チョメチョメ少女は遺された ~変人中学生たちのドタバタ青春劇~

ほづみエイサク

文字の大きさ
73 / 93
第八章 カラスとモナリザと老木は少女の未来を憂う

第七十一話 カラスと楓と最後の紅葉

しおりを挟む
 ある夏の日。楓のいる日常はまだ続いていた。

 太陽はかんかん照りで、地上は猛暑に見舞われていた。
 
 少しでも涼しい場所を求めて、真昼だというのに動物たちが老木の元へと集まっている。風通しのよい立地でありながら、老木の木陰で涼めるため、最高の避暑地と言えるだろう。

「……あちゅい」

 普段は犬よりも元気に走り回る楓だが、この日ばかりは遊ぶ元気はなく、汗だくでアイスを咥えていた。

 余程アイスが羨ましいのか、グルルと威嚇しているが、どこか迫力がない。楓がアイスを譲る気が無いと悟った犬は、ベロベロに長い舌を出しながら倒れ込んだ。

(お前は白いからまだいいだろ)

 カラス兄はそんなだらしない犬を睨みつけているのだが、彼自身も口を開けっ放しだ。

「カラス兄、アホみたい」

 どこか楽し気な声で、楓はコロコロ笑った。

『うるさい! なんで休日の昼なのにいるんだよ。学校はどうした!』

 思わず荒い口調になったカラス兄に対して、楓は「夏休み!」と晴れ晴れした態度で返した。

(たしか、学校の長い休みの期間だったか)

 カラス兄は楓から半強制的に教えられた知識を思い出して、「自分もだいぶ毒された」とシミジミとした表情を浮かべた。

 ふと楓が思い出したように声を上げる。

「そういえば、老木さんはなんて名前の木なの?」
『楓だよ』
「楓? わたしのこと?」

 予想通りの反応だったのか、老木は愛でるように笑った。

『そうじゃないよ。儂は楓の木なんだ。モミジの方が分かりやすいかな』
「え? それじゃあ、わたしと同じ? それに楓の木とモミジって一緒なの!?」
『そうだよ。おそろいだ』

 余程うれしかったのか、楓は老木の周りをピョンピョンと走り回って、カラス兄は少し不機嫌に『だからなんだよ』と呟いた。

『ちなみに、楓の名前の由来はわかるかい?』

 楓は頭を横に振った。

蛙手かえるで。つまりはカエルの手さ。ほら、葉っぱの形がカエルの手みたいだ』
「……わたしの名前って、カエルの手なんだ」

 楓は自分の手のひらを見つめて「ゲコ」とカエルの鳴き声を真似した。

『かわいらしいじゃないか』
「全然かわいくない!」

 老木の余計な一言で自分の名前が嫌いになった楓だったが、秋になると意見を180度変わった。

「真っ赤っか!」

 夏には青々叱った老木の葉っぱたちは、涼しくなるとキレイに紅葉していた。老木の大きさも相まって、圧巻の光景だった。

 夜になるとよく見えないから、と休日の昼にやってきた楓は、犬のよに飛び回りながら、落ちたモミジをかき集めていた。その様子を見て、老木は不快そうな声でたしなめる。

『やめてくれないかい。集められると恥ずかしい』
「どうして?」
『人間でいえば、フケを集められているようなものだ』

 その言葉を聞いて、楓は手に持ったモミジをじっと見つめた後、元気よく口を開いた。

「こんなキレイなんだから、恥ずかしがることないと思う」

 楓の言葉を受けて、老木は驚いたように枝を揺らした。

『そうか。キレイか。君たちにはそう見えているのか』
「だから、栞を作るの!」

 楓はモミジの山から一枚一枚取り出しては、形や色がいいものを選定している。

『栞か。風情があるね』と老木はほほえましく言い
『よくそんな細かいことやるな』とカラス兄は呆れていた。

「だって楽しいから。時間をかけまくっていいものを作れた時、ヤッターって叫びたくなる」
『はー、変わってるな』

 カラス兄が他人事のように首をすくめた。そんな様子を気にすることなく

「カラス兄にもとびっきりのヤツ作るから」と楓はとびっきりの笑顔を見せた。

『いや、なんで俺に——』とカラス兄が断ろうとしたのだが
『それはいいじゃないか』と老木が遮ってしまう。
「うん、任せて」
『カラスは本は読まないんだが』
「いいじゃん。どうせ巣は殺風景なんでしょ」

 カラス兄は大きなため息をついた。いくら断っても意味がないことを知っていて、諦めているのだ。

 ふとなぜか老木の様子が気になって、目を向ける。

『形で残るものは大事だよ』

 老木はどこか寂しそうに言った。木だから表情なんてものはないが、どこか萎れているように見えた。

『形で残るものは本当に大事だよ』

 もう一度繰り返したのだが、カラス兄も楓も大して気に留めていなかった。

 きっと、この日常は当たり前に続いていくものだと、信じて疑っていなかったから。

 後日、カラス兄は栞を受け取った。目を輝かせたカラス兄は、それを自分の巣に大事に飾ったのだった。



 カラス兄と楓と老木。

 安らかで幸福な日々は永くは続かなかった。

 老木が死んだのは、葉っぱが落ち切った、とても寒い日だった。

 寒空の空気は澄んでおり、遠くの山の輪郭すらハッキリ見えていた。しかし気温は冷え込んでおり、人間たちは揃いも揃ってコートを着込んでいた。

 カラス兄は、心の中で楓の体調の心配をしながら空を飛んでいた。

 昼間だが何となく老木の顔を見たくなり、寄り道することにした。その道中で異様に動物たちが多いことに気づいて、嫌な予感に冷や汗がにじんだ。

 老木に近づくほど動物たちが増えていったことで、予感は確信に変わった。

 頭が真っ白になりながらも、一心不乱に翼を動かし続けた。

 もう少しで老木が見える。そんなタイミングで聞きたくない音が聞こえ始めた。明らかに自然の音ではないそれは、事態の深刻さを物語っていた。

(うそ、だろ)

 人間の作業員が、チェンソーで老木を切り倒そうとしていたのだ。

 全身から血の気が引いた。

 周囲を見渡すと、自分と同じように固まる動物達が目に映った。

『おい、だれか……』

 動物の誰かが弱々しく訴えかけても、動ける動物は一匹もいなかった。それほどに轟音を鳴らすチェンソーが怖かった。みんな老木を慕っていても、命を投げ出せるものはいない。

(そうだ、楓なら)

 同じ人間なら止められるのではないだろうか、とカラス兄は閃いた。

 思いついたままに飛んでいき、楓の家へと向かった。しかし家には楓どころか、姉すらもいなかった。チョメチョメを使って家に訊ねて見ると、家族で遠出したという。流石に行き先までは把握しておらず、遮二無二に探し回った。

(なんで、なんで、こんなときにいないんだよ! いつもは探さなくてもいるのに)

 どれだけの時間、探し回っただろうか。案外その時間は短かったのかもしれない。しかしカラス兄の心臓は、一生分を超える勢いでバクバク早鐘はやがねを鳴らしていた。

 楓の背中を見つけた瞬間、『かえで!!』と怒鳴るように叫んだ。

「なにっ!?!?」

 カラス兄は必死に訴えかけた。

 老木が切り倒されそうになっていること。誰もそれを止められないこと。お前なら止められるんじゃないか、と。

 言い終わると同時に、カラス兄は力尽きて倒れ込んでしまった。

 走り出した楓の背中を見送り、少しだけ羽を休めることにした。

 この時の自分を一生責めることになるとも知らずに。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

処理中です...