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幸せ
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『誰か誰かと__を乞うた。』
『目の前に広がる__は彼を狂わせてしまった』
『そうして彼は_を知った』
『____との__の為とあれば、地を這ったって構わないと』
『全部全部___、』
『求める物に溺れ__を覚え』
『それでも結局は__なのです』
何処かで聞いた、何処で読んだ、何も覚えていないのにこの一部だけ覚えていた。と言っても、ここだけを思い出したのさえ今なのだが。幼かったころに覚えたような気がしたその文は、微睡んだ脳と耳に溶けていく。低い、男の声が響く。
耳障りな機械音に目を覚ました。カーテンの隙間から光が漏れている。朝だ。時計を見ると七時半、こんなに寝たのはいつぶりだろうか。ゆっくり体を起こし、さっきから煩い時計のアラームを止めた。自分の着ているやけに大きいTシャツを見て、ああ、そういえばと現状を思い出した。
あの後、獅子頭と名乗った男は俺のことを匿うと言ってくれた。泣き落としたようで後味が悪いが、きっといい人なんだろうな、とほっとしている。しかしここにずっと居座る訳にもいかない。なんとかして、安全でいて人に迷惑をかけないような住居を探さねばいけない。なるべく速やかにここを出る努力をしなければいけない。…しかし不思議なのは、獅子頭が匿うことについて何も条件を出して来なかったことだ。普通ならば経済的な問題やらなんやらで期間を定めたり、他にも働くことを要されたりするのが当然である。獅子頭が何を考えているのか、有り難いはずが一周回って恐ろしくさえある。
黒沢は何者か。大っ嫌いな雨と同時にやってきた変なやつ。ボロ雑巾みたいななりで来たわりに…いや、自分が招き入れたのだ。この家の中で自分以外のものが息をしている。その事実が変に自分に違和感を覚えさせた。
生きている以上、しなければならないことは息をすること、眠ること、食事をすることだ。俺は食事に関しては一時期ではあるが店を持った身だ。それなりに自信はある。朝買ってきたスーパーのレジ袋をガサガサ漁る。自分以外の食事を作るのなんて久々だった。太めのヘアゴムでゴワゴワしたドレッドの髪を括る。材料を持って厨房に向かう。手を洗って、料理を作る準備をしていく。…店を持つ持たないに関わらず、未だにこの時間が、俺は好きだ。
完成した料理をテーブルに並べて、コップに麦茶を注いでいく。さて、準備はできた。白米と味噌汁と焼き鮭と麦茶。簡単だがまあ充分だろう。黒沢が何を好んで食べるのかなんて知らないが、居候の分際で文句なんて言うものなら追い出してやろう、なんて思った。黒沢がそこまで非常識なやつだなんて思ってはいないが、その確信を持てる程のことを知らないのも事実だった。案外全部平らげてしまうかもしれない。しかし、実際に黒沢が朝食を目の前にしてとった行動はそのどれでもなかった。ポカンとして箸を持つこともなく、目をぱちぱちさせている。現在進行形で。
どうしたのだろうか。何か問題があるのだろうか。かれこれもう5分経つ。黒沢が食べないから俺も食べられない。声をかけようにも黒沢の考えていることが何もわからない。しかしここでずっと固まっている訳にもいかない。意を決して声をかけることにした。
「…どうかしたか」
なるべく落ち着いたトーンで言おうと努力してみるが、素っ気なかっただろうか。そもそもこうやって椅子に座っていても頭一つ分黒沢より自分の方が大きいのだ。怖がらせてしまっているだろうか。
「…」
黒沢はゆっくりとこちらを見てから、言った。
「食事を出してもらうのは、久しぶりだ。」
どく、と心臓が大きく跳ねるのを感じた。黒沢が何故家出してきたのか。何故こんな所で匿って欲しいと言ったのか。何故匿うと言った時、あんなにも。
「…そうか。」
そこから少しずつ、黒沢は朝食に手をつけ始めた。
「美味しい。」
「それは良かった。」
黒沢が微かに笑ったので、とりあえず口には合ったのだろう。
彼が__を知った瞬間であった。
『目の前に広がる__は彼を狂わせてしまった』
『そうして彼は_を知った』
『____との__の為とあれば、地を這ったって構わないと』
『全部全部___、』
『求める物に溺れ__を覚え』
『それでも結局は__なのです』
何処かで聞いた、何処で読んだ、何も覚えていないのにこの一部だけ覚えていた。と言っても、ここだけを思い出したのさえ今なのだが。幼かったころに覚えたような気がしたその文は、微睡んだ脳と耳に溶けていく。低い、男の声が響く。
耳障りな機械音に目を覚ました。カーテンの隙間から光が漏れている。朝だ。時計を見ると七時半、こんなに寝たのはいつぶりだろうか。ゆっくり体を起こし、さっきから煩い時計のアラームを止めた。自分の着ているやけに大きいTシャツを見て、ああ、そういえばと現状を思い出した。
あの後、獅子頭と名乗った男は俺のことを匿うと言ってくれた。泣き落としたようで後味が悪いが、きっといい人なんだろうな、とほっとしている。しかしここにずっと居座る訳にもいかない。なんとかして、安全でいて人に迷惑をかけないような住居を探さねばいけない。なるべく速やかにここを出る努力をしなければいけない。…しかし不思議なのは、獅子頭が匿うことについて何も条件を出して来なかったことだ。普通ならば経済的な問題やらなんやらで期間を定めたり、他にも働くことを要されたりするのが当然である。獅子頭が何を考えているのか、有り難いはずが一周回って恐ろしくさえある。
黒沢は何者か。大っ嫌いな雨と同時にやってきた変なやつ。ボロ雑巾みたいななりで来たわりに…いや、自分が招き入れたのだ。この家の中で自分以外のものが息をしている。その事実が変に自分に違和感を覚えさせた。
生きている以上、しなければならないことは息をすること、眠ること、食事をすることだ。俺は食事に関しては一時期ではあるが店を持った身だ。それなりに自信はある。朝買ってきたスーパーのレジ袋をガサガサ漁る。自分以外の食事を作るのなんて久々だった。太めのヘアゴムでゴワゴワしたドレッドの髪を括る。材料を持って厨房に向かう。手を洗って、料理を作る準備をしていく。…店を持つ持たないに関わらず、未だにこの時間が、俺は好きだ。
完成した料理をテーブルに並べて、コップに麦茶を注いでいく。さて、準備はできた。白米と味噌汁と焼き鮭と麦茶。簡単だがまあ充分だろう。黒沢が何を好んで食べるのかなんて知らないが、居候の分際で文句なんて言うものなら追い出してやろう、なんて思った。黒沢がそこまで非常識なやつだなんて思ってはいないが、その確信を持てる程のことを知らないのも事実だった。案外全部平らげてしまうかもしれない。しかし、実際に黒沢が朝食を目の前にしてとった行動はそのどれでもなかった。ポカンとして箸を持つこともなく、目をぱちぱちさせている。現在進行形で。
どうしたのだろうか。何か問題があるのだろうか。かれこれもう5分経つ。黒沢が食べないから俺も食べられない。声をかけようにも黒沢の考えていることが何もわからない。しかしここでずっと固まっている訳にもいかない。意を決して声をかけることにした。
「…どうかしたか」
なるべく落ち着いたトーンで言おうと努力してみるが、素っ気なかっただろうか。そもそもこうやって椅子に座っていても頭一つ分黒沢より自分の方が大きいのだ。怖がらせてしまっているだろうか。
「…」
黒沢はゆっくりとこちらを見てから、言った。
「食事を出してもらうのは、久しぶりだ。」
どく、と心臓が大きく跳ねるのを感じた。黒沢が何故家出してきたのか。何故こんな所で匿って欲しいと言ったのか。何故匿うと言った時、あんなにも。
「…そうか。」
そこから少しずつ、黒沢は朝食に手をつけ始めた。
「美味しい。」
「それは良かった。」
黒沢が微かに笑ったので、とりあえず口には合ったのだろう。
彼が__を知った瞬間であった。
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