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5章 2年1学期

129話 貴族の嫌がらせ

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「ぐぬぬ~もう少し、もう少しなんだよねぇ」


あたしは、小さな滝をじっと見てうなっています。
驚異のレベルアップ酔いから1ヶ月、既に新年度が始まってしばらく経ってるけど、まだまだ精神修行がすすんでないのよ。


「またやっていますのバーバラ」


あたしがうなっていると、訓練を終えた同僚たちが休憩室に入ってきて、ローナがため息混じりに言ってきます。


「お疲れローナ、シャーリーもプーリマもお疲れ、ディファナは先に来て新しくなったシャワー室に行ったよ」


模型から目を放さないで教えると、シャーリーが「ずりぃー!」って叫んで奥の部屋に行きました。
それを追いかけてプーリマも「わわ、私も~」って走っていきましたよ。


「まったくあの二人は、たかだかシャワーで慌ただしいですわね。それでバーバラ、見えるようになりましたの?」


ローナの質問には、あたしは唸りながら頭を左右に振ったんだよ。
それを見てローナががっかりというか、なんだか呆れていたね。


「何だよローナ、そんな顔しなくても良いじゃん」
「ほらご覧なさい!やっぱり無理なのですわよ、そうそうに諦めてわたくしたちと訓練をしなさいバーバラ」


ローナたちは、レベルが上がった事で早々に諦めてしまったんです。
それでもあたしは諦めたくなかった、エメローネ様に言われた時間だけ滝を見てるみんなに負けたくないんだよ。
あたしは、見える様になってノヴァ様に認めてもらいたいんだよ。


「もう少しなんだよローナ、ちょっとゆっくりに見えてきたんだ」
「ほんとですの?」
「いや・・・そんな気がするだけ、あのときの感覚に似てる気がする」


そう言って滝を見ているけど、一向に止まらない。
あの時は、もっと時間がゆっくりに感じてて、それに近い感じはしてるけど、ちょっと違う気がします。


「なんですのそれ、やっぱりだめじゃありませんの」


ローナは、武技が重要だから剣術の訓練に力を注いでる。
今まで通りで、あたしは違う気がしたんだ。


「精神修行は大切なんだよローナ」
「ノヴァ様のマネをしてても変わりませんわよ、遊んでいるだけじゃなくて?」
「おやおや~また遊んでいるんですかな十騎士様方」


あたしたちがそんなやりとりをしていると、いやな奴が入ってきたよ。
あたしたちが十騎士になる前の元十騎士だった奴で、名前はレンスロット・サーザン。
純血派で、エメローネ様に試合で負けて抜けたんだけど、それをかなり根に持ってるんだ。


「休憩中にあたしがなにをしようと勝手です。レンスロット殿こそ、ここに何のようですか?」


この休憩室は十騎士専用で、部外者は入って来てはいけない決まりなんだ。
ノヴァ様の訓練は秘密なのもあるから、厳重にしてるのに、こいつは勝手に入って来たんだよ。
きっと、さぼってるとか言う噂を聞きつけて、あたしたちに文句を言いに来たんですよ、こいつはそう言う奴です。


「いえいえぇ~ちょっと噂を耳にしましてね。なんでも、十騎士の方たちが訓練もしないで遊んでいるとか、そんな不名誉な噂をねぇ~」


あたしを見て、確信を持ってるのか、ニヤニヤしながら言って来たんだよ。
最初の1週間は、ローナたちも休憩室で模型を見ていたので、外に出てこない理由が噂されてしまったけど、ローナたちはそれがいやで止めてしまったんだよ。


「これは遊びではないんですよレンスロット殿、白騎士様に直々に言われた訓練方法です」
「白騎士様ねぇ~・・・どこの誰だか分からない方の指示を、国のトップである十騎士が素直に聞いてる。それはどうなのですか?」


レンスロットが見下しながら言ってきて、あたしはさすがに黙ってられなかった。
席を立ち、レンスロットを睨んでつかみ掛かったんだよ。


「不甲斐ないあたしに文句を言うのは良いよレンスロット。でもね、国を救った白騎士様の事を悪く言うのは許せない」
「おやめなさいバーバラ」


あたしをローナが引っ張り、レンスロットから引き離したけど、あたしは睨むのを止めなかったよ。


「あらあら、これだから形だけで十騎士なった人はいやなのです。エメローネも、どうしてこんな方を部下にしたのでしょうね」
「それは聞き捨てならないなレンスロット」


今度はエメローネ様の悪口が出て来たから、我慢が出来なくてローナをふりほどこうとした時、休憩室の扉が開いてエメローネ様が入って来た。
その横にはあのお方も一緒で、その後ろには訓練を終えた残りの十騎士がいます。


「あらあら噂をすれば、わたくしは間違っていませんわよ。そんなだから襲撃されても手柄を横取りされるのです、そこのお方にねぇ」


レンスロットが白騎士様を見て、いやそうな顔をしています。
それを聞いて、白騎士様が前に出てきたんですよ。


「騎士たちは精一杯戦い、命を落とした者もいました。あなたのその言い方は、その人たちを侮辱していますよ」
「随分上からの物言いですわね、気に入らない」
「エメローネ殿は、そんな中でも女帝様を守り抜き、敵のリーダーを打ち倒しています。それは兵士の数名が見ています」


レンスロットの反論には応えず、ノヴァ様は言ってくれました。
あたしはそれを聞いて、胸の奥が熱くなるのを感じたよ。


「物は良い方ですわね、誇りある騎士の言葉とは思えませんわ」
「分からないようだが、あなたは間違ってますよ。十騎士が苦戦しちゃいけないなんて誰が決めたんですか?十騎士でもない、ただのレンスロット殿」
「なっ!?」


ノヴァ様は、あたしたちを庇ってくれているのが分かったよ。
いつものノヴァ様は、相手を貶すことはしないのに、レンスロットにはそんな言い方をしてる、レンスロットの敵意を、ノヴァ様に向けようとしてくれてるんだ。


「あの戦いで、ワイバーンに手も足も出せなかったのは、十騎士だけでなくあなたもそうだったはずだ。自分の実力の無さを棚に上げるのは良いが、言いつけ以上に頑張ってるバーバラに言う事じゃない」
「わわ、わたくしに向かってなんて口の聞き方です!どこの馬の骨とも分からない元冒険者のくせに、許せませんわ!」


レンスロットが怒り出し、手袋をノヴァ様に投げつけました。
あれは決闘の申し込みの合図で、ノヴァ様はやれやれって感じで拾い上げましたね。


「はぁ~やっぱりあのシャワー室はすげぇな」
「あれはもうシャワー室じゃないよ、シャーリー知ってるもん、あれは大浴場って言うんだよ」
「そそ、そうですよ、ディファナも同意見です」


あたしたちがレンスロットと一触即発の状態なのに、シャワー室から出てきたシャーリーたちがタイミング悪く出てきました。
それも、タオル一枚しか羽織ってなくて、ノヴァ様がやばいと思ったのか、すぐに後ろを向き闘技場に移動する事を提案してきます。


「良い度胸ね、ギタギタにしてやりますわ」
「口は良いので、急ぎますよ」


タイミングが悪かったせいで、断る事が出来なくなってしまった、そんな空気を感じたけど、ノヴァ様の戦いが見れると、あたしたちも移動を始めたの。


「では始める、レンスロットに白騎士殿、準備はいいな」


十騎士専用の闘技場に移ったあたしたちは、ドラゴンの鱗で出来た舞台の上を見て、どうなるのかとハラハラしてます。
別にノヴァ様が負けるかもしれないとか思ってませんよ、今のあたしでもレンスロットは倒せるんだから、観客席からではなく、もっと近くで見たいだけです。


「よろしくてよエメローネ」
「僕も良いですよ」
「では、はじめ!」


エメローネ様の合図で、ふたりの戦いが始まりました。
レンスロットは、大きなスピアを構え突進の構えを取り、対してノヴァ様は、刀という細い剣を抜こうとしません。


「ここは十騎士を決める神聖な場、あなたにはもったいないですわ、はやく決着を付けましょう」
「言葉はいらないよレンスロット、早く掛かってきてください」


ノヴァ様は、構えずに直立で立ち、隙だらけに見えます。
それを見て、レンスロットがイライラしているね。


「いいから!はやく剣を抜きなさい」
「あなた如きに剣は不要ですよ、この指1本あれば十分だから、早く掛かってきてください」


白騎士様が人差し指を立て、そんなことを言ってくれた。
それを聞いたレンスロットは、さすがに待ちきれずに突撃していきました。
ローナたちからは、さすがに危険だと声が飛びましたけど、あたしは違う感覚に見回れて驚いています。


「これは、あの時の」
「おお、バーバラは入れたのか」


あたしが驚いていると、舞台の中心にいるはずの、エメローネ様の声が近くで聞こえました。
舞台を見ると、そのエメローネ様は同じ位置のままで、どうしてそんなに近くで聞こえるんだろうと首を傾げたんだよ。


「しっかりと精進していた証拠だよ、よかったねバーバラ殿、これであなたも達人の仲間入りだ」


ノヴァ様から、そんなお言葉をもらい、あたしは驚きよりも、嬉しさが込み上げてきたんだ。
まわりの時間がとてもゆっくりに感じる、あの空間に入れた事も嬉しかったけど、何よりノヴァ様に認めてもらえたのが嬉しかった。


「ノヴァ様、あたし」
「話は後にしようバーバラ殿、まずはここにすら入れないで、相手の力量も測れない愚か者の対処だ」


一年前の試合で、あんなに早く見えていたレンスロットの動きは、今のあたしにはゆっくりに見え、ノヴァ様が立てた指で槍の軌道を変えられてた。
レンスロットは、それを対処しないままで突撃して行くのがゆっくり見えて、何だかあたしは笑いそうよ。
そんな感想を持っていると、ノヴァ様はレンスロットの後ろに回り込んでいて、レンスロットは背中を指で押されてる。


「あのまま、レンスロットは無様に場外負け、やっぱりこの空間は凄いんですね」


白騎士様の行動が終わるのと同時に、あの空間からあたしたちは戻り、あたしがさきほど説明したとおりに、レンスロットが場外に飛び出しましたよ。


「な、なにがあったんだ?」
「ぜぜ、ぜんぜん見えなかったですわ」


あたし以外の十騎士は、目をパチパチさせて、どうなったのかもわかっていなかったよ。
ノヴァ様はそれが分かったのか、こっちを向いて来て、怒ってる雰囲気が流れてきます。


「僕はがっかりですよ十騎士に皆さん。今日僕が来たのは、皆さんの訓練の成果を見るためで、レベルが上がって精神修行が進んでいるとばかり思っていました」
「そ、それは」
「でも、今の戦いに付いてこれたのは、イヤな顔をされても、精神修行を頑張っていたバーバラ殿だけ、とてもがっかりです」


みんなは、あれが見えていたのかと、あたしをギョッて顔でみましたね。
あたしはちょっとテレたけど、そんな事を感じている場合ではなくなるほどの殺気が訓練場を覆ったんだ。
ノヴァ様が、とてもおかんむりだったんだよ。


「もう時間が無いんだ、今からチョット荒療治だけど、十騎士の皆さん。いえ、お前たちを鍛える!武器を持って舞台に上がれ!!」


あたしたちは、叱られた事を悟り、抗う事も出来ずに舞台に上がりました。
今まで優しかったノヴァ様はそこには存在せず、とても怖い存在に感じたんです。
あのドラゴンの大軍を前にした時よりも怖い、そう全員で感じましたね。
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