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3章 1年1学期後半

57話 鬼畜ダンジョン

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「ねぇラーツ、ほんとにこんなに固まってて良いの?」


僕はモルット族のラーツと言って、今すごくドキドキのワクワクな気持ちを持って、あの話題のダンジョン貴族の作ったダンジョンに挑戦しています。
僕に震えながら質問してきているのは、前衛を僕と担当している同じモルット族の女の子ツィーネです。


「良いも悪いもないよツィーネ」


彼女は、大きな斧を両手に持ち辺りをソワソワしながら見回し、どんなに怖いモンスターが出るのかとヒヤヒヤしているんです。
それは他のPTメンバーや他のPTにも伝染していて、みんなとても怖がってるよ。


「ツィーネだって噂を聞いてるでしょ」
「だから怖いんじゃない、どうしたら学生のダンジョンでそこまで言われるのよ」
「だからこそだよツィーネ。モンスターは何が出て来るのか知らないけど、このダンジョンはとても鬼畜で、固まってないと僕たちなんかすぐにやられちゃうよ」


噂になったダンジョンバトルの話をすると、全員がブルッと体を振るわせました。
噂のそのバトルは、外に出稼ぎに出ていて見てませんけど、学園に帰って来た時の噂は凄かったんだ。


「チクチクダメージを食らったり、すごく嫌らしい攻撃をしてくるモンスターばかりなんだよ、絶対まとまってた方が良いんだよ」
「でもでも、さっきの騎士たちはすぐに奥に行っちゃったですよラーツ。協力を頼んだ方が良かったんじゃないかです?」


今度の質問は、魔法の杖を両手で持って震えている、モルット族の女の子でネサートです。
そして、もう一人の仲間の魔法士は男の子なんだけど、僕の腰にしがみついて頷いてるネザートは、ネサートの双子の弟です。


「ダメだよネサート、そんなことして、もしお金を要求されたらどうするのさ」
「そ、それはそうかもですけど」
「それにドロップ品の配分だってそうだよ。予め約束してる僕たちだけで分けた方が良いに決まってるでしょ・・・それとネザート、そろそろ放してくれるかな」


腰にしがみついているネザートに言うと、今度は姉のネサートにしがみつき始めました。
これから戦いが始まるのに平気かなって思うけど、そんなことを僕たちは言ってられないんです、僕たちにはもう後がありません。


「2年生の学期末試験は、このままじゃみんな落ちちゃう、だから僕たちはここにいるのは分かってるでしょ?」
「うぅ~分かったです」


僕たち他種族にダンジョンを貸してくれる貴族はいませんし、今までだって病気で休みの騎士たちの代わりとか、不測の事態を使って何とかやってきました。
でも試験が近づくとそれも無くなり、みんな必死に訓練を始め、僕たちにチャンスはありません。


「でも少しくらいは調べたんでしょ?どうなのよラーツ」
「ツィーネ心配ないよ、1階層はスライムって話だからさ」


そういったら嬉しそうな顔をした後、困った顔をし始めたよ。
みんなも同じ感じなのは無理もありません。


「みんなの気持ちは分かるよ、スライムは魔石しか旨みがないからね」


その魔石もあまり高く売れないのは、ここにいる誰もが分かっていて、僕の言葉に暗くなります。
全然お金にならないと、誰もが顔に出してしまって、空気がとても悪くなってしまったよ。


「しかも、経験値まで期待出来ない。僕たちが欲しいものはほとんど手に入らないかも知れないんだ」
「ど、どうするのよラーツ!それじゃ生活が出来ないじゃないよ!!」
「まあまあ、話は最後まで聞いてよツィーネ。実は、そのスライムの中には特別な奴もいるんだ、リビングスライムとかね」


情報では、鎧を纏ったスライムがいる事が分かっていて、そいつを倒すと装備がドロップするかもと、みんなに教えます。


「それを売れば、出稼ぎ1日分くらいは得られるんだよ」


暗い顔のみんなにその話をすると、かなり顔がゆるんでいきます。
僕もその情報を聞いた時、もしかしたら行けるかもっと、暗い道に光が差したと思ったんです。


「だからねみんな、なるべくそういったスライムを倒すんだ。他の奴は相手にしないで先に進もう、いいねみんな」


みんなが頷いたのを確認して、僕たちは分岐に差し掛かりました。
分岐にはモンスターがいるはずなので、そいつが目的の奴でなかったら反対の道を行きます。


「この匂い、両方にいるわよラーツ」
「仕方ないねツィーネ、僕たちとタットは右を担当。左はザードが指揮して」
「任せろラーツ」


右2PT・左3PTで分かれた僕たちは、武器を構えたけど、相手は普通のスライムで、1名の一振りで余裕の勝利を収めたんだ。


「な、なんだか拍子抜けね、これなら逃げなくても良いんじゃないかしら?」
「ツィーネ油断はダメだよ。鬼畜って事は、そう思わせてからすごいのが来るかもだ、注意して行くよ」


僕の性格上油断は出来ません。
この性格のおかげで学園の試験にだって受かった位で、僕は自信を持っています。


「予定とは違うけど、順調ね」
「そうだねツィーネ」


それからも分岐に出現するスライムと戦いました。
弱いから分岐の両側ともに倒す事が出来て、魔石だけでも今日の昼食代になりそうで嬉しかった。


「いよいよかしらねラーツ」
「そうだねツィーネ、ここからだよ」


小部屋に差し掛かり、さすがに緊張して扉を少し開け中を覗きます。
中にいたモンスターを見て、覗いた僕とツィーネはニヤリとしたよ。


「真ん中でウネウネしてるわ」
「ネサートとネザートは氷魔法でなるべく核を狙って、僕とツィーネは突撃する。他のみんなは僕たちが討ち漏らしたら攻撃をお願い」
「任せろ、必ず倒すぞ」



先陣は僕たちが引き受け、討ち漏らさなければ、ドロップ品は僕たちの物になる。
運が良いのかもっとニヤニヤが止まらない。


「でも油断はいけない、深呼吸して落ち着け僕」


僕とツィーネが突撃すると、ネサートとネザートの氷魔法が頭の上を通り、僕たちはその後に攻撃する為に走ります。
だけど、リビングスライムに魔法が命中すると、なんとリビングスライムが消滅しちゃったんです。


「ちょっと、一撃なの?どういう事かしら?」
「氷が弱点だったのは知ってたけど・・・もしかして、鎧に入る前だったからとか?」


僕達は疑問に思いながらも、ドロップした盾をバックパックにしまいました。
拾った盾は普通の鉄なので、売ったら角銅貨5枚になります。


「これはほんとに幸先が良いね、ニヤニヤが止まらないよ」
「それにこのバックパックも凄いわ」


お金の計算をして、またまたニヤニヤしている僕に、ツィーネが背中のバックパックをポンポン叩いて言ってきた。
全員分のバックパックを用意してくれるのも嬉しいけど、袋と違って動きの邪魔にならないんだ。


「小さいから戦いの邪魔にならないし、何より動きやすい。冒険者や卒業した騎士たちが使ってるはずだよ」


バックパックは、学園を無事卒業すると一人1つずつ配られますが、それは普通あり得ないんです。
なぜならバックパックは、金貨10枚もする高級品で、それを騎士たちに配れるほどこの国は力があるんです。


「だから給金も良い、僕たちが頑張れば故郷にも貢献できるんだ」


例え帰れなくても、僕たちは故郷の為に頑張るんです。


「でもさラーツ、このポーションは使えないわよねぇ」


ツィーネがバックパックの中から取り出して言ってきたけど、それは当然です。
他のPTも頷いていますが、ポーションなんて高い物をダンジョンの探索で使いたくない。

「でも、あの人は使っていいって」
「おバカね、あんなの建前よネザート」
「考え過ぎだよ姉さん」


アレシャス殿は使って良いとは言ってましたけど、代金は取られるでしょうから、銀貨1枚なんて大金払えないと数名の声が揃ったんだ。


「モンスターが弱いから、使わなくても済むかもしれないけど、使うくらいのモンスターが出たら、ボク怖いよ」
「まぁそうねネザート、気を付けて進みましょ」
「う、うん姉さん」


話を終わらせて、僕達はまたダンジョンを進みます。
そして、少しだけ疑問に思いながら僕は進んでいて、どうしてなんだろうと他のPTの戦いを見ていました。


「また分岐の両側にモンスターはいる、小部屋は何個もあるし、難易度が凄く高いよ」


どう考えても、1年生の作れる難易度じゃないんです。
僕たちが1年の頃のダンジョンは、もっと道だけとか分岐も少なくて部屋はないし道も広くなかった。どうしてこんなに違うのかと不思議でした。


「あのあの、なんだかおかしくないですか?」
「ネサート、なにがおかしいのよ?」


ドロップした鉄の剣を拾いバックパックに入れてたらツィーネが質問に返してました。
その返しは、僕たちも気になっている事で、視線をネサートに向けます。


「あのあの、このダンジョンを作ってる人の評価って、すごく悪かったはずですよね」
「そうね、鬼畜って言われてたわね」
「それなのにですよ、あたしたち普通に進んでるじゃないですか。それに部屋も多いし、これなら評価は良いはずじゃないですか?」


僕もネサートに同意出来る内容で、確かにすごく良くできたダンジョンだと感じていました。
もしかしたら、モンスターが弱いのが原因かもしれないっと、気になるのはそれ位で、それを差し引いてもこのダンジョンは優秀です。


「まぁいいんじゃない?そのおかげで私たちが入れてるんだもの、ねぇラーツ」
「まぁ確かにね。この分なら、午後は別かれても良いって思うほどモンスターも弱いし、ネサートの不安もわかるけど、ここはダンジョンに入れて収入になった事を素直に喜ぼうよ」
「あのあの・・・そうですね」


不安そうなネサートも頷いてくれて、僕たちは前に進んだんですが、ネサートのその不安は的中するんです。
どんなに進んでも、2階に続く階段に到着しなくて、それどころかモンスターはどんどん増えて強くなっていったんですよ。


「ね、ねぇラーツ・・・なんだかモンスターが増えてない?」
「そうだねツィーネ、これはまずいかもしれないよ」


最初にそれに気づいたのはツィーネでした。
他のPTが戦っている時、僕にこっそりと聞いてきて、引き返した方が良いかもと言って来た。


「でもねツィーネ、ドロップ品はかなり手に入ってるでしょ」
「勿体ないと思ってるのね」
「うん、強くなってるとは言ってもさ、僕たちが全員で戦うほどまではいってない。それは直ぐに訪れるだろうけど、そからでも遅くないと思うんだ」


最初は、分岐の両方に1体ずつだったスライムが2体になり、僕はおかしいと思ったんです。
そして、小部屋のリビングスライムが2体になり、今分岐で戦っているのは部屋にいたのと同じリビングスライムで、どう考えても強くなっています。


「となると、次の部屋って注意した方がいいんじゃないかしら?」
「そうだねツィーネ、次戦うPTのポイトに言ってくるよ」


僕達の前に戦う予定のPTリーダーで、イヌ獣人のポイトに僕は気をつけるように伝えました。


「やっぱりだったワンね」
「気づいてたんだねポイト」
「それはそうワンよラーツ、オラたちは鼻が利くワン」


次の部屋に差し掛かりポイトが中をのぞくと、中は小部屋ではなく中部屋だったと報告してくれました。
中部屋があるのも驚きだけど、中には5mはある大きなスライムがポヨプヨしていたそうですよ。


「5mって、ラージスライムよりも全然大きいじゃない」
「そうだワン、ラージスライムよりも強いのは想像できるワン」
「も、もしかして」


みんなの視線が僕に集まり、知らないスライムのランクを僕なりに予想しました。
キングクラスである可能性を話すと、みんながかなり緊張したね。


「弱いと思っていたモンスターが強くなった、ここはみんなで戦うのが良いと思う」
「そ、そうね、それが良いかも」
「僕たちはまだレベルは上がらない、だけど集まりみんなで戦うって言う武器がある。みんな頑張ろう」


全員で戦う事を覚悟したみんなからの返事を聞き、僕たちは部屋に突入します。
前衛メンバーで動きの速いネコ獣人のタットたちとイヌ獣人のポイトたちが回り込み、注意を逸らしたんだ。


「今だよザード!」
「任せろ【アイシクルアロー】」


今の僕たちでは、普通に攻撃してもキングクラスは倒せない、だから弱点の魔法を浴びせたんだ。
そのおかげで苦戦しないで、誰もダメージを受けずに倒すことが出来ました。


「ドロップ品は魔石小か、角銅貨5枚にはなるなロロフィ」
「みんなで山分けだもの、それほどでもないわよザード。やっぱり装備が出なくちゃね」


エルフの双剣使いで、ザードの相方をしてるロロフィが本音をポロリと漏らします。
ここに来る前の僕たちなら、きっと今の言葉でギスギスしてしまったかもしれません。
今の僕たちには余裕があり、ロロフィも嫌味ではなく、場を和ませる為に呟いたんだ。


「でも、もしあの分岐で気づいてなくて、ポイトのPTだけで戦っていたら、きっとポイトのPTは脱落してた。その後、僕たちはだけでアイツを倒せただろうか」


皆が喜ぶ中、僕は頭の中でそう思っていたんだ。
口にもでていた様で、隣にいたツィーネが頷いていました。


「動きが早い2つのPTがいたからよね」
「うん、左右に攻撃が分散したからなんとか躱せたし、僕たちに攻撃が少なくて済んだんだ」


それだけ余裕の無かった戦いで、ネコ獣人のタットたちだけじゃ無理だった。
素早さ重視のPTが先頭で注意を引いてくれたからこその勝利で、僕はゾッとしました。


「魔法が決め手にならなくてもダメだった」
「そうね、あなたの作戦があってこそよ」


スライムには、打撃じゃダメージにならない。だから大打撃を与えられる、小人族PTのミドルたちと僕たちは防御に回ってる。
でもそれは逆の場合を考えての事で、どんな状況になっても良いように人選したんだ。

「この5つのPTで事前に集まって、しっかりと役割分担を話し合っていたから出来たことだよ。僕のおかげじゃない」
「いいえ、ラーツの慎重さが役に立ったのよ、さすがリーダーね」


ツィーネに痛い程背中を叩かれたけど、僕も悪い気はしなかったよ。
やっぱり僕の考えは正しかったと言われた気がしたんだ。
時間はかかるけど、だんだん強く多くなるモンスターを倒して進んで行きました。
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