【第二章完結】マルチナのかくれ石【続編執筆中】

唄川音

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第一章

22.旅立ち、船上にて1

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 夏が来た。太陽は毎日ジリジリと照りつけて、外を歩くのも億劫になる。
 しかし夏休みになったソニアは、この頃町をあまり歩かずに、海風の心地よいところで快適に暮らしている。それがどこかって?

「はーっ! 船の上って気持ちいいわね!」
 ソニアの隣に立っているマルチナは、ソニアと手をつないだままググッと大きな伸びをした。長い銀色の髪が、海風で天の川のように揺れる。
「エリアスさんの言う通り、船の旅っておもしろいわね。最初は船酔いが心配だったけど、もうすっかり慣れたし。そろそろ降りるのが残念なくらいだわ」
「わたしは父さんの娘だから、大丈夫だと思ったよっ」
 ソニアがフフンッと鼻を鳴らすと、マルチナはいじわるな笑顔を浮かべた。
「あら。最初の日に『船が揺れるのが怖い』って言って、一緒に寝てほしがったのは誰だったかしら」
「……それは忘れてよ。今思い出しても恥ずかしい」
「あはは、冗談よ!」
 マルチナはソニアの肩に腕を回し、声をあげて笑った。
 ソニアとマルチナたちは、ある国に向けた客船に乗っていた。目的地は、「ソニアの懐中時計が作られた国」だ。





 マルチナの家に行ったあの日、楽しい夕食が終わると、ソニア、マルチナ、テオ、マテウス、ルシアの五人で、談話室のテーブルを囲った。
 マホガニー製の広々としたテーブルには、コーヒーと甘いチョコレートが用意された。カミラはソニアとマルチナには、ミルクと砂糖をたっぷり入れたコーヒーを淹れてくれた。
『つまり、マルチナの魔力の気配をかくすのは、サファイアとは言い切れないということか』
 マテウスは真っ黒いコーヒーをすすった。お酒のせいでまどろんだ頭を覚ますためだろう。
 その向かいに座るテオも砂糖を入れたコーヒーを飲みながら、「はい」と答えた。
『魔力の気配をかくす道具がある、という事実を発見を発表したのは、この著書を書いたラファエル・アンカーのみです。この著書が出たのが二年前で、しかも検証対象が彼の家族のみですから、不確かな情報とも言えます』
 マテウスさんは「確かに」と苦い顔をした。
『ですから、マルチナの魔力の気配をかくすのは、ソニアの時計のサファイアなのか、サファイヤの原産国や大きさ、役割が関係しているのかなど、いろいろ検証する必要があると考えます』
 テーブルの上には、マルチナが気に入ったというサファイヤで飾られた宝玉が置かれている。これに触れてみたが、マルチナの魔力の気配は隠れなかった。
『サファイアなら幸いうちにはたくさんあるわ。根気よく、マルチナに合うものを探していけば良いわよ』
『お母様たちは、わたしの魔力をかくしたいのよね、魔法犯罪からも差別からも護るために』
 マルチナの声や言葉にもう刺々しさはない。マテウスとルシアは安心した顔でうなずいた。
『むしろ、今後は、すべての魔法使いが自分の魔力の気配をかくす道具を把握するべきだと思うの。魔法犯罪者にかかわらないためには、魔力をかくして、ふつうの人間のように生活する方が良いもの』
『……そんなに増えてるんですか?』
 急に父さんのことが心配になったソニアが尋ねると、マテウスが慌てて手をふった。
『増えていないとは言い難いが、警察もきちんと機能しているし、魔法による対抗策も講じられているから、心配しすぎることはないよ。ソニアは優しいな』
『ソニアはエリアスさんが心配なのよね』
 マルチナがそっとソニアの手を握ってきた。
 温かさってどうしてこんなにも安心するんだろう。強張った気持ちが少しだけ柔らかくなった。
『……ちょっと待ってくれ、マルチナ。い、今、エリアスと言ったかい?』
『ええ。ソニアのお父様の名前はエリアスさんよ』
『そ、そういえばさっき、ソニアの御父上は船の料理番だと言っていたね』
『はい。今日、出航しました』
 マテウスは大きな手で口元を覆い、目を見開いた。そのサファイア色の目は、海のようにきらめいている。
『まさか、こんなことがあるなんて! エリアスは僕の恩人なんだ!』
 マテウスの声と体は興奮でブルブル震えている。
『あなたがお屋敷を抜け出した時に、遊んでくださったっていう?』とルシア。
『まあ! お父様も家を抜け出したことがあるの!』とマルチナ。
『ああ。十歳にも満たない頃、当主として厳しく教育されることに嫌気がさして、屋敷を抜け出したんだ。その時にわたしをかくまってくれたのがエリアスだったんだ』
『『えーっ!』』
 ソニアとマルチナは顔を見合わせて叫んだ。

 こんなことってあるだろうか!
 わたしとマルチナだけじゃなく、エリアス父さんとマテウスさんが偶然出会っていたなんて!

 マルチナとつないでいる手が震えてしまう。しかしソニアだけではなく、マルチナの手も震えていた。
 マテウスはもう一口コーヒーを飲み、きゅっと目を細めた。今ではない、遠い日を見つめているような目だ。
『エリアスはわたしよりも五つ年上で、すでに町の料理屋で見習いをしていてね。ちょうどパンとチーズをかじって休憩しているところで出会って、わたしにも分けてくれたんだよ。あのパンとチーズは、これまでの人生で一番おいしかったな』
『なあんだ。お父様もわたしのことを叱れない立場だったのね』
 エリアスは困ったように笑った。
『まあな。エリアスから、君は近侍の馬と追いかけっこするのが好きなのかと思ってた、と言われるくらいには、しょっちゅう抜け出していたよ』
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