【第二章完結】マルチナのかくれ石【続編執筆中】

唄川音

文字の大きさ
47 / 47
第二章

20.未来へ、波止場にて

しおりを挟む
 一年後の夏の始まり。ソニアは大きなカバンを持って、波止場にいた。その隣には同じく大きなカバンを持ったテオがいる。
 ドイツェリクに向けて出発するふたりを見送りに来たのは、マルチナはもちろん、エリアス父さん、ソフィア母さん、マテウス、ルシア、カリーナ、それからソニアの学校の友達と、マルチナのお屋敷の子どもたちだ。他の乗客たちは見送り人の多さに驚いている。
 出発前から目立っちゃった、とソニアは少し恥ずかしくなった。

「あーあ。テオ先生まで行っちゃうなんて、つまんないわ」
 マルチナが唇を尖らせると、テオが慰めるように肩を抱いた。
「悪いね、マルチナ。ラファエルが研究に付き合うようにどうしても来いっていうから、一か月だけ行ってくるよ」
「ラファエルのやつう」
 一年前の訪問以降、マルチナたちとラファエルは文通を続けていた。

『拝啓 ラファエル様
…………今この世界でマルチナの魔法の気配を隠すのは二つ。
一つは、アロイスさんが作った時計とサファイヤです。
しかしサファイヤとはいっても、時計から取り出したサファイヤだけを持っても意味がありませんでした。
あくまで、時計の中に入った状態でなければ、魔法の気配は隠れませんでした。
もう一つは、ソニアとソニアの懐中時計のセットです。
一つ目が見つかった今も、相変わらずソニアと手を繋ぐと、マルチナの魔法の気配は隠れてしまいます。…………』

『テオ
…………後者に関しては、俺の危惧するところではあるが、あのふたりなら問題ないだろう。
ただ、マルチナにはあまりソニアをふり回さないように言っておけ。
……それから、協力を仰ぎたいことがある。マルチナに近しい者がこちらに来るように。できれば大人が良い。…………』

 ラファエルが気になっていた「物質以外に、人間や環境要因などが、魔法の気配を隠す理由になる」という件に進展があった。そこで、実験台としてテオがドイツェリクへ向かうことになったのだ。
 瞬間移動の魔法を使うように頼んでみたものの、返事はなかった。ラファエルらしいが、これにはマルチナはご立腹だった。
「でも、わたしは本当に行かなくて良いのかしら。今からでも行くわよ」
「今回は俺だけってことになってるから、マルチナは留守番を頼むよ」
「はいはい、任されました!」
 テオとハイタッチをすると、マルチナは学校の友人と話していたソニアの方に歩み寄った。
「ソニアの方はいよいよ入学ね。忘れ物は無い?」
「うん。父さんと母さんと十回も見返したもん」
「それなら大丈夫ね」
 ソニアの後ろに現れたソフィア母さんは「そうねえ」と言い、ソニアをギュッと抱きしめてきた。
「半年後には会えるのよね」
「うん。長期休暇だって」
「それじゃあ、半年間たくさん手紙を書くわね。母さんを忘れないように」
 そう話す母さんの声が震えていることに気が付くと、ソニアはいっそう強く母さんに抱き着いた。
「忘れたりしないよ、絶対に」
「……ありがとう」
 母さんが泣き出すと、エリアス父さんは母さんを右の胸に抱いて、ソニアを反対の胸で抱きしめた。
「くじけそうになったら、いつでも父さんたちを頼るんだぞ。父さんたちはいつもソニアの味方だからね」
「うん。ありがとう、父さん」
「それから、最初の一か月はテオさんに、その後はアロイスさんたちにも頼らせてもらいなさい。父さんからご挨拶してあるからね」
「できれば頼らないで済むように、勇ましくやるよ」
 ソニアがいたずらっぽく笑うと、エリアス父さんも二ッと歯を見せて笑った。
「ふふふ、ソニアったら、今もすでに勇ましいわよ」
「本当に? マルチナと一緒にいろいろ経験して、自信が付いたのかな」
 ソニアとマルチナはもう一度正面から向き直った。
 マルチナの銀色の長い髪と、ソニアの茶色く短い髪が海風でサラサラと揺れる。
 マルチナの青い目と、ソニアの緑の目が互いの姿を映している。
 マルチナのピンク色の唇と、ソニアの肌色の唇が弧を描いている。
「それじゃあ、行ってくるね、マルチナ」
「ええ。気を付けて行ってきてね。また会える日を楽しみにしてるわ」
「わたしも、会える日を糧にがんばるよ」

 船が汽笛を上げる。
 ソニアとテオは眼下に見えるたくさんの見送りが、ほんの小さくなるまで手を振り続けた。
 やがて人々も、波止場も、タイルで彩られた町も見えなくなると、ソニアは目を閉じた。
 銀髪と青い目とピンク色の唇が瞼に焼き付いている。
「……ありがとう、マルチナ」
 そうつぶやいて、ソニアは甲板を歩き出した。






 汽笛が鳴る三分前、マルチナが「あっ」と声を上げた。
『――そういえば、ずっと言いそびれてたんだけど』
『なあに? また逃げ出そうとか言わないよね』
 マルチナは笑いながら「まさか」と言う。
『わたしの魔法の気配を隠すのは、この時計とサファイアだってわかったでしょう』
『うん。よかったね、見つかって』
『ええ。でもね、ソニアとソニアの懐中時計が、わたしの魔法の気配を隠してくれたのも事実よね』
『そうだね。サファイア入りのわたしの時計を持つだけじゃ、マルチナの魔法の気配は消えなかったからね』
 マルチナは歯を見せてニッと笑うと、ソニアの手をそっと握って来た。
『やっぱりソニアってわたしにとって特別な人だわ! ソニアがいたからこの時計とも出会えた!』
『そんなこと? お礼なら何度も言ってくれたじゃない』
 マルチナは今度は少し怒ったような顔になって頬を膨らませた。
『違うわよ! わたしたちは特別な仲だってことが言いたいの! わたしの魔力が最初に隠れたのはソニアとその時計のおかげで、ソニアの夢はわたしとの旅のおかげでできたのよ。これを特別な仲と言わずに何と言うのよ!』

 「特別な仲」
 その言葉は、ソニアの胸の中で一等星のようにきらりと強く光り輝いた。

 そうか、わたしはマルチナからそう言ってほしかったんだ。

 そう思ったソニアは、照れくささにはにかんだ。
 マルチナはまた笑顔に戻ると、ソニアをギュウッと抱きしめてきた。
『大好きよ、ソニア。わたしの特別な親友!』
『わたしも大好きだよ、マルチナ。わたしの特別な親友』
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。

猫菜こん
児童書・童話
 小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。  中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!  そう意気込んでいたのに……。 「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」  私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。  巻き込まれ体質の不憫な中学生  ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主  咲城和凜(さきしろかりん)  ×  圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良  和凜以外に容赦がない  天狼絆那(てんろうきずな)  些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。  彼曰く、私に一目惚れしたらしく……? 「おい、俺の和凜に何しやがる。」 「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」 「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」  王道で溺愛、甘すぎる恋物語。  最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

生まれたばかりですが、早速赤ちゃんセラピー?始めます!

mabu
児童書・童話
超ラッキーな環境での転生と思っていたのにママさんの体調が危ないんじゃぁないの? ママさんが大好きそうなパパさんを闇落ちさせない様に赤ちゃんセラピーで頑張ります。 力を使って魔力を増やして大きくなったらチートになる! ちょっと赤ちゃん系に挑戦してみたくてチャレンジしてみました。 読みにくいかもしれませんが宜しくお願いします。 誤字や意味がわからない時は皆様の感性で受け捉えてもらえると助かります。 流れでどうなるかは未定なので一応R15にしております。 現在投稿中の作品と共に地道にマイペースで進めていきますので宜しくお願いします🙇 此方でも感想やご指摘等への返答は致しませんので宜しくお願いします。

転生妃は後宮学園でのんびりしたい~冷徹皇帝の胃袋掴んだら、なぜか溺愛ルート始まりました!?~

☆ほしい
児童書・童話
平凡な女子高生だった私・茉莉(まり)は、交通事故に遭い、目覚めると中華風異世界・彩雲国の後宮に住む“嫌われ者の妃”・麗霞(れいか)に転生していた! 麗霞は毒婦だと噂され、冷徹非情で有名な若き皇帝・暁からは見向きもされない最悪の状況。面倒な権力争いを避け、前世の知識を活かして、後宮の学園で美味しいお菓子でも作りのんびり過ごしたい…そう思っていたのに、気まぐれに献上した「プリン」が、甘いものに興味がないはずの皇帝の胃袋を掴んでしまった! 「…面白い。明日もこれを作れ」 それをきっかけに、なぜか暁がわからの好感度が急上昇! 嫉妬する他の妃たちからの嫌がらせも、持ち前の雑草魂と現代知識で次々解決! 平穏なスローライフを目指す、転生妃の爽快成り上がり後宮ファンタジー!

9日間

柏木みのり
児童書・童話
 サマーキャンプから友達の健太と一緒に隣の世界に迷い込んだ竜(リョウ)は文武両道の11歳。魔法との出会い。人々との出会い。初めて経験する様々な気持ち。そして究極の選択——夢か友情か。  大事なのは最後まで諦めないこと——and take a chance! (also @ なろう)

14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート

谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。 “スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。 そして14歳で、まさかの《定年》。 6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。 だけど、定年まで残された時間はわずか8年……! ――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。 だが、そんな幸弘の前に現れたのは、 「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。 これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。 描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。

図書室でだけプリンセス!〜魔神の封印は私におまかせ〜

神伊 咲児
児童書・童話
本が大好きな小学五年生、星乃 朱莉(ほしの あかり)。 彼女の正体は、千年前、七体の魔神を封印した伝説の「星光姫(プリンセス)アステル」の生まれ変わりだった! ある日、図書室で見つけた光る本『アステル』を開いた途端、朱莉は異世界へ飛ばされる。 そこで出会ったのは「おっす!」と陽気な勇者リュートと、その背後に迫る一つ目の魔神だった。 リュートから星光の杖を受け取った朱莉は、星光姫(プリンセス)アステルへと変身する。 「魔神の封印は私におまかせ!」 リュートと朱莉の、ワクワクいっぱいの魔神封印の冒険が、いま始まる!

処理中です...