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2章『悪夢に潜る』
しおりを挟む今思えば、悪夢のような日々だった。
初めは楽しかったんだ。本当に。心から。この世界から出たくないと本気で思っていたし、戦争には当然現実なんてクソ喰らえ派閥として参戦していた。実際俺の知る現実なんてものはクソとしか形容のしようがなく、今でも自分に異能を使った際の定番トラウマは現実の家族との記憶だった。
思い出すだけで身体の自由が効かなくなって息も詰まるような、そんな記憶。表面上は明るいまま、水面下でじわじわと明確に壊れていく家の中、誰の味方をしても地獄になるような環境で、最大の悪役の右腕。現代日本で生きているはずなのに、いかにして両者の情報を上手く抜き有用な味方であることをアピールして二重スパイとして生き抜いていくかを模索する日々。被害者面をして周囲の人間から施しを受けることにも次第に慣れた。それこそ忍びよろしく、利用できるものならなんでも利用した。だからこの世界でもか弱いふりして猫を被っていた。男でありながら紅一点と言われチヤホヤされるポジションを手に入れていたのがその証拠だ。まあ残念ながら本性はこれなのだが。
世界を壊してからは────というとやはり仰々しいというか傲慢というか、自分でもあまり使いたくない表現なのだが、あの事件以降は現実から離れゆっくりと一人で考える時間が増えた。おかげで自分なんかの生い立ちはどこにでもあるありふれた毒親育ちのそれでしかなく、勝手に悲劇のヒロイン面をしていただけであることを認識できた。それでも、壊された心は癒えるわけではなかった。どれだけ世間にはありふれていてベタにベタを塗り重ねたようなものだったとしても、俺にとっては間違いなく地獄の現実だった。こんなものがありふれていてたまるか。本来安心できるよすがであるべき家という場所が、自立もままならない子供にとっては唯一とも言える居場所が、そんな危険地帯であってたまるか。
世界がすっかり荒廃してしまった今も尚、俺はこうして異次元に引きこもって愛する人の亡骸と共にただこの身が朽ちてなくなる時を待っている。そのくらい、俺にとっての現実は〝産んで欲しいなんて頼んでない〟などというベッタベタの台詞が心から言えてしまうほどに帰りたくない場所だった。
だから本当に、この世界にきた当初は心から楽しかったんだ。現実の苦しさを忘れられる、創作を愛する同士達との楽しい日々。それは間違いなく俺にとっての安全地帯で、心のよすがだった。
戦争が始まっても、それすら一大イベントとして楽しんでいる自分がいた。最愛の相棒とのコンビネーションが、人間相手であれば実質最強であったのも要因だろう。水を操作する相棒は肉体、悪夢やトラウマを強制的に見せる空間に閉じ込める俺は精神に干渉できる。死角など無いに等しく、俺達と出会った敵陣営の者が広めた〝最凶コンビ〟の噂のおかげで俺達の姿を見るだけで逃げ出す者も多かった。もちろん同等の強さを持つ異能力者も沢山いるのがこの世界であり、彼等との対峙もどれも記憶に残る名勝負で心躍るものばかりだった。
何より、現実では歪にしか愛されなかった俺を不器用なりに真っ直ぐ愛してくれた相棒との時間は、どこを切り取っても幸せでしかなかった。本当に心から愛されていると実感できる経験ができるなんて思っていなかった。こんなにも幸福でいいのかと疑った瞬間もあった。本当に、本当に幸せだった。俺にとっての幸せの象徴が相棒になった。気がつけば生きることそのものに大好きな相棒の存在が付き纏っていた。物心ついた時からずっと抱えていた希死念慮そっちのけで、彼となら生きていきたいと思えた。未来を語ることが、明日と目を合わせることが、怖くなくなった。
しかしそんな時間はいつまでも続くわけじゃなかった。思えばやはり相棒が俺をおちょくるためだけに敵陣営に一人で寝返った辺りから暗雲は立ち込め始めていたのだろう。元々家族に壊されておかしくなっていた俺の精神がよりおかしくなったのがあの時だった。泣いて泣いてみっともなく懇願してなんとか自分の隣に戻って来てもらった、まではまだ良かった。
誤算だった。彼が戻ってきても、怒りがおさまるわけではなかった。絶望が癒えるわけではなかった。最愛の人に裏切られたというイメージは強烈な呪いとなって瞼の裏に居座ってしまって、眠るたびに俺は苦しんだ。安心などもうどこにもなかった。気がつけばこの世界もまた、安全地帯ではなくなっていた。
俺が壊れた。
周りも徐々に壊れていった。
気がつけば誰にも本心を話せなくなっていた。
周りは本心をナイフにして携え始めた。
ナイフを向けられてやっと、周りを傷つけ壊していたのは俺だったことに気がついた。
彼への愛想が尽きた。
彼からの愛想も尽きていた。
俺が俺への殺意を抑えきれなくなった。
この世界を創造したのが自分であることを思い出した。
ただ壊したくて仕方がなかった。何もかもを否定したかった。これまでの時間を。この世界を。愛されていたなんて愚かにも勘違いした自分自身を。みんなを、アイツを、記憶を、現実を、怒りを、絶望を、愛していたことを、愛されていたことを、それらを大事にしていたかったと思ってしまう心を、その全てを────────
「許せなかったんだ」
椅子に座る彼の温度のない足に縋り付く。
当然、反応はない。
「ずっと許せなかった」
これも自傷行為の一種だろう。我ながら救いようがないと思う。わざわざ自分の異能に閉じこもり、脱水を起こすほど何時間も泣きながら過去を反芻するなんて。
苦しい。呼吸がうまくできない。支えがないと座っていることすらままならない。苦しい。
「許したく、なかったんだ」
「お前なんかに光を見た、愚かな、俺のすべてを」
滲む視界が映すのは、今もまだ終わりそうにない悪夢の日々。
ああ、僕はただ、大好きだった君に会いたいだけなのに。
今日も珈琲は見事なまでの泥水だった。
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