【第二章完結】マルチナのかくれ石【続編執筆中】

唄川音

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第二章

13.手を繋いで、船上にて1

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「アロイスは信用できる奴だ。俺の本も読んでるはずだから、俺の名前を出して、正しい情報を話せ。そしたら惜しみなく協力してくれる」
「はい。ありがとうございます、ラファエルさん」
「あんた、ちゃんと大学にも来なさいよ」
 ラファエルは手を上げてひらっと振って答えた。その顔には「行くもんか」と書かれている。ビアンカは「まったくもう」と腕を組んだが、その顔は本気で怒っているようには見えなかった。ベンノはラファエルに甘いと言っていたが、ビアンカも十分甘いな、とソニアは思った。
 ラファエルに見送られ、馬車を急いで走らせると、何とか夜の便に間に合った。往路と同じように乗客はほとんどいない。それでも念のため、ソニアとマルチナは手を繋いでいた。
「さて、ここからまた一晩がかりだ。何事もないだろうけど、あまり羽根を伸ばしすぎないようにしよう」
「テオ先生ったら心配性ねえ」
「良い手がかりが見つかったんだから、後は無事に帰るだけだろう。それに……」
 テオは声を落とし、船尾に立つ魔法航海士を手で示した。往路の船と同じように、またもやあくびをしている。
「行きの時も思ったけど、この船の警備は手薄だ。何かあった時に、船員が頼りになるかわからない。船の上では助けが呼びにくいから、くれぐれも気を付けよう」
「確かにやる気はないわね。わかったわ」
「わかりました」
 マルチナとソニアの返事に、テオは「よし」と満足げに微笑んだ。
「本当に、魔法使いって気をつけなきゃならないんですね」
 ビアンカが気の毒そうに言うと、テオもマルチナもカリーナも首を横に振った。
「別にいつでもどこでも、誰に対しても警戒しなきゃいけないわけじゃないわ」とマルチナ。
「人間の皆さんが治安の悪い場所を避けるのと同じです。魔法使いが狙われそうな場所では気を付けるだけですよ」
 カリーナもコクッとうなずく。
「なるほど。船上での魔法犯罪が増えていますからね。わたしも気を付けます」
「はい。みんなで無事にルフブルクに帰りましょう」
 テオがこう言ったのが、ほんの十分前のことだった。
 そして、ソニアとマルチナは今、とても無事とは言えない状況にいた。


「――これで船にいる奴らは全員か?」
 さび付いた銅鑼のような荒々しい声が甲板に響き渡る。
「特に魔法使いには注意しろよ。勝手なことをされたら困るからな」
 甲板の上では、十七人の乗客が二つのグループに分かれて紐で縛り上げられている。一つはテオとカリーナがいる魔法使いのグループ、もう一つはビアンカがいる人間のグループだ。
「これで全部だ。もうこの船には魔法使いの気配はない」
 そう言った男は、右手の親指と小指をこすり合わせた。すると、人々を縛っているロープがギチギチと音を立てた。人々の顔が痛みで歪む。それを見たマルチナが思わず声を上げそうになると、慌ててソニアはマルチナの口をあいている手でふさいだ。
「ダメだよ、マルチナ! 落ち着いて!」
 小声でそう諭すと、マルチナは泣きそうな顔でうなずいた。
「……なんなのよ、アイツら。ちょっと部屋に戻ってたら、こんな……」
 ふたりは甲板に通じる通路から、こっそり甲板の様子を見つめた。



 テオの話が終わると、マルチナとソニアは一度部屋に戻った。夜の船上は風が冷たく、羽織るものが欲しくなったのだ。
『ああ、寒かったあ!』
『油断すると風邪ひきそうだね』
 明かりもつけずに部屋に飛び込んだふたりは、一瞬手を離して、それぞれ上着を着こんだ。船の客室内には小さな丸い窓があり、海の中が見えるようになっている。ソニアとマルチナは冷たくなった手を繋ぎなおして、窓の外を見た。
『夜の海って夜空みたいね。真っ暗だわ』
『本当だね。ちょっと先も見えないのに、魚たちはどうやって泳いでるんだろう』
『目が光ってるとか?』
『鱗が光るのかもよ』
 フフッと笑い合った時、廊下から悲鳴が聞こえてきた。次に荒々しい男の声が聞こえてきた。
『良いからさっさと出ろ! 抵抗しなければ乱暴はしない!』
 ふたりは言葉を交わさずに、手を繋いだまま、船内の粗末なベッドの下に潜り込んだ。まるでウサギが巣穴に戻るように。ベッドの下は埃がひどく、古びた木の匂いが鼻を刺激してくる。それでもくしゃみをしたり、咳をしたりするわけにはいかない。そういう状況だということは、ふたりとも瞬時に分かった。
 ズカズカいう足音が近づいてくると、バンッと音を立ててドアが乱暴に開けられた。
 しばらく痛い程の沈黙が流れ、やがてドアがまた乱暴に閉じられた。
 足音が遠くなると、息を殺していたふたりは、「ハアッ」と大きく息を吐いた。
『な、なに、今の?』とマルチナ。
『わ、わかんない、けど。上で、なんかあったんだ』
 ソニアは驚くほどの速さで動く心臓を落ち着けようと、深呼吸をしようとした。しかし喉が上手く通らず、咳が出そうになってしまった。これでは気づかれる、と必死に我慢する。
『……ど、どうする?』
『……ひとまず、少しの間、こうしていましょう。あっちの狙いがわからない以上、下手に動けないわ』
『そうだね』
 ソニアは空いている方の手で懐中時計を握り締めた。コチコチコチッと規則的な音を奏でる時計に集中していると、少しだけ安心することができた。

 それからふたりの体感では三十分以上の時間が流れた。途中、廊下から人の足音がいくつか聞こえてきた。堂々した足音と、よろよろした足音だ。その度に、ふたりは顔を見合わせて、繋いでいる手の力を強めた。
 足音が聞こえなくなって、しばらく経つと、ふたりはそろそろとベッドの下から出た。膝から下は埃まみれになっている。
『……どうなったのかしら』
『解決したって可能性は、無いよね』
 ふたりは顔を見合わせ、それぞれの顔に「外に出てみよう」と書いてあることを確認すると、黙って客室のドアを開けた。廊下はガランとして、人の気配がない。まるで海底に沈んでしまったように静かだ。
 ふたりは足音に気を付けて、甲板に続く階段の方へ歩いて行った。
 そして、甲板に顔を出そうとした、その時、「これで船にいる奴らは全員か?」という声が聞こえてきたのだった。
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