チョメチョメ少女は遺された ~変人中学生たちのドタバタ青春劇~

ほづみエイサク

文字の大きさ
72 / 93
第八章 カラスとモナリザと老木は少女の未来を憂う

第七十話 カラスと少女と愉快な夢

しおりを挟む
 カラス兄の楓に対する第一印象は『変わったやつ』だった。

 チョメチョメに目覚めたばかりの楓は、老木や動物達と触れ合っていた。人間にとって親しみのある猫や犬とじゃれあい、豚のお腹を触り、リスやウサギを愛でていた。

 そんな中、わざわざカラスを『兄』として選んだのが、不思議で仕方がなかった。

(人間はカラスが嫌いじゃないのか?)

 カラス兄は自分の翼の中で寝息をたてている楓の顔を見た。余程リラックスしているのか、だらしなく涎をたらしている。

 楓は動物達と遊び疲れて、老木の根元で寝てしまっていた。

(なんでこいつは、オレにこんな顔を向けるんだ?)

 掛け合いの一つ一つを思い出しても、好感度が上がる要素が見当たらなくて、小首を傾げた。

(……人間はわからん)

「うがああああぁぁぁぁぁ!!」
『なんだ!?』

 突然の奇声に驚き、飛び上がった。

 何が起きたのかと楓を見たのだが、むにゃむにゃと寝ているままだった。

(寝言ってやつか……?)

 ふと渋い顔になる。

(人間は夢を見るんだったな)

 カラスはレム睡眠が短いため、ほとんど夢を見ない。野生の中で生きる上で邪魔にしかならないのだろう。

(夢ってなんなんだ?)

 気になったカラス兄は、夢を見ているであろう楓を観察することにした。

「うへへ、一緒に空飛んでるー」

(いや、飛んでないだろ?)

 今度は「うへへ。ぐへへへへ」と変な笑い声をあげはじめた。

(そんなに楽しいものなのか? 夢って)

 カラスに兄が青を覗き込もうとすると、さらに「フゴッ」と鼻を鳴らした。

(豚になったのか?)

「もぎゅもぎゅ、カラス兄、おいしい」

(俺、食われてるのか?)

 カラス兄の頭は混乱していた。

(つまりあれか、夢の中では、空飛ぶ豚になったコイツにオレは食われてるのか)

 うすら寒くなってきて『カラスを食べてもいいことがないぞ。病気になるぞー』と耳元でささやいた。

 声が届いたのか、楓の表情が変わる。

「お父さん、お姉ちゃん、ごめんね。ごめんね……」

 表情は悲しげなものになり、頬には涙が伝っていた。

 その姿を見て、カラス兄は老木に語り掛ける。

『なあ、老木さん。あの畜生りくしょう犬を呼んでくれないか?』
『いいのかい? 犬とは仲がわるいだろ?』
『あいつは打算的だからな。……まあ、背に腹は代えられんさ』

 カラス兄は『変なタイミングで起きるなよ」と強く念じながら、犬が欲しがりそうなものを考えていた。



 カラス兄は夕日をじっと見つめていた。

(アイツ、来ないな)

 楓が初めて老木のところに来た日から、二週間が過ぎていた。

 カラス兄は我慢の限界を超えて、怒り心頭になっていた。

(勝手に兄にしておきながら、放置するとか何を考えていやがる)

 威嚇するように羽を大きく広げ、カァーと吠えた。

(フンの一つでも落とさないと気が済まん!)

 フンがよく出るようにご飯をモリモリ食べ、楓の家に向かう。

 老木の元に集まる集会は基本的に深夜に行われる。人間に飼われている動物たちが、この時間しか抜け出せないからだ。

 しかしカラスにとっては飛びにくい時間だ。暗闇のせいでまともに見えない。カラス兄は生まれつきの目が悪いものだから、尚更だ。

(本当、コレ・・があってよかった)

 しかしカラス兄には目の代わりになるものがあった。チョメチョメだ。モノの声を聞くことによって空間を把握することができるのだ。

(ん?)

 電灯の下で座っている少女を見つけた。顔は見えなくても、チョメチョメで誰だか判別できる。

『何を泣いている』

 声を掛けた瞬間に抱き着かれて、『ガァッ』と小さな悲鳴をあげた。

『なに、泣いてんだよ』
「だってぇぇぇぇ」

 楓はわんわんと泣き続けるばかりで、しゃべるのもままならなかった。カラス兄はその様子をみかねて、翼で抱きしめた。

『ああ、いいよ。好きに泣けよ。落ち着いたら話を聞いてやる』

 しばらくして泣き止むと、楓がポツリポツリと語り始めた。

 簡単にまとめると『老木のところに行こうにも、場所が分からない』ということだった。

 楓は迷い込む形で老木の元へたどり着き、帰りも自分の足ではなかった。道を知っているはずがなかったのだ。

「夢じゃなかった……妄想じゃない……よかった」
『ん? カラスのオレにとっては、夢がわからない。いいものじゃないのか?』
「夢って、幸せなのも、怖いのも、つらいのも、ひどいのもあるから」
『……あんまりいいものじゃなさそうだな』
「でも、カラス兄たちと遊んだ後はいい夢だった」
『……そうか』

 その後はなし崩し的に老木まで案内することになった。しかしすぐに後悔することになる。

『離せよ』
「やだ」

 楓は、カラス兄を抱きしめたまま、一向に離そうとしなかった。カラス兄が無理矢理脱出を図ろうものなら、羽をむしり取るのだから手に負えない。

『逃げないから離せ』
「やだ」
『重いだろ』
「やだ」
『苦しいから』
「やだ」
『ああもう! わがまま言うな!』
「やだ!!」

 頑として譲らない姿勢には呆れる他なく、大人しく腕の中に収まることになった。

 30分ほど歩くと、老木のいるところまでついた。

 ついた瞬間に放り投げられ、カラス兄は「なんなんだよ!」と抗議した。しかし安心したせいでまた泣き出した楓を前に、ため息をつくしかなかった。

 それからはいつもの日常だった。

 いや、楓という妹が加わった少し刺激的な日常だ。

 楓はリスや豚や犬などの動物と遊んだり、老木の話を聞いたりしていた。カラス兄はその光景を遠目に眺めていることが多かったが、たまに投石で落とされては付き合わされていた。

『ここでは争いをしてはいけないよ』

 老木はよく言っていた。カラス兄にとっては耳に穴が開くほど聞いた言葉だったが、楓にとっては新鮮だった。

「なんで争いをしてはダメなの?」
『ここにいるのはみんな仲間だからだ』
「みんな違う動物なのに、仲間なの?」
『みんなチョメチョメをもっているからだよ』
「じゃあ、チョメチョメを持っていない他の動物は、仲間じゃないの?」

 楓の純粋無垢な質問に、老木は押し黙ってしまった。

 その様子を見かねて、他の動物たちが『独り占めをするな』と言いながら楓運んでいった。

 楓が意味が分からずキョロキョロしていることに、カラス兄は近づいて問いかける。

『なんで、あんなことを言ったんだ?』
「あんなこと?」
『老木さんを困らせるようなことだ』
「だって、気になったんだもん」と楓は口をとがらせる。
『迷惑を考えろよ』
「……気になっただけだもん」

 子供っぽい駄々っ子に呆れて、カラス兄はため息をついた。その様子見て、楓の頬が不服そうに膨らむ。

「なんでそんなに老木さんの味方をするの?」
『なんでと言われてもな。老木さんは俺の恩人だからな』

 その言葉を聞いて、楓は不思議そうに首をひねった。

「そういえば、カラス兄と老木さんって、どういう関係なの?」

 カラス兄はしばらく考え込んでから、慎重にクチバシを開いた。

『唯一の存在だ。恩師であり、ただ一人の家族だ』
「他の動物たちは違うの? リスとか豚さんとか。いつも避けてるみたいだけど」
『ふん、あんな奴らとは仲良くできるわけがない』
「もしかして嫉妬?」

 カラス兄は「ゴホゴホ」とつい咳込んで、羽をバサバサと羽ばたかせた。

『何を言いやがる! そんなわけないだろ! オレは独りで十分なんだよ』
「え、そうなの? 独りなの?」

 楓は目を丸くした後、眉をへの字に曲げた。そして警戒心の強いウサギに近づくように、慎重に歩み寄ってくる。

『独りって言うな……全く』
「友達がいないのは寂しくない?」
『友達なんて必要ないだろ。面倒なだけだからな』
「えー、友達はいた方が楽しいと思うよ。学校で寂しいよ」
『カラスに学校はない』

 楓は「あ、そっか」と声を上げて後、弾んだ声音で続ける。

「じゃあ、宿題も勉強も合唱コンクールもないの?」
『なんのことかわからないが、ないな』
「羨ましい! わたしもカラスになりたい!」
『お前には帰るべき家も家族もいるだろ』

 ふと、楓の表情が暗くなる。目を伏せて、何かを我慢している様子だ。

「こっちの方が楽しいんだもん。家族はちょっと……私は腫物だから」
『そうは見えなかったけどな』

 楓を送り届ける際に見かけた、楓の姉――君乃の姿を思い出して、カラス兄は小難しい顔をした。

「わたし、ここの方がいい。居心地がいい。こんな居場所がいい」
『ん? なんだ、もうここはお前の居場所だろ。オレはそう思ってたぞ』

 カラス兄の言葉を受け、楓はしばらくの間、ポカンと呆気に取られていた。

「わたし、カラス兄の妹で、いいの、かな……?」

 楓の控えめな質問に、カラス兄は羽を震わせた。

『なに言ってんだ、お前が言い始めたんだろ』
「その、勝手に言い始めたから、えっと、いいのかなって……」

 楓のモジモジした言い方に、カラス兄は「はぁ!?」と怒りをあらわにした。

『妹だと思ってなければ、こんなに話さねえよ、まったく!』

 それだけ言い捨てると、カラス兄は飛び去ってしまった。楓の「えっ」という短い声をかき消しながら。

『カラスもなかなかどうして、罪なカラスだね』

 穏やかながらも、普段よりも楽しそうな声が聞こえた。

『なんだよ、老木さん。聞いていたのか』

 カラス兄は恥ずかしさのあまり、電線への着地が失敗しそうになりながらも、なんとか持ち直した。

『じゃあ、儂はカラスにとっては本当は何なのかな?』
『……やめてくれよ、言うまでもないだろ』
『おや、久しぶりにカラスに呼ばれたいな』

 しばらく悩んでいたのだが、覚悟を決めたのか、深呼吸をし始めた。そしてクチバシを開く。

『パパ、だよ』

 楓は今までで一番の爆笑を見せた。カラス兄は怒りのあまり、その脳天にフンが直撃させたのだった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...