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1章 誕生

6話 死闘を越えて

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「アレシャス様、どうされたのですか?」


朝7時になり、ダリアさんが僕を起こしに来てくれたんだけど、既に起きていた僕の顔を見て驚いてしまいます。


「ダリアさん、どうかしたのかな?」
「いえ、何だか雰囲気が昨日と」


僕はあれから徹夜でダンジョンに挑戦していました。目の下にはクマが浮かび上がり、眠くてたまりませんよ。
少しでも寝ようと考えた事もあったよ、だけどモンスターとの死闘を思い出すと目が覚めてしまい、どうしても寝る事が出来なかったんだ。今まで閉じ込められていた僕にとって、ダンジョンは解放される場所で、生きてる事が実感できる唯一の場所なんだと理解した。


「初日だから寝付けなくてさ、ちょっと寝不足なんだ」
「それも気になりますが、何だか昨日と表情が」


ダリアさんは、僕の顔がキリっとしていると小声でつぶやいていました。それが聞こえたのも、僕が今緊張状態にあるからで、死闘を乗り越えてからずっとこんな感じです。


「体調が良くないのでしたら、お休みになられても良いのですよ」
「その内慣れるよ、ありがとうダリアさん。僕朝食を取って来るね」


それのおかげで、ダンジョンの戦いは生き残れた。だけどそれはここでは必要ないと、朝食を食べてホッと一息です。とても美味しいと、昨日と同じくリーナとマースナに伝え、ついでに料理を作っているメイドさんに、美味しかったと伝えてもらう言伝を2人にお願いした。


「じゃあ僕は勉強部屋に行くから、リリシャにしっかりと伝えてよね」
「「は、はい」」


つい返事をしてしまった二人に笑顔で手を振り、僕は部屋を移動します。部屋にはちょっと怒っているダリアさんが待っていて、どうしたんだろうと聞いてみました。
ダリアさんは僕の異変はダンジョンにあると、作りましたねと言ってきます。さすが教育係をしている長のダリアさんだと、笑顔で違うと返事を返しました。


「嘘を言わないでくださいアレシャス様、その顔はどう見ても作ったでしょう」
「そんな事はしてないってダリア先生、どうせ作っても入れないんだよ、意味ないじゃん」


あくまでもしらを切り通す僕。ダリアさんはそうですねと少し冷静になってくれて、再度ダンジョンには入れないと繰り返してきます。
入ったけどねぇっと、ニコニコしている僕を見て、ダリアさんは頬を膨らませて怒ってきます。歳は知らないけど可愛い人だなぁと、僕は余計ニコニコしてしまいました。


「随分余裕ですけど、分かってるのですかアレシャス様」
「分かってるけど、作ったら入りたいと思うのが普通じゃないかな?ダリア先生もそうは思わないの?」


僕の問いにダリアは「思いませんっ!」っと、とても力強い否定の答えを飛ばして来ます。僕は前世でダンジョンゲームが一番好きで、それがこちらでも作れる以上に入って冒険できるとしたら、それは最高じゃん!と思っても仕方ないよね。
意見がどうしてもかみ合わない、そう思ってかダリア先生はため息を付いた後、僕が目指すべき事は違うモノだと念押ししてきます。


「いいですかアレシャス様、あなたは男性貴族です。より優秀な子孫を残すことだけを考えなくてはなりません。ダンジョンはいわばおまけです」
「おまけなのっ!?」


僕の驚きの声にダリアは「はい」っと短く答え、無表情のまま僕が男性としてどうあるべきかを語ってきます。


「ダリア先生、僕はダンジョンの勉強をしたいんですけど」
「男性は優雅に女性を扱うのです」


僕の声には反応せず、しばらくダリアさんは理想の男性の話が続き戻って来なかった。寝不足で眠くもなって来たので、授業に戻って欲しいと願ったけど、ウトウトし始めてきます。


「おっと、脱線してしまいましたね、アレシャス様はまだこちらに来たばかりですから、教育が進めばそのうち分かりますよ。それでは昨日の続き、ダンジョンの階層製作からご説明いたします」


僕のつまらなそうな顔を見て悟ってくれたのか、やっと本題の授業に入るようです。そうは言っても最初は僕も知ってる事が続き、前世でやったダンジョンゲームの混合と言った感じで、すり合わせの時間が続きました。
通路を造り分岐をなるべく多くするとか、分岐の先は直ぐに部屋を作らず、通路を挟んでから部屋を設置していくと良いとかでした。そして階層を下に広げるにはポイントが必要で、それは下に行けば行っただけ増額されるそうです。


「1階増やす毎に500Pじゃなくて、倍額なんだね」
「そうですよアレシャス様、そして先ほどおまけと言ってしまいましたが、それはあくまでも標準を取っての事です。それ以下の成績ですと優秀から離れてしまい、女性から結婚相手として見てもらえませんので気をつけてください」
「う、うんわかったよダリア」


8歳の子供に優秀な子孫を残せと力説するダリアさん。それが凄く大切なのは分かるけど、僕にはまだ早いと感じてツッコミたいです。しかもまた話は脱線し、夜の結婚活動がどう大切か語り出しました。
どういう教育なのさって思う僕は、ダリアさんの暴走を止めずにウトウトしています。丁度良い子守歌に聞こえて来て心地よかったんだ。


「また脱線しましたが、標準値のダンジョンを作っていればそこは問題ないでしょう」
「ふぁ~い」


あくびと一緒に返事をして目を覚ました僕は、今一番知りたい題材に目を覚まします。ダリア先生がモンスターの設置の話に入り、まずはゴブリンを使う事を勧めて来た。
どうしてゴブリンなのか、それはスライムに妥協した僕が一番良く知っています。要は一番効率が良いからで、ポイントの黒字以外にも、装備や経験値と良い事だらけなんです。


「ゴブリンはボロボロの腰布を巻き、身長1mくらいのモンスターでとても醜い容姿です。ノーマルクラスは棍棒を持っていますが、他にもゴブリンシーフやゴブリンマジシャンと職業を備えたハードクラスが存在し、そいつらはかなり容易に召喚されます」
「ダリア先生、僕が戦うなら1つ星のスライムやラットが良いんだけど、それじゃダメなの?」
「それはアレシャス様が1レベルの子供だからです。こちらをご覧ください」


机の教科書をダリアさんがめくりあるページで止まります。そこには星で区分されたモンスターの名前が記されていて、ハードクラスの更に上のキングクラスが書かれていました。そしてその上にもまだ存在しているとダリアが言っていますが、教科書にはハテナが書かれていて分かりません。
昨日のダンジョン製作でも見る事の出来ないモンスターは存在していて、クラスだけが分かったんだ。そいつらは条件を満たさないと設置できず、召喚も困難なのが分かったね。


「キングクラスはとても強く、ノーマルクラスの100倍とお考え下さい」
「それは凄いね、ポイントもそれなりに貰えるの?」
「そこも100倍くらいですね」


ダリアに返事をして、僕はその数で何となく理解している事がある。それはここで勉強できる範囲の情報はほんの一握りだと言う事です。モンスターにはまだまだ先がある、だから僕は必要以上に昨晩頑張ったんだよ。


「このように、ゴブリンは設置すると上のクラスが生まれやすいのです。更にその上も誕生する可能性があるので、ポイント取得にはゴブリンが最適とされ、スライムはせいぜいハードクラス止まり、おわかりですか?」


僕はダリアさんの言葉に頷いたよ。つまり、ポイントを使って戻ってくる率が高いのがゴブリンなんだ。モンスターを低価格で作ってこそダンジョンヒューマンとしての実力を認められるという事です。
でも、スライムにだって先はある、教科書に載っていることが全てじゃないと、心の中だけでツッコミを入れます。夜の楽しみは僕だけの問題だし、ここで言い争っても無意味ですからね。


「たいへんよろしいですねアレシャス様、では次です」


こうしてダリアの授業は進んでいき、この屋敷での教育は男性貴族としての思想を教える場所なんだと強く思わされたんだ。
事ある毎にダリアは男性貴族はここが魅力とか、女性貴族との夜の話を入れてきます。正直そこはいらないと僕は思って聞いていたけど、語って来るダリアは真剣で、8歳の僕に女性に恥をかかせるなと熱弁する姿は、ほんとに必要なんだと思わされた。
だから、熱く語っているダリアさんには逆らわず、しっかりと対応しようと心に刻んだよ。


「ですのでアレシャス様は肉体も鍛えねばなりません、分かりましたね」
「う、うん」


それでも8歳の僕は抵抗があり、そこら辺の話にはいい加減な返事をします。ダリアさんも分かっているのか、顔を逸らして咳払いをしてごまかしてきた。でもここに来てまだ1日ですから、きっとそのうち言われるでしょう。
その前に、僕の身体の準備が先かもしれない、そう思って夜の見学を思い返してザワザワします。あれは生殺しと言う大変なモノだと、僕はほんとに困っていますよ。


「とは言っても、参加するわけにもいかないし」
「メイド長、ちょっといいですか」


メイドさんの名前を聞けるタイミングが夜の見学なので、知らん顔も出来ないと、ほんとに悩まされる案件に唸っていると、まだ名前を知らないメイドさんが部屋に訪れます。そのメイドさんはダリアさんに耳打ちして指示を待ちますが、僕はその時名前と困っている内容を聞きました。
今日の昼と夜の食事に肉料理を出したいそうで、近くの森に狩りに出かけたいらしいよ。ダリアさんが許可を出したのでメイドさんは退出しますけど、僕は名前を聞けたとウキウキですね。


「嬉しそうですねアレシャス様」
「だって、今日は新鮮な肉料理なんでしょ、楽しみだよ」


食いしん坊キャラを装い、僕は先ほどのメイドさんの名前と顔をしっかりと覚えたんだ。彼女はリリシャと言って、いつも僕に料理を作ってくれていたメイドさんだったんだよ。
いつもありがとうっと、ダリアさんにも聞こえない声で言葉を飛ばし、絶対直に言えるように頑張ると心に決めたんだ。それから数名が勉強中に出入りして来て、ダリアさんの指示を聞いていました。おかげで数名の顔と名前が分かったけど、ここの人材不足が明らかになったよ。


「でも、ダリアさんは気づいたからかガードが堅いんだよね。他の人は直ぐに名前を言ってくれるから分かるのに、他に何かないとダリアさんは味方に出来ないかも」


昼食の時間になるまで、僕はそっちを考えていて勉強どころではなかったです。そして僕は今、広いテーブルに一人食事をしていて、いつもの二人が立っています。何も話しませんがこの二人が今一番親しくて、僕の話に少しだけ笑顔になったりと反応が見られるようになったんだ。
最初の圧迫感はなくなり、早く他のメイドさんとも仲良くなりたいと、美味しいウサギの肉を口に入れます。


「ほんとに美味しいねこのお肉、近くの森は豊かなんだね」


そうなんですっと、言いたいふたりの顔が同じ様に困った顔に変わり、僕はごめんねと返して食事を進めます。ふたりは否定するわけにもいかず、ただその場に立ち僕の独り言は続き、ふたりが食いつきそうな話題を探したんだ。
そしてふたりの反応が良かったのはお菓子でした。どうやって手に入れようかと、新たな課題が出て来て剣術の稽古に向かいます。
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