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2章 1年1学期前半

49話 バトルスタート

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「さてさてみなさ~ん、お待たせしましたあぁぁーー!これよりダンジョンバトルを開始いたしまーす」


遂にこの時が来てしまいました。
大講堂の注目される舞台に立っている僕は、嫌な顔をして手を振っています。
すでにダンジョンの門を出していて、突入する人たちが鼻息を荒くしてるんです。


「はぁ~嫌だなぁ~」


別に、ここに立つことを嫌がっているわけではなく、ある事が気になっているからなんです。
それは手を振っている騎士と魔法士たちの数が合わない事にあります。


「きっと、僕のダンジョンに入るPTは特別で、何かして来るんだろうね」


お披露目できないメンバーが用意されている、それだけでため息まで出てしまう僕です。
バルサハル先生に視線を移すと、ニヤニヤしているし、嫌になるわけです。


「まあ、それも始まってしまうんだよね」


気持ちを切り替え、努力してここに立っているサイラスたちに視線を移します。
彼らは実力を上げ、ここに選抜されて立っている立派な子たちで、僕はそれだけで誇らしいよ。


「それでは~ジャダル家長男、ジャケン君のダンジョンから始めたいと思いま~す」


サイラスたちにがんばれっと笑顔で念を飛ばしていると、いよいよ始まる様でジャケン君が紹介され、観客席に手を振って魔法陣の刻まれた椅子に座りました。
ジャケン君が座ると魔法陣が発動し、会場の至る所に30インチ程度の画面が出現し、会場が沸き上がったんだ。


「僕たちのいる舞台の大画面もそうだけど、あれだけの個室全部とか、どんな仕様なのかな?」


僕もそっちで見たかったと、またまたため息を漏らしました。
挑戦するPTはサイラスたちで、門を通りダンジョンに入って剣を構えます。
そこでまた会場が湧きたので、まだ早いでしょっと僕は心の中でつっこみを入れたよ。


「騎士科1年のサイラス君、華麗な剣捌きで向かってくるゴブリンをなぎ払っています。ああっと!そこにゴブリンアーチャーが弓を構え狙っている、もう一人の騎士科モンドル君は、他のゴブリン2体の相手で手が放せないようだ、これは早くも致命傷を受けてしまうのかぁー!」


司会の人が魔道具のマイクを持って戦況を話している通り、通路の分岐でゴブリン4体をサイラスたちが相手にしていて、絶対絶命と解説をしてくれます。
会場はピンチとばかりに、目を瞑って手で顔を覆っている女子生徒や、一人脱落かなと諦めている男子生徒がいたりと、かなりの盛り上がりです。


「みんなの緊張はない様で良かった。緊張してるのはこっちだね」


違う場所に視線を向け、出番を待っているケリーさんと突入PTを見ました。
ケリーさんはちょっと青くなってる感じで手が震えていた。
対して自分たちの出番を待つPTメンバーは、腕を組んで余裕の表情です。


「随分余裕だね」
「ああっとぉー!!これは見事でーす!」


司会の人の声が響いて視線を画面に戻すと、弓を構えていたゴブリンアーチャーに氷の槍が突き刺ってたんだ。
司会の人が解説してくれるけど、魔法科1年のシェネルさんが氷の魔法を放ってサイラスのピンチを救ったんだよ。


「うんうん、流石だね」


サイラスたちは、僕のダンジョンで戦いかなり息が合ってきています。
前は声を出して指示をしていたけど、だんだんとお互いを理解してきて、余程の戦いでなければほとんど無言で戦っているんだ。


「さぁしばらく一本道が続き、ゴブリンを1匹ずつ倒しているPTですが、ここでまた分岐だぁ!そこにいるのは・・・ゴブリンライダーで~す!」


ウルフに乗ったゴブリンが分岐に1体ウロウロしていて、素早い動きが特徴だと司会が説明してくれます。
ゴブリンとウルフを同時に相手にするから、かなり手強いと会場は緊張し始めた。


「あらら、これはフラグだね」


今のサイラスたちなら、あの倍の数でも相手に出来る、それだけ強くなったんですよ。


「でもおかしいな?ジャケン君のダンジョンって、もっと大きめのゴブリンが出現するダンジョンだったけど、バトルの為に改善したのかな?」


まだ部屋には入っていないので、弱めのモンスターが出るのは分かります。
でも、奥に進んだ分岐で出現したのはゴブリンウルフで、あれは前に騒がれたゴブリンソルジャーよりも上の存在だから不思議に思った。


「あまり変わっていないダンジョンなのに、どうしてかな?」


絶対におかしいと思いながらも、勝ち負けにこだわっていない僕はサイラスたち応援しました。
魔法士のブイロネがサンダーを放ちウルフの動きを止め、同じく魔法士のロッチェーネが、氷魔法で動きを止めたウルフの足を凍らせ動けなくします。


「ゴブリンはウルフを捨てたようです、ジャンプして離れたぞー」


ジャンプ中のゴブリンを狙ったのはシェネルで、得意な炎魔法がさく裂した。
動けないウルフは騎士2人が一撃を入れて倒して終了し、司会の人がかなり賞賛していますよ。


「他のPTたちも、うんうん言ってる・・・あれですごいとか、ちょっと残念です。サイラスたちはまだ実力の半分くらいなのにさ」


武技を使ってないのに気付かないのかと言いたいけど、僕は口を抑えて応援しています。
サイラスたちは通路に出現するようになった、上位種のゴブリンウォーリアーを相手に、危なげなく倒してダンジョンを進み、部屋ではゴブリンウルフの複数戦闘をやり遂げた。


「さぁ最後の部屋に差し掛かりますが、ここは慎重に行ってほしいところです。何故なら、この部屋は中部屋だからでーす!」


司会の人が中部屋を強調して来て、会場もざわつきます。
ポイントを多く使う分モンスターも強いのが出現するから期待してるけど、今よりも強いとなると異常な事なんだ。


「これは、なにか細工でもされたのかな?」


そんな疑問が生まれそれが現実になります。
扉を開けた先には絶対出現しないキングクラスがいたんだ。
会場はざわつきから悲鳴に変わり、あれには勝てないと残念がっています。


「なんと、なんと!?これは大当たりを引いたか、ゴブリンキングの出現だぁー!」


司会の人は幸運だとかなり興奮していますが、それで済ませるのは無理があると、僕は全力でツッコミたいです。


「キングはあの作り方じゃ生ませない、どうやったのか知らないけど、そんなに勝たせたいんだね」


観客からはキングの容姿を見て悲鳴しか聞こえず、待機中のPTは早くも自分たちの出番が近づいて来て準備を始めた。
普通ならアレには勝てないって事でしょうけど、僕にはそうは見えないし、バルサハル先生を睨んで怒りをぶつけたよ。


「あのダメ教師、サイラスたちまで巻き込むつもりだな」


僕のダンジョンに入って、サイラスたちは強くなった。
だけど、強くなり過ぎてダンジョン科よりも注目され始めたのが気に入らないんだろうね。


「ここで惨敗させて、やはりすごいのはダンジョン科だと、あの教師は見せようとしているんだ」


ほんとに先生として見れない奴だと、僕はサイラスたちを応援した。
みんななら、作戦さえ間違わなければ勝てるんだよ。


「勝負は一度、何度も挑戦出来るのなら、作戦を変えて確実に倒せた。でも今回は一度きり・・・みんながんばれ」


ダンジョンを出しているジャケン君まで諦めていて、今回ポイントにならないけど、次の授業で倒してポイントを期待してる。


「あの顔は、自分の実力と思っているね。どうやらグルじゃないみたいだ」


腐ってるのは教師側なのかと、ジャケン君たちの誇りを揺さぶる考えが浮かんだね。
まぁやる必要もないと画面を見ます。


「10万分の1!10万回ダンジョンに入って1度出るかどうかですよ皆さんっ!!さぁー応援しましょう、頑張れー!!」


司会の人がゴブリンキングの強さを説明し、会場を盛り上げようとしますが、既に会場はお通夜状態で誰も反応しません。
画面も見ないで、休憩タイムを取りお茶を飲んだりしているんだ。


「パワーだけならオーガに匹敵する。司会の人はそんな解説をしてるけど、それは言い過ぎだし力だけじゃ意味がないんだよね」


オーガの強さは10万で、ゴブリンキングは5万がせいぜいで、速度は鈍く頭が悪いんだ。


「それをふまえた作戦を立てれば、サイラスたちなら勝てるんだ。みんな頑張れーー!」


僕たちの声は、ダンジョンの中にいるサイラスたちには聞こえませんけど、僕は大声で応援したかった。
これに勝てば、サイラスたちの自信になるし、あそこでニヤついてるアイツの計画が崩れるんだ。
その気持ちが伝わったのかサイラスたちが動き、僕はなるほどそう来たかと思いました。


「さぁまず仕掛けたのはモンドル君だぁ、そしてその間にサイラス君は・・・な、なんと!?盾を捨て鎧を外している。そして~片手剣だけを持って突っ込んだあぁーー!!こ、これは自殺行為だぞーー!」


サイラスの行動が解説され、諦めていた観客も画面に視線が集まります。
下に着ていたアンダーシャツとパンツだけになったサイラスは剣を振ってモンドルと交代した。


「観客から悲鳴が出始めてるけど、よく見てよ」


僕はサイラスの考えに賛成で、下がったモンドルも装備を外し始めたんだ。
そして二人は防具の無い状態で戦い始めた。


「装備を着けていても、相手の強さが高いから一撃でも食らえばお終い。サイラスたちの覚悟の作戦だね」


今のサイラスたちはレベル7で、数値のほとんどが700前後です。
一撃それならばと身軽さを上げ戦っているんです。


「相手の動きが遅いからあれなら攻撃は受けずに済む。それが分かってるのは僕だけみたいだ、他のPTも司会の人も早く帰ってこいって顔して応援してる。ジャケン君なんてもう画面すら見てないよ」


会場の誰もが勝てないと思って画面から目を外し始めた。
僕もそれだけならば勝てないと思ったけど、サイラスたちは2人PTじゃないし、そもそものPT構成では後衛重視PTなんだ。


「司会の人までよく頑張ったとか纏めようとしてるよ」


でもね、次のPTの紹介を始めようと会場が動いた時、凄い音と共にそれは起きたんだ。
画面が光に包まれ、何が起きたのかと注目するけど何も見えない。


「な、何が起きたのでしょうか?」


司会の人は分からず、どうしようって顔でワタワタし始めるけど、僕だけは見ていました。
詠唱が終わったシェネルがサイラスたちを呼ぶと、二人が後退しながら煙幕玉をゴブリンキングに投げて視界を奪ったんだ。


「そして、氷の魔法が得意なロッチェーネの魔法が発動した。アイシクルダストでゴブリンキングの周りは吹雪の様になり凍り始めたけど、それだけじゃないよ」


煙幕と重なり氷の密度はとても上がり、そこにシェネルの最大の魔法が放たれる。
中級魔法フレアは、氷を蒸発させ粉塵と共に大爆発を引き起こしたというわけです。


「サイラスたちの安否を気にしてる司会の人だけど、心配しなくても土魔法の得意なブイロネが守ったよ」


ブイロネがドーム状に作った土のテントで二人を包んで守っていた。
仲間を守る余裕があったと称賛したいです。
煙が晴れると、サイラスたちが拳を掲げていて勝利を勝ち取っていたんだ。


「こ、こここ、これはすごい!?どうなったかは分かりませんが、ゴブリンキングを倒し、PTは全員無事だー!」


かなり動揺して司会の人がそう説明し、しばらく静まりかえっていた大講堂が一気にわき上がりました。
そして興奮冷めやらぬうちに、サイラスたちが帰ってきてみんなから拍手をもらったんだ。


「これで彼らを罵倒できるならして見なよバルサハル先生」


先生たちの集まる席を睨んで小さく呟いたんだ。
バルサハル先生は、凄く悔しそうな顔をしてるから、これで計画は破綻だね。


「すごかったですよサイラス君。最後は装備を外し、決死の覚悟でゴブリンキングに向かっていきましたね、あれはまさに覚悟を決めた騎士の戦いでした」


司会の人がみんなのインタビューを始め、自分たちは諦めていたのにすごい切り替えの早さを決めています。
僕は笑いそうになってしまったけど、みんなが褒められるのはとても嬉しくて拍手する手が止まらないよ。


「でもね、サイラスたちはもっとすごいんだよ。もしあれで決められなかった時は、サイラスたちが武技を使い命を賭けていたんだ」


そして、それでも倒せなかった時、再度の詠唱の時間を稼いでいた。
先の先を考えた戦いをしてて、とてもすごいと感動したんですよ。


「俺たちは騎士として、後衛を守る為の行動を取っただけさ、あれが一番キングの注意を引けたんだ。おかげで詠唱の時間を稼げたな」


サイラスはそんな先の事までは言わず、自分たちの切り札を残して勝った感じを見せないでいます。
あれだけ僕に突っかかって来ていたあの時の子たちはもういない、立派な騎士と魔法士がそこにいました。



「これほどに息のあったPTが未だかつていたでしょうか。私は感動してしまいますよ、皆さんもう一度盛大な拍手をお送り下さい」


司会の人は締めくくってサイラス君たちは賞賛された。
会場からの拍手はすごくて響いていたけど、バルサハル先生たちダンジョン科の先生は良い顔をしていなかった。
次のケリーさんのダンジョンにPTが入った時、僕は普通科の先生たちの顔を見て、味方に付ける対象がいたと目をキラリと輝かせたんだよ。
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