失創エデン

法月杏

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1章『溢れ落ちる』

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 創作世界、というと人はまずどんな景色を浮かべるだろうか。勇者を待つ魔王の城や、血の匂いが漂う路地裏、旅の道中でふと迷い込む森や、花で溢れた現代の景色。はたまた、美しい自然の中に町屋が並ぶ日本の原風景か。そのどれもが存在し、そのどれもを失った〝創作世界〟がある。この手の届く場所に。

 荒野の中にぽつんと残った、行きつけだった喫茶店の貸切状態のカウンターで、今やセルフサービスとなった珈琲を入れながら僕​───​──いや、俺は少し前までのこの世界の景色に思いを馳せていた。
 しばらくは記憶こそ無かったものの、この世界を作ったのは俺だった。そして、時間をかけて作り上げた現実世界からの避難所であるこの場所を一瞬にして荒野にしたのも、俺だった。俺の指先ひとつでいとも容易く壊れた世界は、元に戻る気など砂粒程も持ち合わせてはいなかった。当然だ。俺がそれを本気で望んではいないからだ。
 世界を壊した、なんていうとまるで神様みたいだが、実際はただの生きづらい現実世界からはみ出した、創作が好きなだけのごくごく普通の、いや普通にもなれなかった矮小な人間で、この世界が以前の形を維持出来ていたのは〝世界創造の得意な人間の集まり〟の力が大きかった。それぞれの異能力は代表作の名を冠しており、個性的で面白く、何よりも皆世界を創り、彩る力に長けていた。しかしその全員が、いや一部を除き大半の者がこの世界から消えた。その影響で形が変わり、今の荒廃した姿が出来上がった。ここまで言えばみなまで言う必要も無いだろうが、そう、俺が殺したのだ。この世界での彼らを。私情ひとつで。まるで神様のように、自分勝手に。

「誰も呼ばずに初めからこうしていればよかったと思わねえ? なあ、焔」
 貸切状態のカウンター。背後にあるテーブル席のいくつか欠けた席にももちろん人気は無く、転がったままの数脚の椅子がじっと埃が積もるのを待っている。当然、そんな店内から返事などは返ってくるはずもなく、おまけに呼んだ名前は俺が自らの手で真っ先に、明確な殺意を持って息の根を止めた相手の名だ。自分でも十二分に、狂気じみていると自覚している。なぜなら程々に正気だから。
「まあ、お前さえ居なければこうはなっていないのだけれど」
 適温になった珈琲に口をつけ、ほろ苦い香りを楽しんでいる気分だけを味わう。味はよく分からない。というか泥水のようで正直言うと不味い。以前は美味しいと思っていたはずの飲み物や食べ物は、軒並みまともな味がしなくなった。初めは世界がイカれた所為かと思っていたが、ほぼ唯一残った古馴染みの男がこの店を訪れた際に美味しそうに抹茶ラテを飲んでいたのを見て以来、どうやら自身の味覚がイカれたらしいことを察した。原因は間違いなく、奴だ。返事を返しやしない、相棒であり最愛の男、焔である。
 数年前、現実に戻りたい派の者と現実なんてクソ喰らえ派の者で異能戦争が起こっていた時期、焔がわざと俺を置いて敵へと寝返り、戦場での接触を計ってきたことがあった。敵として俺を殺す為でも、思想が敵陣営に傾いたわけでもなく、ただひとつ、〝法月杏の目の前で自害する〟という目的を果たす。そのためだけに。悪趣味という言葉にレベルが存在するなら余裕でカンストしていると言ってもいいだろうその目的は、俺の異能と、ブチギレて心身共にボロボロになりながらもそばに居てくれと懇願し続けた俺の意地により、無事果たされることは無かった。それでもその事件は俺の心に深く傷を残し、俺の元々あった所謂ヤンデレの気を増長させた。俗っぽい表現に我ながら笑えてくるのだが、そうとしか言いようのない狂気的な愛し方は、実の所既に彼の息の根を止めた今も続いている。
 愛しているし、愛されていた。誰よりも彼を上手く愛せる自信があったし、彼でなきゃ愛されても意味が無いと思っていた。
 考えているうちに泥水を口に運ぶ気が失せて、俺は席を立つ。勢いに任せたせいでカウンターの上に珈琲をぶちまけてしまうが今はそんなことはどうでもいい。迷いの無い足取りでカウンター脇の扉を抜け、この建物の最深部にある一室へと向かうと、殺風景な部屋の中央に置かれた椅子がいやでも目に付く。
 人間の形をした何かが、そこに鎮座している。

 床へと溢れ落ちる泥水に似て非なる、内側から湧き上がる黒く、暗く、際限のない、ひとりでは飲みきることのできない言葉と感情。

 溢れるそれらを、口移しで流し込んだ。
 椅子に座る、焔の亡骸へと。
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