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01 ある女騎士の悲劇

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「ルイーザが死んだって、あの騎士団のルイーザか!?」
「ルイーザったらそうに決まってるだろ。輝く金髪と青い瞳を持った、ルーゼニア王国の王都に咲く花。あの強く気高く美しい、三拍子揃った女騎士ルイーザ様だよ」

 数日ぶりに冒険から王都へ戻った俺は、酒場で耳を疑う話を聞いた。

「オークの村の近くで遺体で見つかったんだとよ」
「そ、そんな……それはまた、どうして」
「なんでも、見回りの最中になぶり殺しにされたらしいぞ」

 騎士団の役目には治安維持があり、日頃街を見守っている王立警察とは別に、周辺地域の見回りを行っている。
 そこで起こったということか。

「その話、本当なのか?」
「本当もなにも、疑わしいオークたちを連行したって、広場の掲示板に王立警察の報せが貼ってあったぜ」

「少し前にも暴力事件を起こした奴だとかなんとか」

「斧を持って仲間と現場にいたんだってよ。おっかねえなあ」


 酔客らと離れ、俺は2人の仲間がいるテーブルに戻った。

「まさか、ルイーザが殺されるなんて……」

 20代前半で種族が人間であるという共通点以外、一介の冒険者で魔法使いの俺と彼女との間に、語るほどの接点はない。

 だが、駆け出しの頃に1度ピンチを救われてから、その誠実な人柄を物語る活躍を耳にするたび、敬意をいだいていた。

 それだけに、突然の訃報にしばし言葉を失ってしまう。


「信じられないな。しかし……オークの村って、あの村のことだよな」
「この近辺なのだから、そうに違いあるまい」
 相棒のリュウドが腕組みをして頷いた。

 東方の地にてサムライとニンジャの技を体得した、武芸者。

 着物に小手と脚絆きゃはん、腰の右に大小の業物わざものを差したサムライスタイルだが、しなやかにすきなく鍛えられた長身の体はみどりの鱗に覆われ、袴からは尾が出ている。
 種族はリザードマンだ。

「でもあそこのオーク、善良な印象しかないよ。私が薬草採りで道で迷ったとき、案内してくれたことあったし」
 薬草と薬品調合の知識を持つ、回復術師アキノ。

 年齢は18で、シバ族という犬獣人族。
 肩までの茶色の髪から犬耳が出ており、瞳は子犬のようにつぶらだ。

 ケープをつけた、丈の短い白いローブからはカールした尻尾が出ていて、脚はニーハイソックスと毛皮のブーツに包まれている。


 オークといえば、豚と似た顔付きで緑色の肌とたっぷり肉のついた巨体を持つ、言わずと知れた亜人型の怪力モンスター。

 だがモンスターとして襲ってくるモノの他に、少数だが穏やかに暮らしている者たちもいる。

 王都の北西にある山中には、そんなオークたちが小さな村を作って住んでいた。

 彼等がルイーザを襲って殺したというのか?
 それはどうにも腑に落ちない。
 なんとも言えない、ひどい違和感を覚える。

 酒場での話だからと疑うわけではないが、俺たちは報せとやらを見に行くことにした。



 昼間の王都広場。
 聞いたとおりのことが書かれていた例の掲示板の前には人だかりができ、怒声が飛び交っていた。

「ルイーザ様を殺したオークの村なんか焼いちまえ!」
「俺の知り合いもオークに殴られたことがあるんだ、乱暴者どもに容赦なんかするな!」
「騎士団は何をやってる、早く敵討ちの討伐をするべきだろうに」
 
 怒りのあまり、殺せ殺せやっちまえと物騒に叫び立てる者たちがあとを絶たない。

 義憤に駆られるのも分からなくはない。
 騎士ルイーザは人格者で、それだけ多くの人々から慕われていたのだ。

 また、オークを魔物として断固敵視する者たちの声も、響く怒号に拍車をかけていた。


「あの村のオークは穏和な奴ばかりで、ルイーザといさかいを起こすとは思えない。ましてや殺すなんて。1度、王立警察に詳しいことを確認してみるか」

「いきなり行って話なんか聞けるの?」

「大丈夫だ、前に組んでた知り合いがいる」



 その足で王都の南門近くにある、砦のような建物の王立警察署に向かった。
 バケツ兜に鎧の警官が守る玄関に入ると、すぐに件の知り合いと出くわした。

 茶髪のショートカットで、眼鏡のレンズ越しの目は少しツリ目。
 シャツにネクタイ、タイトスカートにストッキングという服装の上に紺色の外套を着ていた。

「やあ、リンディ」
 彼女は冒険者から王都警官に転職した魔法使いだ。
 俺は来訪の意図を手短に説明した。

「ああ、あの事件ね」
 リンディは少し逡巡しゅんじゅんすると、
「部外者に話しちゃまずいんだろうけど、ここだけの話ってことで」
 と釘を刺してから話し始めた。

「昨日、見回りから帰ってこないルイーザを心配して、山に探しに行った騎士見習いが、村の近くの雑木林で遺体を発見したの。遺体のすぐそばには何人かのオークがいて、被疑者として王都まで連れて来られたのよ」

 リンディは親指で署内の奥を指差し、
「今事情聴取をしてるけど、自分たちは知らない、倒れてたのを見つけたの一点張り」

「いきなり犯人扱いか」

「犯人扱いなんてしてない。少なくとも、私はね」
 遺体におかしなところがあるのよ、とリンディは眉を寄せた。

「死因は外傷に間違いないはず。でもね、体に魔法によると思われる麻痺らしき硬直の跡が残ってて」

「妙な話だな、その辺にいるオークは魔法など使えんはずだ」
 リュウドが顎に手をやりながらいぶかしんだ。

「でしょ? オークは脳筋なのに変だなあって」

「なら、犯人が別にいる可能性が十分あるんじゃないの?」

「そう、そうなのよ。でも私、王都内の担当だから現場に行って捜査するわけにもいかなくて」

 リンディはしばらく、うーんと唸っていたが、眼鏡をカチャッと直してこちらを見た。

「ユウキ、ちょっと村まで行ってもらえない? 事情を聞いてくるだけでも」
「え、俺が?」

「だって、わざわざここに出向いたってことは、あなたも気になってるってことでしょ?」
「それはそうだけど」

 このままだとまずいことになりそうよね、とリンディは声を低める。

「ルイーザは王都の皆から慕われていて、冒険者にも人気があったでしょ。広場の騒ぎからしたら、本当に討伐をくわだてて、村に攻撃を仕掛ける奴が出てくる可能性だって無きにしもあらずよ」

 それはあってはならないことだ。
 多くの種族が暮らすこの世界において、特定の種族を一方的に迫害し攻める行為は、いつか何かの火種になりかねない。

 そんなことが彼女の死によって引き起こされたとしたら、これほどの不幸はないだろう。

「なあ、リュウド」
「お人好しのおぬしのことだ。皆まで言わずとも分かる、行くとしよう」
「私もついてくね」

「それじゃあ、そゆことで、お願いね。何かあったら、これで連絡するから」

 リンディから、遠くにいる任意の相手の意識内に声を飛ばせる、てのひらサイズの薄い板状のマジックアイテム「飛声石ひせいせき」と、いざとなったら代理だと言って出せと王立警察手帳を渡された。

 飛声石は別として、後者は貸し借りして良い物なのか疑問だったが、俺はそれらを受け取り、警察署を後にした。

 この依頼が金になるわけではない。
 だが、人の生き死にに疑問点やあらぬ怨恨が残るなどということは、到底納得のいくものではない。
 それが俺が敬意を持つルイーザとなれば、なおさらだ。

 何か謎があるのか。あったとして解明できるのか。
 それはまだ分からないが、軽いフットワークで自由に動けるのが冒険者というものだ。

 俺はラフな冒険者用の服に、銀色の軽鎧とグレーのマント、魔力強化の腕輪、皮のブーツを装備する。
 ベルトのホルダーに差してあるのは魔法のワンドと短剣スティレットだ。

 準備を整えると、俺たちパーティーは王都の西門から街道に出て、目的地の村へ向かった。
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