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第二章
12.アロイスの時計、アンカー宅にて
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その後の話し合いで、ソニアたちの滞在は二日間だけになった。帰りの船のことを考えると、それ以上は伸ばすことができない。そこでラファエルはすぐに仕事にとりかかった。
「幸いうちにはサファイアがいくつかある。それらを使って、本当にマルチナの魔法の気配がサファイアで隠れないか試すぞ」
マルチナが「はいっ」と答えると、ラファエルはサファイアの指輪と耳飾り、それから懐中時計をテーブルに置いた。懐中時計を見たソニアは、ソファから身を乗り出した。
「これ、ラファエルさんの時計ですか?」
「あ? ああ、そうだ」
ラファエルの面倒くさそうな返事も気にせずに、ソニアは「触っても良いですか?」と目を輝かせる。すると、怒肝を抜かれたらしく、少し動揺した顔でうなずいてきた。
「ありがとうございますっ」
蓋には何も書かれていない。まっさらな金属の蓋だ。裏面には小さな文字で、製作者アロイス・ファルと作られた年が刻印されている。どうやらこの時計もアロイスが作ったものらしい。小さな時計店だったが、アロイスはルフブルクでは人気の時計職人なのかもしれない。
竜頭もなんの装飾もないシンプルなものだ。長く使っているのか、竜頭のメッキは剥がれ、鈍色になっている。
蓋を開けると、文字盤も針も青色をしていた。
「ブルーデザインなんですね! シンプルなのも素敵だなあ。あ、今日、竜頭は回しました? わたしたちが来たから、忘れてたらごめんなさい」
「いや、それは、八日巻きだから、今日は巻かなくて良いんだ」
「うわあ、八日巻きなんですか! すごい! わたしも欲しいなって思ってるんですけど、お金が足りなくて」
「……コイツはなんでこんなに興奮してるんだ」
「ソニアは時計に目がないんです。しばらくはあんな感じですよ」
マルチナがニマニマしながら答えると、ラファエルはため息交じりに「そうか」と言い、マルチナに向き直った。
「時計は後回しで良いから、手始めに指輪か耳飾りを持って、しばらくジッとしてろ」
コクッとうなずき、マルチナはサファイヤの指輪を手に取った。ラファエルは小さな砂時計をひっくり返して置くと、ジッと動かずにマルチナを見守った。その二人を、テオとカリーナは交互に見る。
あたりが静かになると、さすがのソニアも我に返り、時計をテーブルに戻した。
最後の一粒の砂が落ちると、ラファエルは「よし、置け」と言った。
「何かわかりました?」
「推測通り、この指輪のサファイアは関係なさそうだ。本には書かなかったが、魔法の気配は煙のように揺らぐものなんだ。特に、自分の魔法の気配を隠す物に近い物を持つと、気配が揺らぐことがある」
「へえ、そんなことが! おっもしろいわねえ。でも、どうしてそれを書かなかったの?」
「魔法の気配に関しては専門家が大量にいる。専門外の俺が、専門家が誰も気づいていない余計なことを言えば、顰蹙を買う可能性があるからな」
「あら、あんたも顰蹙買いたくないなんて思うんだ」とビアンカ。
「専門外の俺に負けたってわかれば、面倒な奴もいるだろ」
ビアンカは「負けた、だって」と言って肩をすくめた。ビアンカはともかく、ラファエルは物言いが原因で敵が多そうだ、とソニアは苦笑いをした。そんなところもマルチナと似ている気がした。
「話を戻すと、お前は家でいろいろ試したかもしれねえが、その中にお前の気配を揺らがせるものがあった可能性があるってことだ。それがわかれば、それに近い物の中から探せばよかったんだよ」
「それなら、本に書いてくれたらよかったのに!」
マルチナは頬を膨らませた。
「うるせえ。だからこそ、次は時計を試せ。結論が出るかもしれない」
「わかったわよ!」
プリプリしながらもマルチナはどこか楽しそうだ。
「ソニア、時計借りても良い?」
「もちろん。くまなく見たからね」
ソニアの手の温もりが残る時計を受け取ったマルチナは、さっきと同じようにジッと座った。ラファエルは砂時計をまたひっくり返して、マルチナを見つめる。今度はソニアも、ふたりを交互に見た。
砂が半分ほど落ちた時、ラファエルが「あっ」とつぶやいた。マルチナがパッと顔を上げる。
「今、ほんの少しだけど、気配が揺らいだぞ」
「えっ! 本当に!」
「興奮するな。そのまま持ってろ。このまま三分持ったままでいろ」
それからラファエルは二回砂時計をひっくり返した。その間、マルチナは祈るように目をつぶり、ギュウッと時計を握り締めていた。
そして三分後。ラファエルの指示でマルチナは時計をテーブルに戻した。
「お前の魔法の気配は、時計と関係してるみたいだな」
ラファエルは「おい」とソニアに声をかけてきた。
「お前の時計、何処製で、職人は誰だ」
「ラファエルさんの時計と同じ、ファル時計店のアロイスさんです。同じブルーデザインの」
ラファエルは目を見開き、ニヤリと笑った。
「なるほど。アイツはおもしろいからな。こういうことに関わりがあるのもうなずける」
「それって、アロイスさんが何かしてるってことですか?」
「違う。無意識のうちに材料調達の段階から、アイツは他の職人とは違うんだろう。それなら話が早い。アロイスのところに行け。それでマルチナに一番合う時計を探すせ。恐らくアイツが作ったブルーデザインの中に、お前の魔法の気配を隠す時計がある」
「そんな断定して大丈夫?」とビアンカ。
「三分間で十回も気配が揺らいだんだ。十分すぎるだろ」
「俺たちには気配の揺らぎはわかりませんでしたが……」
「俺にしかわからない変化だ」
不安そうなテオに素っ気なく答えたラファエルは、指輪と耳飾りと時計を片付けると、汚い字で何かを書き始めた。
「双子の件があるから、百パーセント正しいとは言えねえけど、十中八九、マルチナの気配を隠すのはアロイスの時計だ。クソッ、また振り出しだ」
ビアンカが「気にしないでください、最後のは独り言なんで」と慌てて付け足した。
「いえ。むしろこんな短時間で素晴らしい収穫がありました。ラファエルさん、ありがとうございます」
「礼なら甘い菓子にしろ」
テオはクスッと笑いながら、「わかりました」と答えた。
ラファエルは手を動かしながら「それから」と言った。
「泊まりの話は無しだ。さっさと帰って、アロイスのところに行け。俺から話せることはもう何もねえ」
「えっ、でも双子のことは? 今、振り出しだって」
マルチナがラファエルの顔をのぞきこむと、ペンの先で額を小突かれた。
「今お前がすべきことは、両親を安心させることだろ。無駄に死なないためにも、早く帰れ」
「でも……」
「また書面でわかったことをよこせ」
もう一度マルチナの額を小突くと、ラファエルはそれ以上は口を結んで何も答えなかった。
「……わかったわ。ありがとう、ラファエルさん」
マルチナはラファエルの肩にそっと手をのせた。
「幸いうちにはサファイアがいくつかある。それらを使って、本当にマルチナの魔法の気配がサファイアで隠れないか試すぞ」
マルチナが「はいっ」と答えると、ラファエルはサファイアの指輪と耳飾り、それから懐中時計をテーブルに置いた。懐中時計を見たソニアは、ソファから身を乗り出した。
「これ、ラファエルさんの時計ですか?」
「あ? ああ、そうだ」
ラファエルの面倒くさそうな返事も気にせずに、ソニアは「触っても良いですか?」と目を輝かせる。すると、怒肝を抜かれたらしく、少し動揺した顔でうなずいてきた。
「ありがとうございますっ」
蓋には何も書かれていない。まっさらな金属の蓋だ。裏面には小さな文字で、製作者アロイス・ファルと作られた年が刻印されている。どうやらこの時計もアロイスが作ったものらしい。小さな時計店だったが、アロイスはルフブルクでは人気の時計職人なのかもしれない。
竜頭もなんの装飾もないシンプルなものだ。長く使っているのか、竜頭のメッキは剥がれ、鈍色になっている。
蓋を開けると、文字盤も針も青色をしていた。
「ブルーデザインなんですね! シンプルなのも素敵だなあ。あ、今日、竜頭は回しました? わたしたちが来たから、忘れてたらごめんなさい」
「いや、それは、八日巻きだから、今日は巻かなくて良いんだ」
「うわあ、八日巻きなんですか! すごい! わたしも欲しいなって思ってるんですけど、お金が足りなくて」
「……コイツはなんでこんなに興奮してるんだ」
「ソニアは時計に目がないんです。しばらくはあんな感じですよ」
マルチナがニマニマしながら答えると、ラファエルはため息交じりに「そうか」と言い、マルチナに向き直った。
「時計は後回しで良いから、手始めに指輪か耳飾りを持って、しばらくジッとしてろ」
コクッとうなずき、マルチナはサファイヤの指輪を手に取った。ラファエルは小さな砂時計をひっくり返して置くと、ジッと動かずにマルチナを見守った。その二人を、テオとカリーナは交互に見る。
あたりが静かになると、さすがのソニアも我に返り、時計をテーブルに戻した。
最後の一粒の砂が落ちると、ラファエルは「よし、置け」と言った。
「何かわかりました?」
「推測通り、この指輪のサファイアは関係なさそうだ。本には書かなかったが、魔法の気配は煙のように揺らぐものなんだ。特に、自分の魔法の気配を隠す物に近い物を持つと、気配が揺らぐことがある」
「へえ、そんなことが! おっもしろいわねえ。でも、どうしてそれを書かなかったの?」
「魔法の気配に関しては専門家が大量にいる。専門外の俺が、専門家が誰も気づいていない余計なことを言えば、顰蹙を買う可能性があるからな」
「あら、あんたも顰蹙買いたくないなんて思うんだ」とビアンカ。
「専門外の俺に負けたってわかれば、面倒な奴もいるだろ」
ビアンカは「負けた、だって」と言って肩をすくめた。ビアンカはともかく、ラファエルは物言いが原因で敵が多そうだ、とソニアは苦笑いをした。そんなところもマルチナと似ている気がした。
「話を戻すと、お前は家でいろいろ試したかもしれねえが、その中にお前の気配を揺らがせるものがあった可能性があるってことだ。それがわかれば、それに近い物の中から探せばよかったんだよ」
「それなら、本に書いてくれたらよかったのに!」
マルチナは頬を膨らませた。
「うるせえ。だからこそ、次は時計を試せ。結論が出るかもしれない」
「わかったわよ!」
プリプリしながらもマルチナはどこか楽しそうだ。
「ソニア、時計借りても良い?」
「もちろん。くまなく見たからね」
ソニアの手の温もりが残る時計を受け取ったマルチナは、さっきと同じようにジッと座った。ラファエルは砂時計をまたひっくり返して、マルチナを見つめる。今度はソニアも、ふたりを交互に見た。
砂が半分ほど落ちた時、ラファエルが「あっ」とつぶやいた。マルチナがパッと顔を上げる。
「今、ほんの少しだけど、気配が揺らいだぞ」
「えっ! 本当に!」
「興奮するな。そのまま持ってろ。このまま三分持ったままでいろ」
それからラファエルは二回砂時計をひっくり返した。その間、マルチナは祈るように目をつぶり、ギュウッと時計を握り締めていた。
そして三分後。ラファエルの指示でマルチナは時計をテーブルに戻した。
「お前の魔法の気配は、時計と関係してるみたいだな」
ラファエルは「おい」とソニアに声をかけてきた。
「お前の時計、何処製で、職人は誰だ」
「ラファエルさんの時計と同じ、ファル時計店のアロイスさんです。同じブルーデザインの」
ラファエルは目を見開き、ニヤリと笑った。
「なるほど。アイツはおもしろいからな。こういうことに関わりがあるのもうなずける」
「それって、アロイスさんが何かしてるってことですか?」
「違う。無意識のうちに材料調達の段階から、アイツは他の職人とは違うんだろう。それなら話が早い。アロイスのところに行け。それでマルチナに一番合う時計を探すせ。恐らくアイツが作ったブルーデザインの中に、お前の魔法の気配を隠す時計がある」
「そんな断定して大丈夫?」とビアンカ。
「三分間で十回も気配が揺らいだんだ。十分すぎるだろ」
「俺たちには気配の揺らぎはわかりませんでしたが……」
「俺にしかわからない変化だ」
不安そうなテオに素っ気なく答えたラファエルは、指輪と耳飾りと時計を片付けると、汚い字で何かを書き始めた。
「双子の件があるから、百パーセント正しいとは言えねえけど、十中八九、マルチナの気配を隠すのはアロイスの時計だ。クソッ、また振り出しだ」
ビアンカが「気にしないでください、最後のは独り言なんで」と慌てて付け足した。
「いえ。むしろこんな短時間で素晴らしい収穫がありました。ラファエルさん、ありがとうございます」
「礼なら甘い菓子にしろ」
テオはクスッと笑いながら、「わかりました」と答えた。
ラファエルは手を動かしながら「それから」と言った。
「泊まりの話は無しだ。さっさと帰って、アロイスのところに行け。俺から話せることはもう何もねえ」
「えっ、でも双子のことは? 今、振り出しだって」
マルチナがラファエルの顔をのぞきこむと、ペンの先で額を小突かれた。
「今お前がすべきことは、両親を安心させることだろ。無駄に死なないためにも、早く帰れ」
「でも……」
「また書面でわかったことをよこせ」
もう一度マルチナの額を小突くと、ラファエルはそれ以上は口を結んで何も答えなかった。
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