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第八章 カラスとモナリザと老木は少女の未来を憂う
第七十話 カラスと少女と愉快な夢
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カラス兄の楓に対する第一印象は『変わったやつ』だった。
チョメチョメに目覚めたばかりの楓は、老木や動物達と触れ合っていた。人間にとって親しみのある猫や犬とじゃれあい、豚のお腹を触り、リスやウサギを愛でていた。
そんな中、わざわざカラスを『兄』として選んだのが、不思議で仕方がなかった。
(人間はカラスが嫌いじゃないのか?)
カラス兄は自分の翼の中で寝息をたてている楓の顔を見た。余程リラックスしているのか、だらしなく涎をたらしている。
楓は動物達と遊び疲れて、老木の根元で寝てしまっていた。
(なんでこいつは、オレにこんな顔を向けるんだ?)
掛け合いの一つ一つを思い出しても、好感度が上がる要素が見当たらなくて、小首を傾げた。
(……人間はわからん)
「うがああああぁぁぁぁぁ!!」
『なんだ!?』
突然の奇声に驚き、飛び上がった。
何が起きたのかと楓を見たのだが、むにゃむにゃと寝ているままだった。
(寝言ってやつか……?)
ふと渋い顔になる。
(人間は夢を見るんだったな)
カラスはレム睡眠が短いため、ほとんど夢を見ない。野生の中で生きる上で邪魔にしかならないのだろう。
(夢ってなんなんだ?)
気になったカラス兄は、夢を見ているであろう楓を観察することにした。
「うへへ、一緒に空飛んでるー」
(いや、飛んでないだろ?)
今度は「うへへ。ぐへへへへ」と変な笑い声をあげはじめた。
(そんなに楽しいものなのか? 夢って)
カラスに兄が青を覗き込もうとすると、さらに「フゴッ」と鼻を鳴らした。
(豚になったのか?)
「もぎゅもぎゅ、カラス兄、おいしい」
(俺、食われてるのか?)
カラス兄の頭は混乱していた。
(つまりあれか、夢の中では、空飛ぶ豚になったコイツにオレは食われてるのか)
うすら寒くなってきて『カラスを食べてもいいことがないぞ。病気になるぞー』と耳元でささやいた。
声が届いたのか、楓の表情が変わる。
「お父さん、お姉ちゃん、ごめんね。ごめんね……」
表情は悲しげなものになり、頬には涙が伝っていた。
その姿を見て、カラス兄は老木に語り掛ける。
『なあ、老木さん。あの畜生犬を呼んでくれないか?』
『いいのかい? 犬とは仲がわるいだろ?』
『あいつは打算的だからな。……まあ、背に腹は代えられんさ』
カラス兄は『変なタイミングで起きるなよ」と強く念じながら、犬が欲しがりそうなものを考えていた。
カラス兄は夕日をじっと見つめていた。
(アイツ、来ないな)
楓が初めて老木のところに来た日から、二週間が過ぎていた。
カラス兄は我慢の限界を超えて、怒り心頭になっていた。
(勝手に兄にしておきながら、放置するとか何を考えていやがる)
威嚇するように羽を大きく広げ、カァーと吠えた。
(フンの一つでも落とさないと気が済まん!)
フンがよく出るようにご飯をモリモリ食べ、楓の家に向かう。
老木の元に集まる集会は基本的に深夜に行われる。人間に飼われている動物たちが、この時間しか抜け出せないからだ。
しかしカラスにとっては飛びにくい時間だ。暗闇のせいでまともに見えない。カラス兄は生まれつきの目が悪いものだから、尚更だ。
(本当、コレがあってよかった)
しかしカラス兄には目の代わりになるものがあった。チョメチョメだ。モノの声を聞くことによって空間を把握することができるのだ。
(ん?)
電灯の下で座っている少女を見つけた。顔は見えなくても、チョメチョメで誰だか判別できる。
『何を泣いている』
声を掛けた瞬間に抱き着かれて、『ガァッ』と小さな悲鳴をあげた。
『なに、泣いてんだよ』
「だってぇぇぇぇ」
楓はわんわんと泣き続けるばかりで、しゃべるのもままならなかった。カラス兄はその様子をみかねて、翼で抱きしめた。
『ああ、いいよ。好きに泣けよ。落ち着いたら話を聞いてやる』
しばらくして泣き止むと、楓がポツリポツリと語り始めた。
簡単にまとめると『老木のところに行こうにも、場所が分からない』ということだった。
楓は迷い込む形で老木の元へたどり着き、帰りも自分の足ではなかった。道を知っているはずがなかったのだ。
「夢じゃなかった……妄想じゃない……よかった」
『ん? カラスのオレにとっては、夢がわからない。いいものじゃないのか?』
「夢って、幸せなのも、怖いのも、つらいのも、ひどいのもあるから」
『……あんまりいいものじゃなさそうだな』
「でも、カラス兄たちと遊んだ後はいい夢だった」
『……そうか』
その後はなし崩し的に老木まで案内することになった。しかしすぐに後悔することになる。
『離せよ』
「やだ」
楓は、カラス兄を抱きしめたまま、一向に離そうとしなかった。カラス兄が無理矢理脱出を図ろうものなら、羽をむしり取るのだから手に負えない。
『逃げないから離せ』
「やだ」
『重いだろ』
「やだ」
『苦しいから』
「やだ」
『ああもう! わがまま言うな!』
「やだ!!」
頑として譲らない姿勢には呆れる他なく、大人しく腕の中に収まることになった。
30分ほど歩くと、老木のいるところまでついた。
ついた瞬間に放り投げられ、カラス兄は「なんなんだよ!」と抗議した。しかし安心したせいでまた泣き出した楓を前に、ため息をつくしかなかった。
それからはいつもの日常だった。
いや、楓という妹が加わった少し刺激的な日常だ。
楓はリスや豚や犬などの動物と遊んだり、老木の話を聞いたりしていた。カラス兄はその光景を遠目に眺めていることが多かったが、たまに投石で落とされては付き合わされていた。
『ここでは争いをしてはいけないよ』
老木はよく言っていた。カラス兄にとっては耳に穴が開くほど聞いた言葉だったが、楓にとっては新鮮だった。
「なんで争いをしてはダメなの?」
『ここにいるのはみんな仲間だからだ』
「みんな違う動物なのに、仲間なの?」
『みんなチョメチョメをもっているからだよ』
「じゃあ、チョメチョメを持っていない他の動物は、仲間じゃないの?」
楓の純粋無垢な質問に、老木は押し黙ってしまった。
その様子を見かねて、他の動物たちが『独り占めをするな』と言いながら楓運んでいった。
楓が意味が分からずキョロキョロしていることに、カラス兄は近づいて問いかける。
『なんで、あんなことを言ったんだ?』
「あんなこと?」
『老木さんを困らせるようなことだ』
「だって、気になったんだもん」と楓は口をとがらせる。
『迷惑を考えろよ』
「……気になっただけだもん」
子供っぽい駄々っ子に呆れて、カラス兄はため息をついた。その様子見て、楓の頬が不服そうに膨らむ。
「なんでそんなに老木さんの味方をするの?」
『なんでと言われてもな。老木さんは俺の恩人だからな』
その言葉を聞いて、楓は不思議そうに首をひねった。
「そういえば、カラス兄と老木さんって、どういう関係なの?」
カラス兄はしばらく考え込んでから、慎重にクチバシを開いた。
『唯一の存在だ。恩師であり、ただ一人の家族だ』
「他の動物たちは違うの? リスとか豚さんとか。いつも避けてるみたいだけど」
『ふん、あんな奴らとは仲良くできるわけがない』
「もしかして嫉妬?」
カラス兄は「ゴホゴホ」とつい咳込んで、羽をバサバサと羽ばたかせた。
『何を言いやがる! そんなわけないだろ! オレは独りで十分なんだよ』
「え、そうなの? 独りなの?」
楓は目を丸くした後、眉をへの字に曲げた。そして警戒心の強いウサギに近づくように、慎重に歩み寄ってくる。
『独りって言うな……全く』
「友達がいないのは寂しくない?」
『友達なんて必要ないだろ。面倒なだけだからな』
「えー、友達はいた方が楽しいと思うよ。学校で寂しいよ」
『カラスに学校はない』
楓は「あ、そっか」と声を上げて後、弾んだ声音で続ける。
「じゃあ、宿題も勉強も合唱コンクールもないの?」
『なんのことかわからないが、ないな』
「羨ましい! わたしもカラスになりたい!」
『お前には帰るべき家も家族もいるだろ』
ふと、楓の表情が暗くなる。目を伏せて、何かを我慢している様子だ。
「こっちの方が楽しいんだもん。家族はちょっと……私は腫物だから」
『そうは見えなかったけどな』
楓を送り届ける際に見かけた、楓の姉――君乃の姿を思い出して、カラス兄は小難しい顔をした。
「わたし、ここの方がいい。居心地がいい。こんな居場所がいい」
『ん? なんだ、もうここはお前の居場所だろ。オレはそう思ってたぞ』
カラス兄の言葉を受け、楓はしばらくの間、ポカンと呆気に取られていた。
「わたし、カラス兄の妹で、いいの、かな……?」
楓の控えめな質問に、カラス兄は羽を震わせた。
『なに言ってんだ、お前が言い始めたんだろ』
「その、勝手に言い始めたから、えっと、いいのかなって……」
楓のモジモジした言い方に、カラス兄は「はぁ!?」と怒りをあらわにした。
『妹だと思ってなければ、こんなに話さねえよ、まったく!』
それだけ言い捨てると、カラス兄は飛び去ってしまった。楓の「えっ」という短い声をかき消しながら。
『カラスもなかなかどうして、罪なカラスだね』
穏やかながらも、普段よりも楽しそうな声が聞こえた。
『なんだよ、老木さん。聞いていたのか』
カラス兄は恥ずかしさのあまり、電線への着地が失敗しそうになりながらも、なんとか持ち直した。
『じゃあ、儂はカラスにとっては本当は何なのかな?』
『……やめてくれよ、言うまでもないだろ』
『おや、久しぶりにカラスに呼ばれたいな』
しばらく悩んでいたのだが、覚悟を決めたのか、深呼吸をし始めた。そしてクチバシを開く。
『パパ、だよ』
楓は今までで一番の爆笑を見せた。カラス兄は怒りのあまり、その脳天にフンが直撃させたのだった。
チョメチョメに目覚めたばかりの楓は、老木や動物達と触れ合っていた。人間にとって親しみのある猫や犬とじゃれあい、豚のお腹を触り、リスやウサギを愛でていた。
そんな中、わざわざカラスを『兄』として選んだのが、不思議で仕方がなかった。
(人間はカラスが嫌いじゃないのか?)
カラス兄は自分の翼の中で寝息をたてている楓の顔を見た。余程リラックスしているのか、だらしなく涎をたらしている。
楓は動物達と遊び疲れて、老木の根元で寝てしまっていた。
(なんでこいつは、オレにこんな顔を向けるんだ?)
掛け合いの一つ一つを思い出しても、好感度が上がる要素が見当たらなくて、小首を傾げた。
(……人間はわからん)
「うがああああぁぁぁぁぁ!!」
『なんだ!?』
突然の奇声に驚き、飛び上がった。
何が起きたのかと楓を見たのだが、むにゃむにゃと寝ているままだった。
(寝言ってやつか……?)
ふと渋い顔になる。
(人間は夢を見るんだったな)
カラスはレム睡眠が短いため、ほとんど夢を見ない。野生の中で生きる上で邪魔にしかならないのだろう。
(夢ってなんなんだ?)
気になったカラス兄は、夢を見ているであろう楓を観察することにした。
「うへへ、一緒に空飛んでるー」
(いや、飛んでないだろ?)
今度は「うへへ。ぐへへへへ」と変な笑い声をあげはじめた。
(そんなに楽しいものなのか? 夢って)
カラスに兄が青を覗き込もうとすると、さらに「フゴッ」と鼻を鳴らした。
(豚になったのか?)
「もぎゅもぎゅ、カラス兄、おいしい」
(俺、食われてるのか?)
カラス兄の頭は混乱していた。
(つまりあれか、夢の中では、空飛ぶ豚になったコイツにオレは食われてるのか)
うすら寒くなってきて『カラスを食べてもいいことがないぞ。病気になるぞー』と耳元でささやいた。
声が届いたのか、楓の表情が変わる。
「お父さん、お姉ちゃん、ごめんね。ごめんね……」
表情は悲しげなものになり、頬には涙が伝っていた。
その姿を見て、カラス兄は老木に語り掛ける。
『なあ、老木さん。あの畜生犬を呼んでくれないか?』
『いいのかい? 犬とは仲がわるいだろ?』
『あいつは打算的だからな。……まあ、背に腹は代えられんさ』
カラス兄は『変なタイミングで起きるなよ」と強く念じながら、犬が欲しがりそうなものを考えていた。
カラス兄は夕日をじっと見つめていた。
(アイツ、来ないな)
楓が初めて老木のところに来た日から、二週間が過ぎていた。
カラス兄は我慢の限界を超えて、怒り心頭になっていた。
(勝手に兄にしておきながら、放置するとか何を考えていやがる)
威嚇するように羽を大きく広げ、カァーと吠えた。
(フンの一つでも落とさないと気が済まん!)
フンがよく出るようにご飯をモリモリ食べ、楓の家に向かう。
老木の元に集まる集会は基本的に深夜に行われる。人間に飼われている動物たちが、この時間しか抜け出せないからだ。
しかしカラスにとっては飛びにくい時間だ。暗闇のせいでまともに見えない。カラス兄は生まれつきの目が悪いものだから、尚更だ。
(本当、コレがあってよかった)
しかしカラス兄には目の代わりになるものがあった。チョメチョメだ。モノの声を聞くことによって空間を把握することができるのだ。
(ん?)
電灯の下で座っている少女を見つけた。顔は見えなくても、チョメチョメで誰だか判別できる。
『何を泣いている』
声を掛けた瞬間に抱き着かれて、『ガァッ』と小さな悲鳴をあげた。
『なに、泣いてんだよ』
「だってぇぇぇぇ」
楓はわんわんと泣き続けるばかりで、しゃべるのもままならなかった。カラス兄はその様子をみかねて、翼で抱きしめた。
『ああ、いいよ。好きに泣けよ。落ち着いたら話を聞いてやる』
しばらくして泣き止むと、楓がポツリポツリと語り始めた。
簡単にまとめると『老木のところに行こうにも、場所が分からない』ということだった。
楓は迷い込む形で老木の元へたどり着き、帰りも自分の足ではなかった。道を知っているはずがなかったのだ。
「夢じゃなかった……妄想じゃない……よかった」
『ん? カラスのオレにとっては、夢がわからない。いいものじゃないのか?』
「夢って、幸せなのも、怖いのも、つらいのも、ひどいのもあるから」
『……あんまりいいものじゃなさそうだな』
「でも、カラス兄たちと遊んだ後はいい夢だった」
『……そうか』
その後はなし崩し的に老木まで案内することになった。しかしすぐに後悔することになる。
『離せよ』
「やだ」
楓は、カラス兄を抱きしめたまま、一向に離そうとしなかった。カラス兄が無理矢理脱出を図ろうものなら、羽をむしり取るのだから手に負えない。
『逃げないから離せ』
「やだ」
『重いだろ』
「やだ」
『苦しいから』
「やだ」
『ああもう! わがまま言うな!』
「やだ!!」
頑として譲らない姿勢には呆れる他なく、大人しく腕の中に収まることになった。
30分ほど歩くと、老木のいるところまでついた。
ついた瞬間に放り投げられ、カラス兄は「なんなんだよ!」と抗議した。しかし安心したせいでまた泣き出した楓を前に、ため息をつくしかなかった。
それからはいつもの日常だった。
いや、楓という妹が加わった少し刺激的な日常だ。
楓はリスや豚や犬などの動物と遊んだり、老木の話を聞いたりしていた。カラス兄はその光景を遠目に眺めていることが多かったが、たまに投石で落とされては付き合わされていた。
『ここでは争いをしてはいけないよ』
老木はよく言っていた。カラス兄にとっては耳に穴が開くほど聞いた言葉だったが、楓にとっては新鮮だった。
「なんで争いをしてはダメなの?」
『ここにいるのはみんな仲間だからだ』
「みんな違う動物なのに、仲間なの?」
『みんなチョメチョメをもっているからだよ』
「じゃあ、チョメチョメを持っていない他の動物は、仲間じゃないの?」
楓の純粋無垢な質問に、老木は押し黙ってしまった。
その様子を見かねて、他の動物たちが『独り占めをするな』と言いながら楓運んでいった。
楓が意味が分からずキョロキョロしていることに、カラス兄は近づいて問いかける。
『なんで、あんなことを言ったんだ?』
「あんなこと?」
『老木さんを困らせるようなことだ』
「だって、気になったんだもん」と楓は口をとがらせる。
『迷惑を考えろよ』
「……気になっただけだもん」
子供っぽい駄々っ子に呆れて、カラス兄はため息をついた。その様子見て、楓の頬が不服そうに膨らむ。
「なんでそんなに老木さんの味方をするの?」
『なんでと言われてもな。老木さんは俺の恩人だからな』
その言葉を聞いて、楓は不思議そうに首をひねった。
「そういえば、カラス兄と老木さんって、どういう関係なの?」
カラス兄はしばらく考え込んでから、慎重にクチバシを開いた。
『唯一の存在だ。恩師であり、ただ一人の家族だ』
「他の動物たちは違うの? リスとか豚さんとか。いつも避けてるみたいだけど」
『ふん、あんな奴らとは仲良くできるわけがない』
「もしかして嫉妬?」
カラス兄は「ゴホゴホ」とつい咳込んで、羽をバサバサと羽ばたかせた。
『何を言いやがる! そんなわけないだろ! オレは独りで十分なんだよ』
「え、そうなの? 独りなの?」
楓は目を丸くした後、眉をへの字に曲げた。そして警戒心の強いウサギに近づくように、慎重に歩み寄ってくる。
『独りって言うな……全く』
「友達がいないのは寂しくない?」
『友達なんて必要ないだろ。面倒なだけだからな』
「えー、友達はいた方が楽しいと思うよ。学校で寂しいよ」
『カラスに学校はない』
楓は「あ、そっか」と声を上げて後、弾んだ声音で続ける。
「じゃあ、宿題も勉強も合唱コンクールもないの?」
『なんのことかわからないが、ないな』
「羨ましい! わたしもカラスになりたい!」
『お前には帰るべき家も家族もいるだろ』
ふと、楓の表情が暗くなる。目を伏せて、何かを我慢している様子だ。
「こっちの方が楽しいんだもん。家族はちょっと……私は腫物だから」
『そうは見えなかったけどな』
楓を送り届ける際に見かけた、楓の姉――君乃の姿を思い出して、カラス兄は小難しい顔をした。
「わたし、ここの方がいい。居心地がいい。こんな居場所がいい」
『ん? なんだ、もうここはお前の居場所だろ。オレはそう思ってたぞ』
カラス兄の言葉を受け、楓はしばらくの間、ポカンと呆気に取られていた。
「わたし、カラス兄の妹で、いいの、かな……?」
楓の控えめな質問に、カラス兄は羽を震わせた。
『なに言ってんだ、お前が言い始めたんだろ』
「その、勝手に言い始めたから、えっと、いいのかなって……」
楓のモジモジした言い方に、カラス兄は「はぁ!?」と怒りをあらわにした。
『妹だと思ってなければ、こんなに話さねえよ、まったく!』
それだけ言い捨てると、カラス兄は飛び去ってしまった。楓の「えっ」という短い声をかき消しながら。
『カラスもなかなかどうして、罪なカラスだね』
穏やかながらも、普段よりも楽しそうな声が聞こえた。
『なんだよ、老木さん。聞いていたのか』
カラス兄は恥ずかしさのあまり、電線への着地が失敗しそうになりながらも、なんとか持ち直した。
『じゃあ、儂はカラスにとっては本当は何なのかな?』
『……やめてくれよ、言うまでもないだろ』
『おや、久しぶりにカラスに呼ばれたいな』
しばらく悩んでいたのだが、覚悟を決めたのか、深呼吸をし始めた。そしてクチバシを開く。
『パパ、だよ』
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