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第一章
16.不思議な事実、魔法のお屋敷にて2
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マルチナの家は中もとても豪華だった。まず最初に目に入るのは、大きなシャンデリアとその下に置かれた二つのグリフォンの銅像だ。銀色に光るシャンデリアも銅像も細かい装飾が施されていて立派だ。
群青色のカーペットが敷かれた広いエントランスの先には、ハの字型に広がった階段がつながっている。その階段は少し中途半端な高さだ。恐らく階段の先に、中二階に続く廊下が伸びているのだろう。
「応接間は二階だ。こちらへどうぞ」
二階に上がるにはハの字型の階段ではなく、植物の壁画が描かれた壁沿いの階段を上った。植物のツルのような形をした太い銀色の手すり付きの階段が、ぐるりと壁についている。
「階段が二つもあるなんて、ちょっと不思議な作りですね」
「ここを建てた五代目の当主の遊び心さ。他にも変わったところはいろいろある。例えば、秘密の抜け道とかね」
マテウスの言葉に、マルチナの肩がピクッと反応した。
そうか、マルチナはその抜け道を使ってるんだ。
階段に敷かれているカーペットはまるで雲の上を歩いているようにフカフカで、気持ちが良い。ソニアは、この階段ならいくら上っても足が疲れないような気がした。
階段を上りきると、二階の廊下を十歩進んだ先にある応接間に通された。白色の家具やカーテンが使われているせいか、窓の外の光が先ほどよりもまぶしく感じられた。ソニアは思わずキュッと目を細めた。
「二人は並んで座ると良い。そちらへどうぞ」
「ありがとうございます」
マテウスは太陽の光がさんさんと差し込む三人掛けのソファをソニアたちに勧めてくれた。そして自分は、テーブルを隔てた向かいの一人がけのソファに座った。
「このソファもカーペットと同じで、雲みたいにふわふわだ。気持ちいいね、マルチナ」
「……そうね」
マルチナは少し顔を上げて、短く答えた。泣きつかれたのか、馬車を降りてからはずっとおとなしい。マルチナの目線の先には、テーブルに置かれた卵型のオブジェがある。周りは金色に塗られ、等間隔にルビーがついている。
ソニアは首をあまり動かさないようにしながら部屋の中を見回すした。大きなバラの絵があったり、金で縁取られた白いツボがあったり、夏の今は使われていないマントルピースに大量のユリを生けた花瓶が置かれていたり、どこを見てもとても豪華だ。
「では、さっそくだが話を始めよう」
「あ、はい。ごめんなさい、キョロキョロして」
「ちっとも。むしろ興味を持ってくれてうれしいよ」
マテウスはにっこりと笑った。
「では、ソニアに質問させてもらうね。マルチナとはどこで出会ったんだい?」
「港町の目抜き通りで。昨日の午後に買い物をしていたら、近侍さんたちから逃げてる最中のマルチナが、転んだところにたまたま居合わせたんです」
マテウスはマルチナの包帯のついた体をじっくりと見て、「なるほど」と言った。
「ケガはひどかったかい?」
「ええ。でも、今朝は少し良くなっていましたよ。前の夜によく食べたので、それが効いたのかもしれません」
「それはよかった。……ん? つまり君がマルチナを泊めてくれたのかい?」
「わたしのワガママを聞いてくれたのよ! ソニアは悪くないわ!」
急にマルチナが声を上げて、ソニアもマテウスさんもビックリしてしまった。
「ソニアを責めないで!」
「責めるつもりなどないよ。ただ、娘が危険な場所で一夜を過ごしていないか、心配して確認しただけだ」
そう話すマテウスの声と目は優しく穏やかだ。しかしマルチナは「フンッ」と言って、すぐにまたうつむいた。
「娘を泊めてくれてありがとう、ソニア。夕食まで」
「いえ。わたしも楽しかったので。それから父さんと母さんも、マルチナを気に入ってましたよ」
マテウスはうれしそうに「そうか」と言った。
ソニアにはその顔が、ウソをついているようには見えなかった。
本当にどういうことだろう。
マルチナから聞いていたお父さんの印象とは、海と陸くらい違っている。
わたしは好きか嫌いかで言ったら、マテウスさんのことが好きだ。
でも、そう思わせるのがうまいだけのウソつきなのかな。
そう思うと、ソニアは少しだけ落ち着かない気持ちになった。
何か、落ち着く方法は……。
そう思って身の回りを見回した時、首から下げた懐中時計が、窓の外の光をきらっと反射させた。
「あっ! 今日、ネジを回してない!」
ソニアはバッと立ち上がって、大急ぎで竜頭を回した。
「急にごめんなさい! この時計のネジ、回すのを忘れてて!」
二人の返事も聞かずに、ソニアはグルグルとネジを回す。
幸運なことに秒針は動き続けていたけれど、あと少しで止まっていたかもしれない。危なかった!
最後にもう一周ネジをぐるりと回した時、「あっ!」と声が上がった。
ソニアが時計から顔を上げると、マテウスが大きく口を開けて、ソファから立ち上がっていた。その視線はマルチナに注がれている。
「ど、どうしたんですか?」
「いや、信じられないが、今、マルチナの魔法の気配を感じるんだ。ほんのかすかにだが」
「……そうよ。わたしは、ソニアといれば魔法の気配を消せるの」
マルチナがそっけなく答える。すると今度は、マテウスがソニアの方を見た。
「ソニアが? ……まさか。そんなはずはない」
マテウスはソニアの手を取ると、窓のそばまで連れて行った。マルチナが「ちょっと!」と言って、後をついてくる。
手を離したマテウスは、三歩分後退りしてから、ソニアをじっくりと見た。
「ソニア、何か宝飾品をつけているかい?」
「いえ。身につけるものはいつも、この時計くらいです」
「ワンピースの糸に金が編んであったりは?」
「母さんが近所の手芸店で買った糸と、古着の布なので、ありえないです」
「靴は?」
「近所の靴屋で買った安いものです」
マテウスは口元に手を当てて、何かブツブツ言っている。カバンやポケットなどとつぶやいている。
その隙に、マルチナがソニアの手を取った。
「ソニアにいじわるしないでよ」
「いじわるなんてされてないから、大丈夫だよ、マルチナ」
「でも突然手を取って、質問攻めにするなんて、どうかと思うわ」
マルチナがギロリとマテウスをにらむ。するとマテウスは「今度はまた消えたぞ!」と声を上げて、また何かをつぶやいた。
その時、ドアがノックされた。「どうぞ」とテキパキ答えるマテウス。外側からドアが開くと、お茶を持ったカミラが入ってきた。
「まあ、旦那様。お二人も立ち上がってどうしたんです?」
「カミラ、わたしが今日持ち帰った荷物の中に、青色のレザークロスの本がある。すぐに持ってきてくれるか。お茶は自分で注ぐよ」
「よろしいのですか?」
マテウスは三人分のお茶が乗った銀色のトレーをパッと奪って、「早く行ってくれ、頼む」と切羽詰まったように言った。
カミラはキリッと眉を吊り上げて、「承知いたしました」と言って、部屋から出ていった。
「二人とも驚かせてすまなかったね。座ってくれ、お茶にしよう」
「あんな大騒ぎを起こしておいて、どういうわけか話さないの?」
「すまない。自分を落ち着けるためにも、お茶を飲みたいんだ。付き合ってくれないか」
「チッ」と鋭い音が鳴った。
それがマルチナの舌打ちだとわかると、ソニアは思わず吹き出してしまった。
こんな着飾った女の子が、怒った町商人みたいなことをするなんて!
ソニアがクスクス笑い出すと、マルチナはプクッとほほをふくらませた。
「わ、笑わないでよ、ソニア!」
「ふふふっ、ごめん、ごめん。だって、ふふっ、おかしくって」
笑いが止められなくてずっと笑っていると、やがてマルチナの口元にも笑顔が戻ってきた。
「ねえ、マルチナ。ひとまずお茶にしよう。わたし、たぶんあんなに濃い紅茶を飲むこと、人生に一回あるかないかだと思うから、味が気になるんだ」
テーブルの上に並んだカップを指差す。湯気が上がる紅茶は、深い赤色をしていて、濃厚な香りを放っている。口の中がヨダレでいっぱいになるくらいおいしそうだ。
「……わかったわ。ソニアのために座ってあげる」
「ありがとう、マルチナ」
ソニアとマルチナがソファに座ると、マテウスと目があった。その目は「ありがとう」と言っているような気がした。
群青色のカーペットが敷かれた広いエントランスの先には、ハの字型に広がった階段がつながっている。その階段は少し中途半端な高さだ。恐らく階段の先に、中二階に続く廊下が伸びているのだろう。
「応接間は二階だ。こちらへどうぞ」
二階に上がるにはハの字型の階段ではなく、植物の壁画が描かれた壁沿いの階段を上った。植物のツルのような形をした太い銀色の手すり付きの階段が、ぐるりと壁についている。
「階段が二つもあるなんて、ちょっと不思議な作りですね」
「ここを建てた五代目の当主の遊び心さ。他にも変わったところはいろいろある。例えば、秘密の抜け道とかね」
マテウスの言葉に、マルチナの肩がピクッと反応した。
そうか、マルチナはその抜け道を使ってるんだ。
階段に敷かれているカーペットはまるで雲の上を歩いているようにフカフカで、気持ちが良い。ソニアは、この階段ならいくら上っても足が疲れないような気がした。
階段を上りきると、二階の廊下を十歩進んだ先にある応接間に通された。白色の家具やカーテンが使われているせいか、窓の外の光が先ほどよりもまぶしく感じられた。ソニアは思わずキュッと目を細めた。
「二人は並んで座ると良い。そちらへどうぞ」
「ありがとうございます」
マテウスは太陽の光がさんさんと差し込む三人掛けのソファをソニアたちに勧めてくれた。そして自分は、テーブルを隔てた向かいの一人がけのソファに座った。
「このソファもカーペットと同じで、雲みたいにふわふわだ。気持ちいいね、マルチナ」
「……そうね」
マルチナは少し顔を上げて、短く答えた。泣きつかれたのか、馬車を降りてからはずっとおとなしい。マルチナの目線の先には、テーブルに置かれた卵型のオブジェがある。周りは金色に塗られ、等間隔にルビーがついている。
ソニアは首をあまり動かさないようにしながら部屋の中を見回すした。大きなバラの絵があったり、金で縁取られた白いツボがあったり、夏の今は使われていないマントルピースに大量のユリを生けた花瓶が置かれていたり、どこを見てもとても豪華だ。
「では、さっそくだが話を始めよう」
「あ、はい。ごめんなさい、キョロキョロして」
「ちっとも。むしろ興味を持ってくれてうれしいよ」
マテウスはにっこりと笑った。
「では、ソニアに質問させてもらうね。マルチナとはどこで出会ったんだい?」
「港町の目抜き通りで。昨日の午後に買い物をしていたら、近侍さんたちから逃げてる最中のマルチナが、転んだところにたまたま居合わせたんです」
マテウスはマルチナの包帯のついた体をじっくりと見て、「なるほど」と言った。
「ケガはひどかったかい?」
「ええ。でも、今朝は少し良くなっていましたよ。前の夜によく食べたので、それが効いたのかもしれません」
「それはよかった。……ん? つまり君がマルチナを泊めてくれたのかい?」
「わたしのワガママを聞いてくれたのよ! ソニアは悪くないわ!」
急にマルチナが声を上げて、ソニアもマテウスさんもビックリしてしまった。
「ソニアを責めないで!」
「責めるつもりなどないよ。ただ、娘が危険な場所で一夜を過ごしていないか、心配して確認しただけだ」
そう話すマテウスの声と目は優しく穏やかだ。しかしマルチナは「フンッ」と言って、すぐにまたうつむいた。
「娘を泊めてくれてありがとう、ソニア。夕食まで」
「いえ。わたしも楽しかったので。それから父さんと母さんも、マルチナを気に入ってましたよ」
マテウスはうれしそうに「そうか」と言った。
ソニアにはその顔が、ウソをついているようには見えなかった。
本当にどういうことだろう。
マルチナから聞いていたお父さんの印象とは、海と陸くらい違っている。
わたしは好きか嫌いかで言ったら、マテウスさんのことが好きだ。
でも、そう思わせるのがうまいだけのウソつきなのかな。
そう思うと、ソニアは少しだけ落ち着かない気持ちになった。
何か、落ち着く方法は……。
そう思って身の回りを見回した時、首から下げた懐中時計が、窓の外の光をきらっと反射させた。
「あっ! 今日、ネジを回してない!」
ソニアはバッと立ち上がって、大急ぎで竜頭を回した。
「急にごめんなさい! この時計のネジ、回すのを忘れてて!」
二人の返事も聞かずに、ソニアはグルグルとネジを回す。
幸運なことに秒針は動き続けていたけれど、あと少しで止まっていたかもしれない。危なかった!
最後にもう一周ネジをぐるりと回した時、「あっ!」と声が上がった。
ソニアが時計から顔を上げると、マテウスが大きく口を開けて、ソファから立ち上がっていた。その視線はマルチナに注がれている。
「ど、どうしたんですか?」
「いや、信じられないが、今、マルチナの魔法の気配を感じるんだ。ほんのかすかにだが」
「……そうよ。わたしは、ソニアといれば魔法の気配を消せるの」
マルチナがそっけなく答える。すると今度は、マテウスがソニアの方を見た。
「ソニアが? ……まさか。そんなはずはない」
マテウスはソニアの手を取ると、窓のそばまで連れて行った。マルチナが「ちょっと!」と言って、後をついてくる。
手を離したマテウスは、三歩分後退りしてから、ソニアをじっくりと見た。
「ソニア、何か宝飾品をつけているかい?」
「いえ。身につけるものはいつも、この時計くらいです」
「ワンピースの糸に金が編んであったりは?」
「母さんが近所の手芸店で買った糸と、古着の布なので、ありえないです」
「靴は?」
「近所の靴屋で買った安いものです」
マテウスは口元に手を当てて、何かブツブツ言っている。カバンやポケットなどとつぶやいている。
その隙に、マルチナがソニアの手を取った。
「ソニアにいじわるしないでよ」
「いじわるなんてされてないから、大丈夫だよ、マルチナ」
「でも突然手を取って、質問攻めにするなんて、どうかと思うわ」
マルチナがギロリとマテウスをにらむ。するとマテウスは「今度はまた消えたぞ!」と声を上げて、また何かをつぶやいた。
その時、ドアがノックされた。「どうぞ」とテキパキ答えるマテウス。外側からドアが開くと、お茶を持ったカミラが入ってきた。
「まあ、旦那様。お二人も立ち上がってどうしたんです?」
「カミラ、わたしが今日持ち帰った荷物の中に、青色のレザークロスの本がある。すぐに持ってきてくれるか。お茶は自分で注ぐよ」
「よろしいのですか?」
マテウスは三人分のお茶が乗った銀色のトレーをパッと奪って、「早く行ってくれ、頼む」と切羽詰まったように言った。
カミラはキリッと眉を吊り上げて、「承知いたしました」と言って、部屋から出ていった。
「二人とも驚かせてすまなかったね。座ってくれ、お茶にしよう」
「あんな大騒ぎを起こしておいて、どういうわけか話さないの?」
「すまない。自分を落ち着けるためにも、お茶を飲みたいんだ。付き合ってくれないか」
「チッ」と鋭い音が鳴った。
それがマルチナの舌打ちだとわかると、ソニアは思わず吹き出してしまった。
こんな着飾った女の子が、怒った町商人みたいなことをするなんて!
ソニアがクスクス笑い出すと、マルチナはプクッとほほをふくらませた。
「わ、笑わないでよ、ソニア!」
「ふふふっ、ごめん、ごめん。だって、ふふっ、おかしくって」
笑いが止められなくてずっと笑っていると、やがてマルチナの口元にも笑顔が戻ってきた。
「ねえ、マルチナ。ひとまずお茶にしよう。わたし、たぶんあんなに濃い紅茶を飲むこと、人生に一回あるかないかだと思うから、味が気になるんだ」
テーブルの上に並んだカップを指差す。湯気が上がる紅茶は、深い赤色をしていて、濃厚な香りを放っている。口の中がヨダレでいっぱいになるくらいおいしそうだ。
「……わかったわ。ソニアのために座ってあげる」
「ありがとう、マルチナ」
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