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第3章
6.冬支度(3) ハーブチンキ作り・前編
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慌ただしい秋は飛ぶように過ぎた。一雨ごとに風が冷たくなり、朝、毛布から出るのに苦労するようになってきた頃、ニノンからうれしい報告があった。
「ニノン、独り立ちおめでとう!」
シュゼットの掛け声に合わせ、ブロンはキャンキャン鳴き、エリクとアンリエッタは手を叩いた。上座に座るニノンは照れくさそうに頭を掻きながら、「ありがとうー!」と答えた。
なんとニノンは、この冬からダミアンの診療所で、一人の医者として働けることになったのだ。
これまではダミアンの後につき、補佐としての仕事をしてきたが、今後は自分の仕事部屋を持ち、患者を一人で看ることになる。正真正銘の医者だ。
「十七でもう一人前の医者か。すごいな」
「いやいや、一人前には程遠いよ。一通りのことを一人でできるようになっただけだから。これからの働きを見てもらって、認めてもらって、ようやく一人前になれるんじゃないかな」
「それでもすごいことよ」
アンリエッタはシュゼットとエリクが作ったラベンダーシュガーのケーキを切り分け、一番大きな一切れを、ニノンの皿にのせた。ニノンは「おいしそう!」と言って、すぐに大きな一口をほおばった。
「本当におめでとう、ニノン」
「えへへ、ありがとう、シュゼット。いやあ、冬までに間に合ってよかったよ。冬風邪が流行ると、すぐに人手が足りなくなるからね」
冬風邪とは、毎年冬に流行する咳と高熱が特徴の風邪のことだ。その高い感染力と長引く症状により、フルゥーレでも毎年数十人が命を落としている。特に年配者と子どもはその危険が高いため、年配者は外出を避け、子どもたちは学校が休みになる。
「一人でも多くの人を助けるためにも、この冬までには絶対に独り立ちしたかったから、目標は達成かな」
ニノンはまた頭を掻きながら、「自画自賛だけど」と笑った。
「誇れることだよ、ニノン。ダミアン先生だって助かるんじゃない?」
「頼もしいって言ってくれた」
そう答えるニノンの目は、自信に満ちてきらきらと光っている。
シュゼットは人々の健康のために努力を惜しまない友人を誇らしいと思った。
「町のみんなに頼りにしてもらうには、まずは自分が体調により一層気を付けないとね! たくさん食べて、よく寝て、健康に生きるよ!」
「そうだね。あ、それならちょっとは力になれるかも」
シュゼットは地下室に降りていき、すぐに一本の瓶を持って戻ってきた。黄色っぽいオレンジ色の液体が入った瓶だ。
それを見たエリクは「おっ」と声を上げた。
「それ、先月一緒に作ったハーブチンキか?」
「そうっ。ヒソップのハーブチンキだよ」
――この日から、一か月ほど前。
シュゼットはウォッカの瓶を片手に、キッチンの作業台の前に立っていた。
作業台の上には、ハーブチンキが入った瓶がズラリと並んでいる。どれも半分程度減っている状態だ。
ブロンはシュゼットの足に寄りかかって、作業台の上をのぞこうと何度も挑戦している。シュゼットはブロンを抱き上げ、「うーん……」とうなった。
「どう思う、ブロン。もう少しハーブチンキ作った方が良いかな。足りなくなると思う?」
「キューン……」
シュゼットとブロンが同時に頭をひねると、エリクがキッチンに入ってきた。
「おお、すごい量だな。何してるんだ?」
エリクはシュゼットの隣に立って、作業台を見渡した。
「ハーブチンキの残量を確認してたんだ。どれも結構減ってきちゃってるから、本格的な冬になる前に、もう少し作った方が良いかなって悩んでて」
「なるほど、あのうまいやつか」と言い、エリクは瓶の一つを手に取って、軽く振った。
「冬風邪があるから、風邪予防のは特に多い方が良いとは思うんだけど。全部中途半端に残ってるから、迷っちゃって」
「この辺りも冬風邪が流行るのか」
「うん。例年だと来月には少しずつ流行ると思う」
エリクは瓶を戻すと、シャツの袖をまくり始めた。
「それなら俺も手伝うから、多めに作ろうぜ。風邪なんて、引かない方が良いに決まってるだろ」
「良いの?」
「ああ。どうやって作るのか興味あったし」
「ありがとう、エリク!」
ふたりはコツンッと拳をぶつけ合った。
「ニノン、独り立ちおめでとう!」
シュゼットの掛け声に合わせ、ブロンはキャンキャン鳴き、エリクとアンリエッタは手を叩いた。上座に座るニノンは照れくさそうに頭を掻きながら、「ありがとうー!」と答えた。
なんとニノンは、この冬からダミアンの診療所で、一人の医者として働けることになったのだ。
これまではダミアンの後につき、補佐としての仕事をしてきたが、今後は自分の仕事部屋を持ち、患者を一人で看ることになる。正真正銘の医者だ。
「十七でもう一人前の医者か。すごいな」
「いやいや、一人前には程遠いよ。一通りのことを一人でできるようになっただけだから。これからの働きを見てもらって、認めてもらって、ようやく一人前になれるんじゃないかな」
「それでもすごいことよ」
アンリエッタはシュゼットとエリクが作ったラベンダーシュガーのケーキを切り分け、一番大きな一切れを、ニノンの皿にのせた。ニノンは「おいしそう!」と言って、すぐに大きな一口をほおばった。
「本当におめでとう、ニノン」
「えへへ、ありがとう、シュゼット。いやあ、冬までに間に合ってよかったよ。冬風邪が流行ると、すぐに人手が足りなくなるからね」
冬風邪とは、毎年冬に流行する咳と高熱が特徴の風邪のことだ。その高い感染力と長引く症状により、フルゥーレでも毎年数十人が命を落としている。特に年配者と子どもはその危険が高いため、年配者は外出を避け、子どもたちは学校が休みになる。
「一人でも多くの人を助けるためにも、この冬までには絶対に独り立ちしたかったから、目標は達成かな」
ニノンはまた頭を掻きながら、「自画自賛だけど」と笑った。
「誇れることだよ、ニノン。ダミアン先生だって助かるんじゃない?」
「頼もしいって言ってくれた」
そう答えるニノンの目は、自信に満ちてきらきらと光っている。
シュゼットは人々の健康のために努力を惜しまない友人を誇らしいと思った。
「町のみんなに頼りにしてもらうには、まずは自分が体調により一層気を付けないとね! たくさん食べて、よく寝て、健康に生きるよ!」
「そうだね。あ、それならちょっとは力になれるかも」
シュゼットは地下室に降りていき、すぐに一本の瓶を持って戻ってきた。黄色っぽいオレンジ色の液体が入った瓶だ。
それを見たエリクは「おっ」と声を上げた。
「それ、先月一緒に作ったハーブチンキか?」
「そうっ。ヒソップのハーブチンキだよ」
――この日から、一か月ほど前。
シュゼットはウォッカの瓶を片手に、キッチンの作業台の前に立っていた。
作業台の上には、ハーブチンキが入った瓶がズラリと並んでいる。どれも半分程度減っている状態だ。
ブロンはシュゼットの足に寄りかかって、作業台の上をのぞこうと何度も挑戦している。シュゼットはブロンを抱き上げ、「うーん……」とうなった。
「どう思う、ブロン。もう少しハーブチンキ作った方が良いかな。足りなくなると思う?」
「キューン……」
シュゼットとブロンが同時に頭をひねると、エリクがキッチンに入ってきた。
「おお、すごい量だな。何してるんだ?」
エリクはシュゼットの隣に立って、作業台を見渡した。
「ハーブチンキの残量を確認してたんだ。どれも結構減ってきちゃってるから、本格的な冬になる前に、もう少し作った方が良いかなって悩んでて」
「なるほど、あのうまいやつか」と言い、エリクは瓶の一つを手に取って、軽く振った。
「冬風邪があるから、風邪予防のは特に多い方が良いとは思うんだけど。全部中途半端に残ってるから、迷っちゃって」
「この辺りも冬風邪が流行るのか」
「うん。例年だと来月には少しずつ流行ると思う」
エリクは瓶を戻すと、シャツの袖をまくり始めた。
「それなら俺も手伝うから、多めに作ろうぜ。風邪なんて、引かない方が良いに決まってるだろ」
「良いの?」
「ああ。どうやって作るのか興味あったし」
「ありがとう、エリク!」
ふたりはコツンッと拳をぶつけ合った。
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