チョメチョメ少女は遺された ~変人中学生たちのドタバタ青春劇~

ほづみエイサク

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第五章 日向ぼっこ好きは台風の目の夢を見る

第四十六話 台風が過ぎても傷跡は消えない

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「早く起きなさい。朝ご飯できてるから」

 お母さんの声が聞こえても、陸は体を起こす気分にはなれなかった。

「起きてるよ」

 いつもと調子の変わらない母親の声が煩わしかった。当然のように登る太陽が憎かった。

 空腹感はなかったが、母親があまりにもうるさくて、リビングに向かう。代わり映えのしない朝食はほとんど喉を通らなかった。

(あんなことがあったのに、世界は知らん顔で平常運転だ)

 何より、ルーティンに従って登校の準備をしている自分には失望する他なかった。

 陸は昨夜は一睡もできていない。台風の中を突っ切ったため体は限界なのに、だ。興奮と後悔が漬物石のように心を圧迫し続けており、目をつぶるたびに首を絞める光景を思い出してしまう。

「陸、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。心配しすぎ」

 家を出る際、お母さんからの心配の言葉も心に響かず、ずっとうわの空だった。

 頭の中を埋め尽くしているのは昨日の出来事。ひどい台風の中を駆け抜け、音流と一緒に台風の目で日向ぼっこをし、悩みを聞いて、彼女の首を絞めた。そんな非現実的な一日だった。

 しかし通学路を歩いている内に耐えがたい感情の昂ぶりに襲われ、走り出した。その行動には大した意味はなく、ただ感情を何かにぶつけたかっただけだ。

 息を荒らげながら校門を抜け、階段をのぼり、教室の扉を勢いよく開く。

 教室には数人のクラスメイトがいるだけだったが、一様に驚いた顔をしていた。陸はバックを机に荒っぽく置いて、そそくさと廊下に出た。

 向かうのは音流のいるクラスだ。まだほとんどの生徒は登校していない時間だ。今はいない可能性の方が高いだろう。

(あれ、いつも何分ぐらいに来てるんだ?)

 自分の無知に気付き、足を止めた。

(考えてみれば、日向――音流のことあまり知らないんだよな)

 一度冷静になると、どんどん怖くなってくる。音流は最後、陸に対して怯えた表情を浮かべていた。もし、陸の顔を見ただけで泣き叫ぶようなことがあれば、耐えられるわけがない。

 それでも安否が気になる。いや、そもそも今教室にいるのかもわからないじゃないか。

 いろんな考えがせめぎ合ったが、結局は一歩前に進むことにした。

 おそるおそる教室の中を覗いたのだが、音流の姿はない。肩透かしを食らって項垂れながらも、ホームルームが始まる前にまた確認しようと決めた。

 しかし朝も、昼も、放課後になっても。音流の姿は見当たらなかった。

 胸の中で不安が膨れ上がっていき、我慢できなくなり、職員室のドアを叩いた。

 音流のクラス担任が見当たらないため、自分の担任の土田先生に声を掛けた。

「風邪らしい」

 聞いた瞬間、ウソだ、と確信した。いや、酷い雨にさらされたのだから風邪の一つや二つをひくかもしれないが、それだけが理由ではないことは明らかだ。

 唸っていると、土田先生は珍獣をみるような目を向けていた。

「鈴木、最近変わったよな」

 陸は隠すことなく不快感を顔に出した。

「なんなんですか、藪から棒に」
「自覚がないのか?」

 首を横に振った。

「昔はもっとジメジメして、刺々しかったのに丸くなった。仲の良い友達も増えたみたいだしな。いいことだいいことだ」

 土田先生は自分の言いたいことだけ言って、上機嫌に膝を叩いた。

「……僕は変わらないですよ」
「否定するのもいいが、新しくできた縁は大事にしろよ」

 まるですべてを知っているかのような助言に、陸の表情が強張こわばる。

「お、当たったか?」

 得意げに「たまに当たるんだよな、俺の勘も捨てたもんじゃないな」と笑いながら土田先生はタプタプとした二重顎を擦った。

「何を知ってるんですか?」
「特に何も知らない。ただ、お前がずっと難しい顔をしたり、時々上の空になったり、他のクラスをちょくちょく見に行っていることぐらいしか知らないぞ」

 行動を把握されているとは思っておらず、恥ずかしくなった。その様子を見て、土田先生はニタニタ顔になった。

「まあ、思春期だから色々あるだろうがな。何があったかまで聞く気もないが、あんまり考えすぎるなよ。若いんだから」

(若いから何なんだよ)

 若いから過ちを犯してもしょうがない。そう割り切ることに陸は違和感を感じていた。

 失敗したらつらい。へこんでしまって、前に進むのには時間も覚悟もいる。失敗をしないなら、それに越したことはないだろう。

「訊かないんですね。何があったのか」
「聞くわけないだろ。大人が介入して解決するのは外面を気にしてるからだ」
「随分あけすけに言いますね。先生としてどうなんですか」

 陸の皮肉に対して、土田先生はガハハと豪快に笑った。

「なんだ、悩みを聞いてほしいのか?」
「そんなつもりじゃないですよ」
「なら俺は聞かない。悩みっていうのはだれかが助けられるものじゃない。相談する時は往々にして答えが決まっているものだ。
 下手に他人が介入してもこじれるだけだからな。所詮。他人は他人だ。本当に自分のことを考えているのは自分だけだ。失敗が怖いなら悩め悩め。悩んだ分だけ自信にしろ」

 先生にしては無責任な物言いに感じて、陸は大袈裟に肩をすくめた。

「まあ、いざという時は相談に来るといいさ。俺はこう見えても経験が豊富なんだ」
「しませんよ。先生にするぐらいならそこら辺の猫に相談します」

 陸の辛辣な物言いに対して、土田先生は「にゃはははは」と変な笑い声を上げた。

「ああ、それとな。腕時計は届いていないぞ」
「……そうですか」

 ありがとうございました、とお礼を口にして、職員室を後にした。

(明日は来るよね?)

 そう思いながら、学校を帰宅したのだが――

 次の日も、その次の日も……。

 まばゆいばかりの晴天なのに、日向ぼっこ好き少女の影はなかった。
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