【第二章完結】マルチナのかくれ石【続編執筆中】

唄川音

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第一章

24.旅立ち、船上にて3

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「あっ、回し忘れるところだった!」
 キリリッキリリッと音を立てながら、懐中時計のネジを回す。そうすると止まりそうになって小さく動いていた秒針は、また元気よく回りだした。
「船に乗ってからは、他にも面白いことがあって、回すの忘れがちね」とマルチナ。
「ちゃんと面倒見てあげないと、時計がすねちゃうね。ごめんね」
 ソニアが文字盤を優しくなでると、マルチナも横から手を出してきて、文字盤をなでた。
「わたしがソニアを独り占めしてごめんね」
「ふふふ、なにそれ」
「だって、前もわたしのせいで、ネジを回し忘れたじゃない」
「えっ、本当?」
「初めてうちに来て、お父様たちと話した時よ」
 ソニアが「ああ、そういえばそうだったね」と言うと同時に、船内にアナウンスが流れだした。
『ご乗船の皆さま。本日の夕刻、ドイツェリクに到着いたします』
 一枚膜を被ったようなくぐもった不思議な声に、最初は驚いた。船内すべての部屋に声を届けるための特殊な魔法を使っている、と最初の夜にテオが教えてくれた。
「あーあ、とうとう着いちゃうわね」
 マルチナは口を尖らせて、手すりにグデッともたれかかった。マルチナの頭の向こう側には海が見え、さらに遠くの方に陸が見えてきた。あれが目的地のドイツェルクだ。
「あれ。マルチナ、楽しみじゃないの?」
「うーん。……初めての国は、楽しみなんだけど」
 「だけど?」と繰り返すと、マルチナは上目遣いでソニアの方を見た。甘えん坊な顔をしている。最初に出会った時は、大人ぶった高飛車な子だなと思ったが、最近は年相応の顔もするようになった。よく考えなくても、マルチナだってまだ子どもだもんね、とソニアは思った。
「どうしたの、マルチナ」
「……ソニアが、わたしの魔力をかくしてるわけじゃないって、本当にわかったら、さみしいな、と思って」
「なんだ、そんなこと?」
「そんなことじゃないわよ! ソニアのおかげで、ソニアに出会ったおかげで、うれしいことばっかり起こったのよ!」
 マルチナは手すりから手を離して、ズイッとソニアに詰め寄って来た。船内のお店で買った新しい香水の匂いがふわっと漂う。南国の花の甘い香りだ。
「同い年の友達と一日街で自由に遊べて、レースやタイルや素敵なものを見て、おいしいものを食べて、エリアスさんとソフィアさんともたくさんお話をして、お父様とお母様とも仲直りできて。これって全部、ソニアのおかげなのよ」
 マルチナはすっかり興奮して、まくしたてるようにそう言った。
「わ、わたしは何もしてないよ」
 マルチナは少し怒った顔をして、バッと両手を広げた。
「そんなことないわ! ソニアに出会ったから、今だってこうして船に乗って、街の外を目指してるじゃない」
 必死な表情を浮かべるマルチナの青い目は震えている。たおやかな長い髪と青色のワンピースは、海風で波のように揺れている。その光景に、ソニアは、やっぱりマルチナって絵になるな、とぼんやり考えた。
 するとマルチナはまたソニアに詰め寄り、ソニアの両手を自分の両手で握り締めた。
「だから、わたしの魔力をかくしてるのがソニアじゃないって言われたら、わたしの世界を明るくしてくれたソニアと、つながりが無くなるみたいで、……さみしいのよ」
「それって、わたしが魔力をかくしてるわけじゃないってわかったら、マルチナはわたしと遊んでくれないってこと?」
「違うわよう! そんなわけないでしょう! うまく言えないんだけど、なんかさみしいの!」
 マルチナはプリプリしながらソニアの腕にしがみついてきた。
 さみしいって言いながら怒っているあたりは、やはりマルチナだ。
 ソニアがフフッと笑うと、マルチナは赤くなった頬を膨らませてソニアをにらんできた。
「バカにしてるでしょう」
「してないよ。……ねえ、マルチナ」
「……なに?」
「わたしはこれからもずっとマルチナの友達で、そばにいたいと思ってるけど。マルチナはそれだけじゃ足りないの?」
 マルチナのサファイヤのような目がきらりと光る。
「マルチナがいやって思うくらい、たくさん会いに行くし、たくさん遊ぶつもりなんだけど。こういう遠出も、たくさんしたいと思ってるよ」
 マルチナのサファイヤのような目が水にぬれていく。
 マルチナはうつむいて、ソニアの腕にいっそう強くしがみついてきた。そして、ささやくような声でこう言った。
「……わたしだって、そのつもりよ」
「それじゃあ、ずっと一緒にいられるね。わたしたちには『友達』ってつながりがあるんだから」
 ソニアがそう言うと、マルチナは涙をこぼしながら笑った顔を見せてくれた。
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