【第二章完結】マルチナのかくれ石【続編執筆中】

唄川音

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第二章

19.マルチナのかくれ石、魔法のお屋敷にて

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 マルチナの言葉通り、晩餐会は盛大に行われた。
 エリアスたちもマテウスの用意した正装に着替え、晩餐会とダンスパーティーを楽しんだ。ダンスなど町のお祭りでクルクル回るくらいしかしたことがなかったソフィア母さんも、ルシアに教わるとすぐに踊れるようになり、エリアスと楽しそうにダンスをしている。
 シャンデリアの光できらめく晩餐室にお酒でまどろむ雰囲気が流れ始めると、子どもたちは子ども部屋に行ったり、バルコニーに移動し始めた。
 一方、ソニアとマルチナは、カリーナの見張り付きで庭に来ていた。
「あー、お腹いっぱい! ダンスもして、おしゃべりもして、今夜は満足だわ」
 マルチナは東屋のガラス製のベンチに腰を下ろした。透き通ったガラスのベンチに、淡い水色のワンピースを着たマルチナが座っていると、妖精のように見える。やっぱりマルチナは絵になるな、とソニアは思った。
 ソニアはドレスの裾を持ち上げて東屋の段差を上り、マルチナの向かいのベンチに座った。カリーナは東屋の入り口の前に控えている。
 天井を仰ぎ見ると、ガラス製のドーム屋根は星明りを反射してキラキラと輝いている。まるでお屋敷の中のシャンデリアのようだ。
「ソニアは楽しかった?」
 顔を下ろすと、ニコニコしているマルチナと目が合う。ソニアもニコッと笑い返した。
「うん。すごく。それに、なんか不思議な感じがしたよ」
「不思議な感じ?」
「うん。だって、わたしは少し前までどこにでもいる船乗りの娘で、こんな綺麗なドレスを着て、こんな立派なお屋敷で、友達と遊んだり、おいしいものを食べたりするような人じゃなかったんだよ」
「それもこれも、その時計の作った縁ね」
 マルチナはソニアの胸で揺れる懐中時計を指さした。
 どんな時も、何を着ていても、何をしていても、ソニアの胸には、この時計が吊り下げられているのだ。そんな時計が今という時間や、数々の思い出を作っているのだ。
 ソニアは「そうだね」と答え、時計を両手で握り締めた、「ありがとう」と唱えながら。
「だからこそ、ソニアは時計職人になるんですものね」
「うん。……あのさ、またマルチナに寂しい思いをさせちゃうよね。ごめん、マルチナが、マテウスさんたちがいなくて、ずっと寂しい思いをしてきたこと知ってるのに」
 マルチナは大きな目をパチパチさせ、それからにっこりと笑った。
「わたしを理由に、ソニアが夢を諦める方が嫌よ。そしたら、ラファエルさんが言ってたのと同じじゃない」
「何か言ってたっけ?」
「覚えてない? もし魔法の気配を隠すのが人間だったら、人間は魔法使いに縛られることになるって。だからその結論は避けたいって」
「ああ、言ってたね。でも、わたしは……」
 ソニアの言葉にかぶさるように、マルチナが首を振りながら口を開いた。
「ううん。ソニアが何と言おうと、わたしは今、ソニアを縛っているし、縛り続けるような人にはなりたくなかった。だから、魔法の気配を隠すものが、その懐中時計を持ってるソニア以外にもあるってわかった時、心の底からホッとしたの。これでソニアと、本当に平等の友達になれるような気がして」
 ソニアは少しムッとして、立ち上がった。
「不平等だなんて、思ったことないよ。縛られてると思ったこともない。マルチナがわたしと一緒にいるのが楽しいって言ってくれるたびに、わたしは嬉しかった」
 マルチナは「本当に?」と言いたげな目で上目遣いをしてきた。ソニアは力強くうなずき、マルチナの隣に座りながら口を開いた。
「それにね、マルチナの気配を隠すものがわかった時、わたしも嬉しかったけど、寂しかった。この旅の最初に、マルチナが言ったことが、少しだけわかったんだ。もし本当に、マルチナの魔法の気配を隠すのにわたしが必要なかったら、友達だけど、特別な友達ではいられなくなるんじゃないかって思って」
「そんなことないじゃない。だって」
「でもっ」
 今度はソニアがマルチナの言葉にかぶさるように声を上げた。
「でも、今ならそんなことないって言い切れるっ」
「……どうして?」
「わたしとマルチナがこんなにもお互いを思ってるって、今わかったから。わたしたちはお互いが大好きだから」
 こんなうぬぼれのようなセリフを言う日が来るだなんて、ソニアは思いもしなかった。
 それでも今はうぬぼれのような言葉を照れもせずに言うことができる。それは相手が他でもないマルチナだからだ。ソニアにとってマルチナは、できないことをできるようにしてくれる人なのだ。
「それなら、わたしの寂しさのことも心配しなくて良いわ。わたしも今わかったもの。わたしとソニアがお互いを思い合ってて、お互いのことが大好きだって。それがわかったなら、寂しくないし、もっと頑張れるだけだわ」
 ソニアとマルチナの手が触れ合うと、ふたりの瞳から涙がこぼれた。ふたりは手を繋ぎ、空いている方の手で、互いの涙をぬぐった。
「……出会ってくれて、ありがとう、マルチナ」
「わたしこそありがとう、ソニア」





「――サファイアは時計の中に隠れてて、マルチナは近侍さんたちから隠れるように逃げてて、似た者同士だね、マルチナとその石」
 ソニアはマルチナの腰に結いつけられた懐中時計を指さした。
「あら、これからは隠れてばっかりじゃないわよ。もっと堂々と生きるわ」
 マルチナは鼻をツンッと空に向けて胸を張った。
「わたしはね、海上保安局で働くことにしたわ」
「えっ! 海上保安局!」
 ソニアが驚きの声を上げると、カリーナの肩がピクッと揺れた。
「ええ。今回の船上での事件を受けて、海をもっと安全に、平和なものにしたいと思ったの」
「へえ。保安局の制服を着たマルチナはかっこいいと思うけど、大丈夫? 危ないことも多いと思うけど」
「だからこそよ! 今回はカリーナに助けてもらちゃったけど、わたしもいつか今回のカリーナみたいに、怖い思いをしている人の頼りになる人になりたいなって思ったの。マルチナが来たから大丈夫だ、ってみんなを安心させられるように」
 そう話すマルチナの目は、サファイアのように輝いている。その目を見ていると、マルチナが本気で言っているのだとわかった。それならば、ソニアに止める気はない。それどころか全力で応援するのみだ。
 ソニアはマルチナの背中に手を当てた、手の熱と湧き上がる熱い思いが伝わるように。
「がんばれ、マルチナ。応援してる」
「ありがとう。ソニアも、がんばってね」
 ふたりはにっこりと微笑み合った。その顔にはまた涙が浮かんでいたが、今度の涙はとても温かかった。
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