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第四章 依頼等(イライラ)に満ちた一日
第三十話 ストーカーが見つかったら嫌われるのは当たり前
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陸は自棄になって漬物をポリポリ食べている。楓がママさんバレーのメンバーからもらっていたものだ。
示し合わせたように、全てがきゅうりの漬物だ。しかし味付けや漬け方は千差万別で、個性豊かだ。塩漬け、古漬け、ぬか漬け、柴漬けなどなど。同じ漬物と言っても、シンプルに塩だけを使う家庭もあれば、塩昆布や麹を使う家庭もある。漬物は脇役に過ぎない。しかしそんな存在にこそ健康に対する心遣いや愛情がこもっている。
陸はそんな漬物達を一緒くたにし、口いっぱいに放り込んだ。
ポリポリと心地いい触感を感じつつ、ゴクンと飲み込む。
「いつからわかってた?」と陸が訊ねると
「最初から。モノの声が聞こえるからね。ポケットに入っているスマホが誰のものかなんて、すぐにわかる」と楓は悪戯っぽく答えた。
つまり、楓は持ち物から聞こえる声だけで、持ち主を判断できるのだ。いくら完璧な変装をしようとも、スマホや財布を持っていれば見破られてしまう。
(そんなの、ストーキングとか無理じゃん)
陸は湧き上がる徒労感から、深いため息をついた。その横で楓はカラス兄と分けるように漬物をつまむと、おもむろにバッグからペットボトルのお茶を取り出した。そして漬物の塩っ気で水分が欲しくなった陸に見せびらかせるように、一息で飲み干してしまった。
陸は文句を言いたげな顔をしたが、楓は歯牙にもかけずに話し始める。
「それで、大体予想はつくけど誰の差し金?」
「清水に脅迫されてやった」と嘘をついたのだが
「ウソでしょ」とすぐに看破された。
「本当のことを言わないと、今度レアチーズケーキを出すときにお酢をかけるよ」
「……全部話します」
陸は正直に事の経緯を話し始めた。
悩み事を聞いてもらった代わりに君乃からストーキングを依頼されたこと。清水が協力して化粧を施して服を貸してくれたこと。
「予想はしてたけど……」と聞き終わった楓は苦笑いを浮かべた。
陸は心の中で君乃に謝罪をしつつ、地獄の沙汰を待った。
「全く、お姉ちゃんは……」
楓は怒りよりも呆れの強い声で呟いた。
「あんまり怒らないであげてほしい」
「まあ、わたしも悪いし。鬱陶しいからって『人助け』についてあまり話してこなかったから。ごめんね。迷惑かけちゃって」
陸は謝罪されたのが予想外で「あ、うん」と気の抜けた返事をした。
「お姉ちゃんにはわたしから話しておくから。大丈夫、せめてものお詫びに、君に悪いようには言わないから。その代わりと言っては何だけど、この場所については秘密にして。お願い」
「……わかった」
陸は口では肯定したが、嘘なのは明白だ。陸はどちらかと言えば君乃びいきだし、黙っているつもりは毛頭ない。しかしながら、陸は嘘をつけない性格だ。冷や汗をかきながらあらぬ方向を向いており、「私は嘘をつきました」と顔にありありと書かれている。
そんな陸を見て、楓はため息をついた。
「それとも大好きなお姉ちゃんに、ストーキングはすぐにバレてしまいました、って情けない報告するつもり?」
陸は押し黙り続ける。動揺のため目線がキョロキョロ動いている。
「この場所のことを黙っててくれるなら、君のことは偶然見つけたことにしてあげる。例えば、体育館で情報収集しているときに偶然わたしが声を聞いちゃった、とかね」
「でも君乃さんは青木がモノの声が聞こえることは知ってるんだろ? そんなウソすぐばれるんじゃ」
「そこは大丈夫。お姉ちゃん信じてないから。虚言か冗談だと思ってるんじゃないかな。そういうの嫌いだから。お父さんがスピリチュアルな色々にはまっちゃったことがあってね」
サラッと告げられた重い過去に、陸は辟易とした。しかし楓はお構いなしに続ける。
「だから、全部問題なくなるよ。鈴木が黙ってくれている限りは」
陸にとっては悪くない提案だった。陸本人が嘘をつくより、楓が嘘をついた方がバレないだろう。しかし陸本人が報告すれば、それにかこつけて君乃に会うことが出来るしレアチーズケーキをごちそうになる可能性もある。
(自分で報告した方がいいよなぁ)
レアチーズケーキというオプションがある以上、陸の選択が揺らぐはずもない。だがそんな陸の単純さは、楓も理解している。
「なんならレアチーズケーキセット一回無料をつけるよ、わたしの奢りで」
「わかった! 黙ってるよ」
「ありがとう。契約成立」
楓がおもむろに手を突き出すと、陸はその手を握った。
手を離すと、一区切りがついた安心から、陸は手近な何かに腰を落とそうとした。ほとんど無意識の行動だった。
その時——。
「ダメ!!」
悲鳴のように甲高い叫びとともに、陸は突き飛ばされていた。
「座らないで!!」
耳鳴りがするほどの怒鳴り声と共に、胸倉を掴まれた。険しい表情の楓が目と鼻の先にいる。
陸は思わず息を呑んだ。そして訳も分からないまま
「……ごめん」と目を背けながら謝罪した。
それを聞いて我に返った楓はハッとして、陸から手を離した。そして、今すぐ泣き出しそうな程涙を溜めた瞳で陸をにらみつけた。
(なんなんだよ、一体)
陸は自分が座ろうとしたものを見た。
切り株だ。
なんの変哲もないが、楓が手を合わせていた切り株。
陸は全てを理解できたわけではないが、少女の逆鱗に触れてしまったことは察した。
カラス兄が降り立ち、楓に歩み寄る。楓はカラス兄を抱きしめ、顔を隠してしまう。
陸はその光景を見て、胃が縮んだ。
「何が悪いか分かってる?」
ドスの利いた震えた声に、陸は気圧された。
「……ごめん」
それしか言えなかった。察しているのと納得しているのは違うし、陸はそこまで大人になれていない。
楓もそれ以上は何も言わなかった。
陸は自分が拒絶されていることだけは感じ取り、背を向けた。
心の中には、漠然とした罪悪感だけが残った。
示し合わせたように、全てがきゅうりの漬物だ。しかし味付けや漬け方は千差万別で、個性豊かだ。塩漬け、古漬け、ぬか漬け、柴漬けなどなど。同じ漬物と言っても、シンプルに塩だけを使う家庭もあれば、塩昆布や麹を使う家庭もある。漬物は脇役に過ぎない。しかしそんな存在にこそ健康に対する心遣いや愛情がこもっている。
陸はそんな漬物達を一緒くたにし、口いっぱいに放り込んだ。
ポリポリと心地いい触感を感じつつ、ゴクンと飲み込む。
「いつからわかってた?」と陸が訊ねると
「最初から。モノの声が聞こえるからね。ポケットに入っているスマホが誰のものかなんて、すぐにわかる」と楓は悪戯っぽく答えた。
つまり、楓は持ち物から聞こえる声だけで、持ち主を判断できるのだ。いくら完璧な変装をしようとも、スマホや財布を持っていれば見破られてしまう。
(そんなの、ストーキングとか無理じゃん)
陸は湧き上がる徒労感から、深いため息をついた。その横で楓はカラス兄と分けるように漬物をつまむと、おもむろにバッグからペットボトルのお茶を取り出した。そして漬物の塩っ気で水分が欲しくなった陸に見せびらかせるように、一息で飲み干してしまった。
陸は文句を言いたげな顔をしたが、楓は歯牙にもかけずに話し始める。
「それで、大体予想はつくけど誰の差し金?」
「清水に脅迫されてやった」と嘘をついたのだが
「ウソでしょ」とすぐに看破された。
「本当のことを言わないと、今度レアチーズケーキを出すときにお酢をかけるよ」
「……全部話します」
陸は正直に事の経緯を話し始めた。
悩み事を聞いてもらった代わりに君乃からストーキングを依頼されたこと。清水が協力して化粧を施して服を貸してくれたこと。
「予想はしてたけど……」と聞き終わった楓は苦笑いを浮かべた。
陸は心の中で君乃に謝罪をしつつ、地獄の沙汰を待った。
「全く、お姉ちゃんは……」
楓は怒りよりも呆れの強い声で呟いた。
「あんまり怒らないであげてほしい」
「まあ、わたしも悪いし。鬱陶しいからって『人助け』についてあまり話してこなかったから。ごめんね。迷惑かけちゃって」
陸は謝罪されたのが予想外で「あ、うん」と気の抜けた返事をした。
「お姉ちゃんにはわたしから話しておくから。大丈夫、せめてものお詫びに、君に悪いようには言わないから。その代わりと言っては何だけど、この場所については秘密にして。お願い」
「……わかった」
陸は口では肯定したが、嘘なのは明白だ。陸はどちらかと言えば君乃びいきだし、黙っているつもりは毛頭ない。しかしながら、陸は嘘をつけない性格だ。冷や汗をかきながらあらぬ方向を向いており、「私は嘘をつきました」と顔にありありと書かれている。
そんな陸を見て、楓はため息をついた。
「それとも大好きなお姉ちゃんに、ストーキングはすぐにバレてしまいました、って情けない報告するつもり?」
陸は押し黙り続ける。動揺のため目線がキョロキョロ動いている。
「この場所のことを黙っててくれるなら、君のことは偶然見つけたことにしてあげる。例えば、体育館で情報収集しているときに偶然わたしが声を聞いちゃった、とかね」
「でも君乃さんは青木がモノの声が聞こえることは知ってるんだろ? そんなウソすぐばれるんじゃ」
「そこは大丈夫。お姉ちゃん信じてないから。虚言か冗談だと思ってるんじゃないかな。そういうの嫌いだから。お父さんがスピリチュアルな色々にはまっちゃったことがあってね」
サラッと告げられた重い過去に、陸は辟易とした。しかし楓はお構いなしに続ける。
「だから、全部問題なくなるよ。鈴木が黙ってくれている限りは」
陸にとっては悪くない提案だった。陸本人が嘘をつくより、楓が嘘をついた方がバレないだろう。しかし陸本人が報告すれば、それにかこつけて君乃に会うことが出来るしレアチーズケーキをごちそうになる可能性もある。
(自分で報告した方がいいよなぁ)
レアチーズケーキというオプションがある以上、陸の選択が揺らぐはずもない。だがそんな陸の単純さは、楓も理解している。
「なんならレアチーズケーキセット一回無料をつけるよ、わたしの奢りで」
「わかった! 黙ってるよ」
「ありがとう。契約成立」
楓がおもむろに手を突き出すと、陸はその手を握った。
手を離すと、一区切りがついた安心から、陸は手近な何かに腰を落とそうとした。ほとんど無意識の行動だった。
その時——。
「ダメ!!」
悲鳴のように甲高い叫びとともに、陸は突き飛ばされていた。
「座らないで!!」
耳鳴りがするほどの怒鳴り声と共に、胸倉を掴まれた。険しい表情の楓が目と鼻の先にいる。
陸は思わず息を呑んだ。そして訳も分からないまま
「……ごめん」と目を背けながら謝罪した。
それを聞いて我に返った楓はハッとして、陸から手を離した。そして、今すぐ泣き出しそうな程涙を溜めた瞳で陸をにらみつけた。
(なんなんだよ、一体)
陸は自分が座ろうとしたものを見た。
切り株だ。
なんの変哲もないが、楓が手を合わせていた切り株。
陸は全てを理解できたわけではないが、少女の逆鱗に触れてしまったことは察した。
カラス兄が降り立ち、楓に歩み寄る。楓はカラス兄を抱きしめ、顔を隠してしまう。
陸はその光景を見て、胃が縮んだ。
「何が悪いか分かってる?」
ドスの利いた震えた声に、陸は気圧された。
「……ごめん」
それしか言えなかった。察しているのと納得しているのは違うし、陸はそこまで大人になれていない。
楓もそれ以上は何も言わなかった。
陸は自分が拒絶されていることだけは感じ取り、背を向けた。
心の中には、漠然とした罪悪感だけが残った。
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