元引きこもり、恋をする

五月萌

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17 コモリの仕事

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ここは、どこだろう? なんだか寒い。
寝転がりながら見ると、薄い生地の半袖に麻のような半ズボンを着ている。床に雑魚寝しているわけではない、今いるのは一応硬いベッドの上だ。

「ゴホン」

部屋は狭い。部屋の2分の1はベッドが占めている。
恐る恐る起き上がってみた。心臓が速く強く脈だっている。
異臭がした。例えるなら牛乳の発酵したチーズのような匂いだ。

「コモリ君、ご飯無くなっちゃうよ」

いきなりノックもなしに部屋のドアが開かれた。
白髪の短髪の少年が自分に声をかけたようだ。
彼は蜂のような触覚を頭にはやしている。

「コモリ?」
「何寝ぼけてるの? ほら早くしな」
「うん」

優陽改め、コモリは頷きながら立ち上がる。

「君の名前は?」
「チョウ。もしかして私のせいで昨日晩御飯、無しになったことまだ怒っているの? ごめんってば」

どうやら、昨日の晩御飯にありつけなかったらしい。
コモリはお腹が空いていることに気がつく。

「ゲテモノ料理じゃないよね?」
「ゲテモノって何さ?」
「質問を質問で返さないでくれ」
「今日の御飯は釜飯とアサリの味噌汁だよ」
「和風だな」
「ねえ、本当に頭大丈夫?」

チョウは困り眉で尋ねる。

「ごめん、ちょっと記憶障害が出てて、作業所のこと教えてくれるか? それとここは何処?」
「そうなんだ。作業は色々あるんだけど、私達の通っている作業所の仕事内容はね、主に乳牛の世話なんだ。ここは半月牧場作業所。テイアの端っこにある牧場作業所」
「そうか、ありがとう。チョウ」
「御飯はあのテーブルの上にでてるから、私はちょっと部屋で休んでる。30分位たったら、ここで待ってて。一緒に行こう」
「うん」
「手つかずの御飯狙っている人多いから、今の時間には必ず起きてね。それじゃあね」

チョウはコモリの腕を軽く引っ張って、忠告をして去っていった。
今の時間は7時だ。

「いただきます」

テーブルの上においてあった、御飯のトレーを取り、そのへんに座って御飯を食べ始めた。
皆濃い口が好きなのか、塩分の濃度が濃い。

「ご馳走様でした」
「おい、そこは俺の席だぞ。奴隷君の席はあのキノコのある丸太の上だぞ?」

緑色のトカゲのような大柄の男がコモリに絡んできた。コモリを凝視する。
やれやれ、ここは穏便に済まそう。

「ごめんなさい、知らなかったもので」
「もう半年も奴隷生活してるのに知らないわけ無いだろうが!」

ガシャン!
トレーがコモリに振りかかった。

「ラリーゴ、階級は違えど、私達も同じ奴隷なんだから、大目に見てあげてよ?」
「いぬこちゃん」

ラリーゴは大きな体を小さくした。
うさぎのような耳と尻尾をはやした女の子が仲介した。

「階級? そんなものがあるんですか?」
「偉い順にA、B、Cランク。あなたはCランク。ラリーゴはB」
「奴隷でありつつ階級の更に下なのか」
「コモリ、どうしたの? いつもは無口なのに」
「この体に転移してきたんだ」
「何だそれ、冗談は顔だけにしろ」

ラリーゴは長い舌をチョロチョロと出す。

「冗談にしろ?」
「俺様に口答えする気か?」
「ウリャ!」

ガシャーン

ラリーゴの顔面にご飯茶碗がぶつかった。

「俺様に歯向かうだと? そんなこと……」
「コモリ、やめなさい」

いぬこは怖い顔でコモリを見やった。
コモリはそれに怯まず、ラリーゴに向かい合った。

キンコンカーンコーン。

部屋にチョウが大急ぎで入った。
その後続いて、ふわふわしたたてがみの、ライオン顔をしている、警官の服を着た男達3人が入室してきた。

「なんだ? お前ら、何をしている?」
「すいません、俺の不注意で皿を割ってしまいました、えへへ」

ラリーゴはゴマをするようにへりくだった。

「ふん、片付けとけ。もう二度とするな。したら階級を下げるからな」
「は、はい! ただいま」

ラリーゴは隅にある掃除用具からコードレス掃除機を持ってきて、丁寧に掃除した。

「どうやったら階級が上がるんだ?」

コモリの小声にチョウは耳をそばだてた。

「真面目にコツコツ奉公派か、先輩を倒す派だね」
「ラリーゴは僕と対決するのを嫌がっているのか?」
「そこ、奴隷は家畜以下だ、会話するな。許可を得るまで声を発するな。……それでは全員移動する。今日は牛舎でAは清掃、B、Cは牛の分娩と餌やり、乳搾りだ」

Aグループ4人とBグループ2人とCグループ3人に分かれて、ライオン男についていった。

「階級C、分娩の手伝いを。終わったら餌やり、乳搾り、Bは乳牛を起こして乳搾りの準備を」
「はい」

B、Cも分かれて5分ほど歩く。
ライオン男は全長2メートルくらいの牛を指さした。
雌牛の子宮の外へ、すでに仔牛の足は見えていた。後ろから、仔牛の足に縄を結んでいる。
「思い切り、縄を引け」
「「「はい」」」
「せーの。よー! せーの。よー!」

ドサ!
思い切り引いて、仔牛が誕生した。小さな体が体液で汚れている。
朝陽は元気だろうか?
コモリは優陽時代の時のことを思うと身震いした。
Cグループ全員が藁で仔牛をこすり、体を拭く。
その後、ライオンの警官が乳首のついた大きなバケツようなものでミルクを飲ませていた。
犬の耳が目立つ白衣を着た人が様子を1番近くで見守った。
仔牛は泣きこそしないが元気にミルクを飲んでいた。
コモリは優陽時代のことを思い返していた。
そういえばまだ婚姻届出してない。もう骨になっていているかも知れない。そうすると死亡届が出されていて婚姻届も出せないのではないか?

『神ー、現代の僕の様態を教えてくれ』

コモリは試しに思念を送ってみた。

『権利が行使できるように植物人間になってまーす』
『おお! でも首に受けた傷で死にそうになったわけではないのか?』
『首は軽症ですがー、その後に思い切りグリップで殴られてますー』
『それで植物人間になったんだ』

コモリは小さく驚いた。

『それはいつまで?』
『えーと、神様もわかりませーん』
『適当な神だなあ』
『悪口言うなら、応じませんよー?』
『ごめんなさい』

そして、コモリは一輪車で餌を運んで牛たちに餌やりをした。慣れない仕事に、子供の体なので手足と腰が悲鳴をあげている。そしてその作業は何往復もした。

「作業所というより、刑務所のようで牧場のような所だな」

コモリは言葉が勝手に出る。

「ここはスラム街にある作業所だからね。本当の作業所は布を折ったりし重ねたりする仕事など軽作業だね、色々あるんだ。こことは違って歩合制らしいよ。ここの工賃は時間で区切られてるんだ。まあ外にでられないから、売店でなにか買うか、警官にチップを渡して、楽な作業にさせてもらえたり、あとは」

その少年は真横で作業しながらは喋った。中肉中背で肌が白くパンダような耳に前歯のかけている少年だった。
「ありがとう。よくわかった、こうして喋ると君も罰を食らうよ」
「君も警官にバレないように気をつけて」

警官と目が合う。
あわてて、足をお湯で綺麗に洗い、事務所に突入した。
鏡があり、ふと、見つめる。
黒髪に、黒猫の耳があり、黒い尻尾が生えていた。
イノシシのような顔をした男が入ってきた。

「終わりました」
「仕事はまだ残っている。全員で移動する。ここで少し待て」
「はい」
チョウを先頭に2人が走って集合した。
次はいよいよ乳搾りだ。
薄い壁で隔てられた空間までやってきた。
乳牛が列をなして、ミルキングパーラーに並んだ。1回につき8頭、搾乳する。
乳頭が汚れているのでハンドタオルで拭く。綺麗になったら4つの乳首をぎゅっと握ってミルクを少し出させる。異常発見の為と刺激を加える為だ。そして4つの乳首に搾乳機をつける。ちなみに病気の牛はそれ用のタンクに搾乳機を移して出させる。
これが乳搾りの基本らしい。



「Cグループ解散してよし、5時間後にまた徴集をかける」
「終わった……」
すべての牛が搾乳し終わりコモリは座り込んだ。
「ほらほら、何へばってんの? お昼ご飯無くなるよ」

チョウの差し出した手を握りしめて、コモリは立ち上がった。
2人は歩き出す。

「ありがとう、リビングに行くのか?」
「リビングじゃなくてデイフロアだよ」
「午後は何するんだろう?」
「乳搾りだよ」

チョウの言葉を聞いて卒倒しそうになるコモリ。
「さっきのは?」
「乳搾りは1日2回だよ」
「へえ。そういえば乳牛は人型じゃないんだな」
「人型の僕らは皆、半月だからね」
「半月?」
「月影って知ってる?」
「この世界でも月影っているのか! 月から来る化け物だ」
「この世界って? 私達はプロトタイプだから各々の身体に動物や虫の一部が見えているんだ。本当は片目が赤いのだって、片目を普通の人間の目になるよう移植しているんだよ」
「じゃあ釜飯に入っていた肉は何の肉なんだ?」
「大豆ミートだよ」

デイフロアに到着する。
チョウは隅にある丸太の椅子に戸惑うことなく座った。

「チョウ、普通のテーブルの椅子に座らないの?」
「それはいけない。階級の低さでこの椅子に座ることは暗黙の了解として決まってるんだ」

チョウは恐れをなして小さくなっている。

「ふうん。そんなの僕が自由に変えてやるよ」






1ヶ月と20日後。

「それでさ、アフリカゾウの半月達をなぎ倒したんだ、その時~~~~」
ラリーゴは仲間のワニ頭の半月と談笑していた。

プ! カランカラン!

その時だった。
朝食についていたフルーツポンチのさくらんぼの種がラリーゴの後頭部にあたって、皿の中に入った。

「いってえな、俺様の頭にぶつけるとはいい度胸じゃねえか」
「僕だよ、コモリだよ」
「って……コモリ様!?」
「なんだよ? やんのか?」
「す、すみません。私のフルーツポンチも良かったら、どうぞ」

ラリーゴは萎縮して、フルーツポンチをコモリに渡した。

「狭い。もっと奥に座れ」
「はい」

ラリーゴは素直に従った。
なぜこのようになったかというと、始めの日、夕食をかけて決闘してコモリがラリーゴに勝ったからだった。
図体のでかいラリーゴとは違い、コモリは小回りのきく体でアッパーを食らわせて、一撃でノックアウトさせたのだった。

『神! 僕がこの体からでて石井優陽の体に戻ったらどうなる?』
『コモリの元の人格になりまーす。とはいっても元のコモリは自殺未遂をしたからー、今の関係性を知ればびっくりしますねー』
『自殺未遂?』
『睡眠薬を大量に飲みましたー。神様の力でそれはなかったことになりましたがー』
『込み入ったことを聞いて悪かった。今すぐ優陽の体に戻してくれ』
『デザートはいいのですかー?』
『ああ、お礼にやることにしたよ』
『それでは魂の交換を行いまーす。ソイヤッサーーー!』

神は心のこもった叫び声をあげた。
バタン!
コモリはその場で倒れた。
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