、この状況で話すのは難しいだろう。ソニアは「そう」とだけ言って、また父さんたちの話に耳を傾けた。
「フォルテスのお屋敷は、魔法の指導をされてるのか。立派な建物だが、何をしているかは知らなかったよ」
「あまり公にしてはいませんが、周辺八カ国にいる魔法使いのうち、正しい知識を得る機会がない者を集めて、魔法の指導を行ってくださるんです。それも奥様が直々に」
「まあ、すごいわねえ」
「奥様は素晴らしい魔法の使い手なんですよ。魔法使いの数が少ないせいか、魔法使い専用の学校は、世界的に見ても本当に少ないんです。僕もフォルテス家に来るまでは、ほとんど魔法が使えませんでした。でも、今では百種類以上の魔法が使えるようになりました。魔法使いの友人もでき、魔法使い特有の悩みなども相談できるようになって、フォルテス家に来て本当によかったと思いました」
リベルトはにこやかに話した。
たぶんウソは言ってないな、とソニアは思った。しかし、マルチナから聞いていたお屋敷の印象とはずいぶん違う、とも思った。
マルチナは朝から晩まで、「魔法以外」の勉強を嫌ってほどさせられている。
その一方で、リベルトはしっかり魔法を勉強し、魔法を活かした仕事にまで就いている。
マルチナが、自分のお父さんやお母さんと仲が良いか悪いかで言ったら、悪い方だとソニアは捉えている。しかしリベルトは、恐らくマルチナのお母さんであろう「奥様」から魔法を教えてもらった、と言っていた。仲も良さそうだ。
まるで正反対の話だ。
一体どういうことだろう。
ソニアは首をひねるついでに、もう一度マルチナを盗み見た。
マルチナは、泣き出しそうな顔をうつむかせて、耳の後ろの髪を指にからませていた。
友達が悲しんでる。
もうこの話は終わらせなきゃ。
ソニアは自分の体温がマルチナに伝わるように、優しく、繋いでいる手の力を強めた。
「……あの、わたし、時計が好きなんです」
ソニアの方を見たリベルトは、パッと顔色を明るくした。
「それは良いご趣味ですね。今つけている懐中時計も素敵だ」
「ありがとうございます。航海士さんは、どんな時計を持つか、決まり事があったりするんですか?」
「懐中時計が支給されましたが、僕は父親に買ってもらった懐中時計どちらも常に身につけていますよ」
リベルトはジャケットの内ポケットから父親からもらったという懐中時計を取り出して見せてくれた。太陽の赤色と、海の青色、それから波の白色の針が回る時計は、いかにも航海士らしい時計だ。
「きれいな時計ですね。どこで作られたんですか?」
「大陸を横断する巨大な山脈のある国です。時計が有名な国で、各国への輸出量は郡を抜いています。僕の故郷です」
「へえ! そんな遠くから遥々!」
それから二人が船に乗り込むまでの間は、リベルトの故郷の話を聞いて過ごした。時計の他にはチーズが有名で、固くなったパンをおいしく食べるために、溶かしたチーズにパンを浸して食べるそうだ。名前はチーズフォンデュというらしい。聞いているだけで、ヨダレが出てくるほどすごくおいしそうな料理だ。
この話になると、マルチナも少しずつ元気になってきて、時々、「へえ」とか「おもしろい」とかと口をはさんできた。
よかった、マルチナが少しでも元気になって。
ソニアはふうっと安堵のため息をついた。
0
あなたにおすすめの小説
独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。
猫菜こん
児童書・童話
小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。
中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!
そう意気込んでいたのに……。
「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」
私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。
巻き込まれ体質の不憫な中学生
ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主
咲城和凜(さきしろかりん)
×
圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良
和凜以外に容赦がない
天狼絆那(てんろうきずな)
些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。
彼曰く、私に一目惚れしたらしく……?
「おい、俺の和凜に何しやがる。」
「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」
「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」
王道で溺愛、甘すぎる恋物語。
最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。
生まれたばかりですが、早速赤ちゃんセラピー?始めます!
mabu
児童書・童話
超ラッキーな環境での転生と思っていたのにママさんの体調が危ないんじゃぁないの?
ママさんが大好きそうなパパさんを闇落ちさせない様に赤ちゃんセラピーで頑張ります。
力を使って魔力を増やして大きくなったらチートになる!
ちょっと赤ちゃん系に挑戦してみたくてチャレンジしてみました。
読みにくいかもしれませんが宜しくお願いします。
誤字や意味がわからない時は皆様の感性で受け捉えてもらえると助かります。
流れでどうなるかは未定なので一応R15にしております。
現在投稿中の作品と共に地道にマイペースで進めていきますので宜しくお願いします🙇
此方でも感想やご指摘等への返答は致しませんので宜しくお願いします。
転生妃は後宮学園でのんびりしたい~冷徹皇帝の胃袋掴んだら、なぜか溺愛ルート始まりました!?~
☆ほしい
児童書・童話
平凡な女子高生だった私・茉莉(まり)は、交通事故に遭い、目覚めると中華風異世界・彩雲国の後宮に住む“嫌われ者の妃”・麗霞(れいか)に転生していた!
麗霞は毒婦だと噂され、冷徹非情で有名な若き皇帝・暁からは見向きもされない最悪の状況。面倒な権力争いを避け、前世の知識を活かして、後宮の学園で美味しいお菓子でも作りのんびり過ごしたい…そう思っていたのに、気まぐれに献上した「プリン」が、甘いものに興味がないはずの皇帝の胃袋を掴んでしまった!
「…面白い。明日もこれを作れ」
それをきっかけに、なぜか暁がわからの好感度が急上昇! 嫉妬する他の妃たちからの嫌がらせも、持ち前の雑草魂と現代知識で次々解決! 平穏なスローライフを目指す、転生妃の爽快成り上がり後宮ファンタジー!
9日間
柏木みのり
児童書・童話
サマーキャンプから友達の健太と一緒に隣の世界に迷い込んだ竜(リョウ)は文武両道の11歳。魔法との出会い。人々との出会い。初めて経験する様々な気持ち。そして究極の選択——夢か友情か。
大事なのは最後まで諦めないこと——and take a chance!
(also @ なろう)
14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート
谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。
“スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。
そして14歳で、まさかの《定年》。
6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。
だけど、定年まで残された時間はわずか8年……!
――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。
だが、そんな幸弘の前に現れたのは、
「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。
これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。
描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。
図書室でだけプリンセス!〜魔神の封印は私におまかせ〜
神伊 咲児
児童書・童話
本が大好きな小学五年生、星乃 朱莉(ほしの あかり)。
彼女の正体は、千年前、七体の魔神を封印した伝説の「星光姫(プリンセス)アステル」の生まれ変わりだった!
ある日、図書室で見つけた光る本『アステル』を開いた途端、朱莉は異世界へ飛ばされる。
そこで出会ったのは「おっす!」と陽気な勇者リュートと、その背後に迫る一つ目の魔神だった。
リュートから星光の杖を受け取った朱莉は、星光姫(プリンセス)アステルへと変身する。
「魔神の封印は私におまかせ!」
リュートと朱莉の、ワクワクいっぱいの魔神封印の冒険が、いま始まる!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる